6-③:大人の話とは、難解になりがち

 その夜。村唯一の酒飲み場は、魔物退治の報に沸いた村人たちで埋め尽くされて大盛況であった。その中に功労者として、彼らに囲まれたセシル達3人の姿があった。


「騎士様方、さあさあ遠慮しないで」

 隣に座っていたオヤジがセシルのグラスになみなみと酒を注ぐ。

「おっちゃんサンキュ!」

 セシルはグラスの酒を一気に飲み干した。それははたして何杯目だったろうか。周りから驚きと歓声の声が上がる。

「ちっせえ体のくせに、よく飲むなー」

 若い兄ちゃんが感心したように言う。

「うっせえ、ちっせえは余計だ」

「おお、すまんすまん」

 セシルはぶうと膨れ、机に置かれていた酒瓶をわしづかむかのようにとって、らっぱ飲む。

「おい、セス!それオレの酒!」

 ヘルクがあわてて取り戻すが、とうに瓶は空。

「このやろー」

「いだいいだい」

 ヘルクがセシルの前髪を毟るようにつかむ。

「騎士様、こちらにもありますから」

 慌てた給仕の女性が、ヘルクの前に同じ酒瓶を置く。

「おおありがと!」



「…なんで人は皆、うれしいと酒に走るんだ?」

 そんな騒ぎの中、セシルとヘルクに挟まれて座っているカイゼルは、一人冷めた様子で頭に手をやっている。親でもないが、先が思いやられる気がした。


「くそまじめなお前は、ヤケ酒しか飲まねえもんなカイ!人生半分損してんじゃねえの?」

 ヘルクはもう赤くなった顔で、これ見よがしにジョッキのビールをグイッと傾ける。

「…お前らは酒のせいで人生半分損してると思わないのか」

「お前、ヤケ酒の時は、オレ付きあわせて朝までがぶがぶ飲む癖に、何いい子ぶってんの。偉そうに」

 セシルは一升瓶を抱いたまま、横目でカイゼルを睨む。カイゼルは何も言えない。


「普段はへらへらしてるくせに、任務となりゃ大人ぶりやがって。だから任務の時のお前といんのはつまんねえ」

 ヘルクがつまみの豆をぐちぐちと噛み鳴らしながら言う。

「……」

 それは仕事には責任がつきものだからである。それを持っているそぶりすら見せないこいつらの根性を、今後どう叩きなおそうか。いや、叩いても治らないに違いない。


「はあ…」

「辛気臭い息なんかついてないで、カイゼル様もさあさあ飲んで。みんな村長と店主のおごりですから!」

 カイゼルはもう一度ため息をつくと、あきらめたかのように一気にグラスを傾けたのであった。




 その日の宴がお開きとなったのは日付が変わる頃だった。


 店の酒が空になり、カウンターや机の上には酔いつぶれた村人たちがいびきをかいて眠っている。カイゼルは酔いつぶれてしまったヘルクを宿まで運んで行っているので今はいない。給仕の女性が眠そうな目で、グラスや皿を片付けているのを、セシルは机の上で頬杖をつきながら、することもなくぼけっとみていた。


―この店、前に来たことあるんだよな

 昔ラウルたち親子とリザントに観光に来た時。あの時はお忍びだったし、3人そろってかつらをかぶっていたから、誰も覚えてはいないだろうが。オレだって、誰が誰とか全く覚えていないし。けれど、


―なつかしいな

 口内に残る、食後のデザートに出されたチーズケーキの味を楽しみながら、セシルが昔の旅行の思い出に浸っていると、


「セシル様はかなりお酒に強いんですね」

 その声にふと振り向けば、グラスを磨いている店主がカウンター越しに笑っていた。この店の店主はこの商売に似つかわない、若い人のよさそうなお兄さんだった。あの時はおっちゃんだったような気がするから、代が変わったのだろう。

「まあな。ブラックホールなみに飲めるからな。親からの遺伝のおかげだと思ってるけど」

 セシルにとって、酒は水のようなものだった。今だって、何杯どころか何本飲んだか全く覚えていないのに、顔すら赤くなっていない。ラウルもそうであるし、セシルの養父ちちもそうであった。ただ、彼らは、普段はあまり飲まない人ではある。


 しかし、強いとはいえ、実はセシルは酒が嫌いである。酒を飲んでいる間だけでも忘れたいこともあるのだが、できないからだ。それでも飲むのは、酔っている気分に少しでもなりたいから。

 暗い気持ちになっていたセシルは、「ぶらっくほーる…?」と首をかしげる様子の店主に気づかなかった。


「そういえば、セシル様は王家の方でしたよね。もしかしたら、お酒に強い体質も初代の王妃様から受け継いだものかもしれませんね。ジュリエの民のことはよくわかりませんが、寒い所の人ほど、体をあっためるためにお酒を飲むって言いますし」

「そうかもな」

 酔わなければ体があったまることもないから、意味もない気がするが。ただ、そう言って店主の機嫌を損ねるのも嫌だったので、セシルは頷いておく。ちなみにジュリエの民とは、王妃の出自である北方の遊牧民族のことである。


「それにしても、本当セシル様達が来てくださって助かりましたよ。領主様の兵でも魔物を森から出ないように食い止めるのに精いっぱいで、一時はどうなることやらと思っていましたから」

 店主は優しい目で、眠る村人たちを見渡す。

「みんな安心したんでしょうね。ここのところ恐怖で全然眠れていなかったようですし」

「夜でも鳴き声がうるさかったらしいもんな」

「ええ。それでもたまに数時間ほど鳴きやむことがありまして、魔物でも眠るんでしょうね。それでも、一度も鳴きやまない日の方が多かったですけれど」

 セシルはふうんと頷く。そのまま会話が終了し、沈黙が落ちる。寝息と給仕が食器を洗う音しか聞こえない空間。こういった静かな雰囲気は乙だと思っていたが、あまりにも長くなると、退屈めいてくるのでなんか嫌だ。セシルは話すことは無いかなと、何とはなしにあたりを見回す。


「そういや、ここに村長は来なかったんだな。後でおごってもらったの、お礼言わなきゃな。あっそういや店主さんもおごってくれたんだっけ。あんがと」

 村が解放されたのを祝う宴に、この村の村長は参加していなかった。夕方、魔物討伐と森の被害に関して報告と平謝りするために会った村長を思い出す。田舎くさい長老を想像していたのだが、落ち着いたダンディな村長で意外だった。ちなみに、森の被害を言えばさすがに怖い顔をしていたが(とはいえ、魔物を退治してくれた相手に文句も言えない風で)、今後の補償の計画をカイゼルが具体的に言ってくれたので、あっさりと許してもらえて事なきを得たが。


「どういたしまして。…村長はお疲れなんでしょう。ここのところ、解決のために走り回っていましたし…」

 店主は「許してあげてくださいね」と村長を思いやるように、セシルに言う。しかし、彼の態度にはうっすらと、村長に対しての後ろめたさがうかがえた。

「そうか、大変だったな」

 セシルは内心いぶかったが、他人の事情にこれ以上踏み込むのも野暮かと思い、素直に頷く。

「騎士様もお疲れでしょうから、そろそろ宿にお戻りになられたらどうでしょう?」

 店主は店内にセシルの視線を促すように向け、「こんなところ些末なところで恩人を寝かせる訳にもいきませんから」と苦笑した。しかし、村長のことであまり突っ込まれたくない風だな、とセシルは何となく見抜く。だから、急にお開き(とっくに宴自体はお開きになっているが)を要望し始めた風だ。もしかしたら、彼らは仲が悪いのかもしれない。


 別に突っ込むつもりもないのだけれど。それに帰れるならセシルだってそうしたい。だけど、

「う~ん、迷惑かけて悪いんだけど、もう少し居ていい?」

 べろんべろんに酔っているヘルクを村人に手伝ってもらいながら、宿に連れて戻ったカイゼル。宿は3人とも一緒なのだから一緒に帰るつもりだったのだが、宿はすぐそこだし、お荷物ヘルクを置いたら改めて店主に宴の礼を言いに帰ってくるからと待たされている。だけど、そのことをお礼を言う前の店主に言えばあれなので、「とにかく、『不用心だから、絶対に俺が迎えに来るまで待っておけ』って言われているんですよ」と不貞腐れた風をつくりごまかしておく。さっき一緒に帰れば済んだ話なのでちょっと無理な理由だが、実際そう言われたので嘘をついている訳でもない。


「いいお友達ですね」

 しかし、店主は気にせず、穏やかに笑ったようだった。

「過保護なだけだけどな」

 セシルはやれやれとため息をつくと、店主はぷっと吹いたようだった。

「それだけ大切にされてるってことですよ」

「かなあ、口うるさいだけだけど」

 セシルはそう言いつつも、ちょっとくすぐったいような気がした。そんなセシルを見て、店主はふふと小さく笑った。


「そんなこと言わずに、大切にするんですよ。そんな風に気遣ってくれる友達なんてどこにでも転がっているわけではないんですし」

「…店主さん説教ですかい?まだ30にもなってねえ若造が」

 急に老けた話を始めた店主を、爺くさい声音と表情でからかえば、店主は笑いまじりに「そのとおり、まだ25ですけれど」と言う。

 そして、「それでも」と真剣な目になって、店主は続ける。


「あなたはまだ若いから、口うるさい助言だと思われても、人生の先輩の話を聞いておいてほしいんですよ。友達っていうのはね、失ってから大切さに気付くんですよ」

「なんだよ、その言い方だと、昔友達関連で失敗したようじゃねえか、おっちゃん」

 爺くさい声音を継続しつつ、セシルは言う。

「おっちゃん、は冗談でもまだ早いですよ。せめて名前で読んでください。ああ、私はテスファン・ローラットって言うんですけれど」

「テスファン?そんな名前、お前の親よく付けたな。名前負けもいいとこだぜ。テスファンてっふぁんてっちゃんおっちゃん、あだ名はおっちゃんってことで」

 セシルはニヤリと店主を見る。

「…ひどいあだ名ですね」

 店主は苦笑する。


「…まあ、そのことは置いておいて、友達に関しては図星ですよ」

 店主は寂しそうに笑った。どこか哀愁を漂わせて。セシルは村長とのことを疑うが、年齢差的に親子だ。友達ではないだろう。

「あのなあ、おっちゃん。友達ってのは相手に悪い事をしても、謝れば大抵のことは許してもらえるもんなんだぜ。今からでも遅くないから謝って仲直りしちまえ」

 セシルに「おっちゃん」が呼び名として固定された店主は、それを気にすることもなく磨いていたグラスをことりと置いた。

「そうですね。けれどいくら友達でも、親友でも、謝っても取り返しのつかないことがあるんです」

 それに、と店主は続ける。

「謝ろうとしたときには、もう遅かったんです」

 店主は布巾を握りしめ、うつむいて震えていた。苦しげな表情にセシルは何も言えなかった。さっき簡単に言ってしまった言葉を後悔するが、今更とりつくろうだけの語彙はセシルには無かった。だから、じっと黙って見つめるしかなかった。


 店主はセシルの目線に気づき我に返ると、安心させるように柔らかに笑い、しかし諭すような声音をたたえ言う。

「ごめんなさい…暗い話をして。ですが、とにかくあなたみたいな若い子には、私と同じような失敗をしてほしくないんですよ」

 急に変な話をしてごめんなさいね、と店主は最後に付け加えた。


「…分かったよ」

 セシルは、実際は半分もわかっていない。けれど、頷く以外の何もできなかった。

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