第16話
鴉は黒いローブを羽織った男性に数歩近づくと綺麗な姿勢で一礼した。
「お久しぶりです、長老」
長老と呼ばれた男性が機敏な動作でオニキスに向かって歩いてきた。
その顔にはしわ一つなく、どう見ても二十代後半から三十代前半であり、長老という呼び名には違和感がある。黒い瞳は挨拶をした鴉を見ることなく、オニキスに鋭い視線をむけた。
「こいつは?」
あまり歓迎されていない視線を感じながら、オニキスは少し笑顔を作って自己紹介をした。
「オニキスといいます。突然、失礼いたします」
オニキスは丁寧に話したつもりだったが、長老はますます不機嫌な表情をして鴉を見た。
「お前の新しい部下か?」
「違います」
鴉の言葉を予想していたのか、長老はオニキスを睨みながら言った。
「一般人を入れるなと言っただろ。今は忙しいんだ。早く出て行け」
そう言い捨てて長老が礼拝堂から出て行く。鴉はオニキスに視線だけでついて来いと合図とすると、長老の後ろを歩き出した。
「町の状況はどうですか?」
「一般人の前で話すことはない」
長老はきっぱりと言い切って狭い裏路地を歩いていく。そんな長老の態度に、オニキスは長老に聞こえないように鴉に囁いた。
「オレはいないほうがいいですか?」
「いや、ついてこい」
「はい。あ、さっき水晶に発信……」
二人が小声で話している途中で突然、長老が足を止めた。
「じゃじゃ馬娘。今頃、何の用だ?」
長老の前にスーツケースを左手に持ったスピネルが立っている。
スピネルは長老の睨みも気にせず平然と笑顔で言った。
「あら、お父様お久しぶり。まだ生きてたの?とっくに、くたばったと思ってたわ」
お父様!?
オニキスは声には出さなかったが、スピネルの言葉の内容と暴言に驚いた。この言葉が事実であるなら長老はオニキスの祖父になるのだ。
「お前こそ、よく野垂れ死にせずに、のうのうと生きていられたな。生命力はゴキブリ並みか?」
これまた実の娘にかける言葉とは思えない内容に、オニキスは二人が親子であることに内心納得していた。
そんなオニキスの考えなど知るよしもない二人の間では見えない火花が散っている。放置していたら永遠に睨み合いをしそうな二人に鴉が声をかけた。
「取り込み中、失礼します。こちらは親子喧嘩に付き合っているほど暇ではないのですが」
鴉の言葉に長老がスピネルから視線を逸らした。
「ふん」
長老がスピネルの横を通り過ぎる。スピネルは長老の後を歩く鴉の隣に来た。
「どういう状況?」
「詳しくは把握できていない。ただ、始祖(しそ)がさらわれた」
スピネルは驚くことなく、納得したように頷く。
「さっきのヘリが運んでたのは、あれだったのね。誰の仕業?」
「金色の瞳をしたセルティカ国兵士だ」
「金色の瞳?じゃあ、沙参ちゃんを誘拐した奴らと繋がりがある可能性が高いわね」
そしてスピネルはわざと長老に聞こえるように大きな声で言った。
「それにしても情けないわね。一族の象徴(シンボル)でもある始祖を盗まれるなんて。だから、もっと武力に力を入れるべきだって言ったのよ」
スピネルの言葉に長老は振り返らず歩きながら言った。
「我々は静かに暮らすことで周囲との摩擦を避けてきた。いまさら変えられん」
「相変わらずの石頭ね。時代は変わってるのよ。自分達の身は自分達で守るべきだわ。いつまでも守られるだけではダメよ。それだけの力があるのに何もしないなんて理解できないわ」
「それが世界を敵にまわすことになるのだぞ」
「それは対話をしないからよ。人間は未知のことに脅威を感じる。だけど真実を知れば味方になる」
「そうか?この歴史の中で我々のことを知った人間どもは何をしてきた?侵略、迫害、虐殺。我々は危うく絶滅するところだった」
「いつの時代の話よ?」
「だが、事実だ」
二人の意見は平行線のまま、話が終わる気配はない。険悪な雰囲気のまま四人は古いレンガ造りの家に入った。家の中は年代物の質素な家具と暖炉があるだけの、あまり広くない部屋だった。
「おかえりなさい」
笑顔で主人を出迎えたのは、二十歳代後半の豊かな黒髪に黒い瞳をした女性だ。だが、その笑顔もスピネルの姿を見るなり驚愕の表情となった。
「スピネル……なの?」
震える唇でどうにか発せられた言葉に、スピネルはニッコリと微笑んで答えた。
「ただいま、お母様」
その姿に女性は涙で黒い瞳を潤ませながらスピネルを抱きしめた。
「おかえりなさい。連絡一つよこさないで、心配したのよ」
「ごめんなさい」
素直に謝るスピネルの姿にオキニスが一歩下がる。その姿に女性が気付いて声をかけた。
「こちらにいらっしゃい。名前は?」
オニキスは少し戸惑いながら二人に近づく。
「オニキスです」
「オニキス、いい名前だわ。顔はスピネルに似てるけど目は父親似ね」
「お、お母様!?」
スピネルが顔を赤くして驚くと同時に、長老の身体から殺気が溢れ出した。
「どういうことだ?こいつが、じゃじゃ馬娘の子どもだと?」
今にも人を殺しそうな表情で睨まれているにも関わらず女性は平然と、いや意外そうな顔で長老を見た。
「そうですよ。見ればわかるじゃないですか。スピネルに似ていますけど目はやっぱり相手の方そっくり。孫が見れて嬉しいわ。あなたも嬉しいでしょ?」
微笑んでいる女性とは対照的に、長老は鬼のような形相という言葉が相応しい表情で怒鳴った。
「嬉しいわけないだろ!相手は誰だ!?」
スピネルは長老が何故そんなに怒っているのか理解出来ないような表情で軽く言った。
「そんなの別にいいじゃない。それよりお母様、聞きたいことがあるの」
「まて、話は終わってないぞ!」
まだ怒り冷めない長老を無視してスピネルは話を進める。
「私以外にこの島から出た人はいる?」
「いないわ」
母の即答にスピネルは頷きながら次の質問をした。
「じゃあ、行方不明になっている人は?」
女性が少し考えて答えようとしたところで長老が割り込んだ。
「そんなことはどうでもいい!!それより……」
「いえ、必要なことです」
長老の言葉を遮った鴉に全員の視線が集まる。
「長老もご存知だと思いますが、この度は教皇に呼ばれてアルガ・ロンガに来ました。道中、金色の瞳をした連中に何度も襲われ、沙参が誘拐されました。すみませんが、住民の記録を拝見させて頂きたい」
鴉の言葉に、今まで顔を真っ赤にして怒っていた長老の表情が冷静になり、落ち着きを取り戻す。
スピネルに問い詰めたいことは山ほどあるが、それよりも優先しなければいけないことがあるため、無理やり感情を抑えたのだ。
「……そういうことならば、仕方あるまい。だが、ここの住民には、そのようなことをする者はおらんからな」
長老は苦虫をかみつぶしたような表情で書斎のある二階へと姿を消した。
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