8-3

「入るなら入れ。眩しいから早くドアを閉めろ」


 それだけ言い、カルナは部屋の奥にひっこんでしまった。訝しみながらアリスはスニーカーを脱ぐ。床に散らかった服やゴミを踏みながらカルナを追う。


「どうしたの?」


 アリスが再び尋ねると、カルナはモニターの前で頬杖をついた。


「ボットネットを動かして、『Fairy Dust』のソースコードと暗号鍵を解読した」


「……というのは?」


「これでいつでも『Fairy Dust』を好きにいじれるし、なんならソフトウェア・アップデートをジャックして大規模にマルウェア撒くこともできる」


「すごいじゃん」


 しかしカルナはさほど嬉しそうではなかった。ガシガシと強く頭をかく。徹夜で作業していたのだろう、フケが舞った。

 カルナは吐き捨てる。


「ありえねぇ」


「そうなの?」


「おかしい。これじゃあ『Fairy Dust』をクラッキングしてくれと言わんばかりだ。バックドアが大量にある。いや、されてる。わざとだ。設計ミスにしては不自然すぎる。何より解析が、はやく終わりすぎ……」


 分析結果と思しき画面を睨むカルナ。その大きな瞳が、見開かれてゆく。


「……!」


「カ、カルナ?」


 頭を抱えるカルナの肘が飲みかけのコーラの缶に当たった。脱ぎ捨てられたパーカーにコーラがしみ込んでゆく。アリスは慌てて駆け寄り、缶を拾った。


「嘘だろ、おい……!」


 アリスはモニタを見るが、何が書いてあるかまったくわからない。アルファベットと数字が大量に並んでいる。


「どうしたの、カルナ? なにがあったの?」


「解析が早すぎると思ったんだ。いくら『Fairy Dust』の仕様が雑魚とはいえ」


 カルナはくっくっくと低い声で笑った。その横顔を汗が伝ってゆく。部屋はじゅうぶん涼しいのに。


「……ボット化したPlum phoneたちの性能が高すぎる。公式に発表されている性能の100倍はくだらない。実際、普通に使うやつには公式発表通りの性能しか提供してない。決まった手順でクラックした人間にだけ本当の姿を見せにくる」


「?? ご、ごめん、わからない。それってどういうこと?」


「Plum phoneは最初からボット化するため、リスクを分散して何かやるために撒かれた餌だ」


「え……?」


「おもしろくなってきたじゃねぇか。山桜桃梅ゆすらうめ 大吾だいご。Plum phoneで、Plum OSで、何をしようとしてやがる……?」


 いまいち状況が飲みこめない。そんなアリスをよそに、カルナまた低く笑った。


「サイバーテロを目論んでいるのは、俺たちだけじゃない。山桜桃梅ゆすらうめ 大吾だいごかもしれないってことさ」


 カルナがやっとアリスを見た。その瞳はいたずらっ子の光をたたえ、挑戦者の炎を燃やしている。 


「金曜日。ZiCEDAIジセダイと相葉から山桜桃梅ゆすらうめ 大吾だいごの尻尾をつかむぞ。いいな?」


「……うん」


 アリスは冷静な自分に驚いていた。ほんの数日前だったら「パパはそんなことしない!」と怒っていたはずなのに。


 雨戸の隙間から日の暮れる気配がする。月のない夜がはじまる。

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