第22話

 気まずい沈黙の中、ステラはにっこりと微笑んで立ち上がった。


「それだけ元気でしたら私の出番はありませんね」


 そう言って次の負傷者の所へ行こうとして足下がふらついた。そのまま頭を押さえて立ち止まる。

 誰もが遠巻きにステラの姿を見ている中、恰幅のよい女性が慌てて走って来た。


「ステラ様、顔色がよくないよ。ここはいいから、少し休んで下さい」


 その言葉に他の女性達も次々と集まってくる。


「そうですよ。最近は戦とケガ人の治療ばかりで、きちんと休んでないんですから」


「お休み下さい」


 集まっている女性の顔は全員ステラを心配している表情だ。よく見れば周囲にいる負傷した兵士達も同じ表情をしている。


 そこにレグルスが現れ、ステラを囲むように集まっている女性達を見て青い瞳を丸くした。


「どうされました?」


 状況を把握できていないレグルスに女性達が一斉に詰め寄る。


「レグルス様!ステラ様をちゃんと休ませているのですか?」


「ステラ様に休むように言って下さい」


「兵だけでなくステラ様のことも大切にして下さい!」


 口々に意見を言いながら迫ってくる女性達に、レグルスはタジタジになりながら謝った。


「あぁ、それは気付きませんでした。すみません。ステラ、皆こんなに心配しているのですから休んだらどうですか?」


 レグルスの困った顔に、ステラは軽く笑いながら頷いた。


「わかりました。今日は休ませて頂きます。ですが何かあったら、すぐに呼んで下さい」


「お任せ下さい」


「ここのことは気にしなくていいから、しっかり休んで下さいよ」


「はい。お願いします」


 女性達に見送られながらステラが診療所から出て行くと、始めにステラを庇った恰幅のよい女性が追いかけてきた。


「ステラ様、あの子が言ったことは気にしないでおくれ。本当はあの子もステラ様のことをわかっているんだ。ただ、初めての戦が怖かっただけなんだよ」


 恰幅のよい女性の弁明にステラはにっこりと微笑んだ。


「はい、わかっています。ただ、彼が言ったことも本当のことです。どうか、彼を責めないで下さい」


 その言葉に恰幅のよい女性はステラを豊満な胸に抱きしめた。


「誰がなんと言おうと私達はステラ様の味方だよ。いつでも、ここに帰ってきておくれ」


 ステラのことを実の娘のように心配していることが分かる。ここでは血の繋がりなど関係ない。この町一つが大きな家族なのだ。


「ありがとう」


 ステラは微笑んだまま女性から離れると、そのまま振り返らずに町の中に消えた。


 ステラの瞳を通して記憶を現実のように見ることは出来る。だが、ステラの想いまでは見ることは出来ない。このときステラが何を感じたのか沙参には分からない。ただ、診療所で青年に弾かれた手が痛かった。





 町の中心には、あまり大きくないが頑丈な石造りの城が建っていた。ステラは城の中にある一室から外の風景を眺めていると、控えめにノックの音が響いて名前を呼ばれた。


「どうそ」


 ステラの返事でドアがゆっくりと開く。その先には神妙な表情をしているレグルスがいた。

 レグルスは部屋に入るなりステラに頭を下げた。


「先ほどは兵が無礼なことを言って、すみませんでした」


 突然のことにもステラは予想していたように微笑んだままレグルスに近づいた。


「お気になさらないで下さい。あの兵が言ったことは真実です。彼は悪くありません」


 ステラの言葉にレグルスが顔を上げる。


「ですが、その言葉で貴女は傷ついた。たとえ真実でも人を傷つけてはいけない」


「私は平気です。村を出た時に覚悟は出来ていましたから」


 青い瞳に凛とした黒い瞳が映る。何者も汚すことの出来ない強い意志と、決意の秘められた瞳は十六歳ぐらいにしか見えない少女には不釣合いなものだった。


 レグルスがそっとステラの長い白髪に触れる。


「もうすぐ我が国は勝利します。そうすれば貴女の一族も迫害されることなく安全に暮らせる国になります」


 その言葉にステラは嬉しそうに微笑んだ。


「はい。レグルス様のおかげです」


「いいえ、貴女の力のおかげです。貴女がいなければ、小国である我が国はあのまま占領されていました。民(たみ)も貴女のおかげで救われました。王に代わり礼を言います」


 そう言ってレグルスが頭を下げる。その姿にステラが慌てた。


「やめて下さい。私の力なんて小さなものです。それに、レグルス様がいなければ私の力は受け入れられませんでした」


 一族を救いたいと村を飛び出したものの、一族を救う道は見つからず、それどころか外見と人外の力から化け物として迫害されてきた。レグルスに出会うまで、ずっと。


 レグルスは顔を上げて真っ直ぐ黒い瞳を見た。


「あの、この戦が終わりましたら……」


 少し考えるように俯いたレグルスの顔をステラが覗き込む。


「どうされました?」


 レグルスは意を決したように顔を上げるとステラの黒い瞳を真っ直ぐ見つめた。


「私と結婚して下さい」


 その言葉の内容に、ステラは今までにない程、黒い瞳を大きくしてレグルスを見た。そして、そのまま石膏で体を固めたように動かなくなってしまった。


 ステラの様子にレグルスが慌てて頭を下げる。


「すっ、すみません。突然こんなことを言ってしまって。では、私はこれで」


 急いで部屋から出て行こうとするレグルスに、今度はステラが慌てて声をかけた。


「あ、あの……」


 そこに大勢の人間が走ってくる足音が聞こえてきた。金属の擦れる音が廊下に響き、鎧や剣で武装している一団であることが分かる。


 何事かと二人が顔を見合わせていると、ドアが叩きつけられるように開いた。一斉に兵士が大きな音をたてながら部屋に雪崩れ込み、レグルスに剣と槍を突きつける。


「レグルス・クレティエン。国王暗殺未遂の犯人として連行する!」


 兵士の言葉にレグルスが青い瞳を大きくする。


「どういうことですか?私が兄上を暗殺?なにかの間違いです!」


「いいから、来い!」


 無理やりレグルスを連れて行こうとする兵士にステラの手が動く。だが、ステラより早く兵士の槍が動いた。


「ステラ!」


 レグルスの叫び声が響く。

 一方のステラは両手を槍で貫かれても悲鳴一つあげず、しっかりと黒い瞳で兵士を見ていた。


「動くな、魔女。動けば、こいつの命はない」


 レグルスの首に一筋の血が流れる。その光景にステラの足が一歩前に出る。両足に槍が突き刺さった。


「ステラ、動かないで下さい。私は大丈夫ですから」


 レグルスの説得にもステラの黒い瞳の輝きは衰えない。兵士を見据えたまま、淡いピンク色の唇が動く。だが、声が出る前に一本の剣がなびいた。

 錆びのような味が口の中に広がり、息をしようとしたが空気が吸えなくなった。


「ステラー!」


 叫び声が聞こえると同時に、赤い液体がステラの喉から噴出した。床がゆっくりと目の前に迫ってくる。おもいっきり頭を床に叩きつけたが、不思議と痛みは感じなかった。

 徐々に視界が暗くなっていく中で、槍に貫かれた両手と両足にじわりとした痛みを感じた。

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