レベル1の勇者が乗り込んできたんだが。
宇部 松清
第1話 よく来たな、勇者よ!
「よく来たな、勇者よ」
「うん、はい」
吾輩は、魔王。
名前は、一応ある。結構由緒正しい系の、長ったらしい上に、当人ですら舌を噛みそうになるくらいのやつが。でも、皆、『魔王』って呼ぶし、その方が役職的な部分までカバー出来るから、じゃあもう魔王で良いよねってことになっている。
で、だ。
もうかれこれ何人、何十人、何百人、何千人めかわからない、似たり寄ったりの『伝説の武器防具』やらで武装した若造(稀にオッサンもいるけど)が、吾輩の前に立っている。
ちょっと間の抜けた顔をして。
身につけている、かなり曰く付きと思われる防具は何だかサイズが合っていないようにも見えるのだが、一応勇者ということなのだから、それでも良いのだろう。
でも、脇腹んトコとか結構スカスカだぞ? 大丈夫か? フツーもっとフィットしない? そういうのって。
例え武器防具の方に選ばれた勇者といっても、その重さまでもが免除になるわけでもないようで、背筋を伸ばし続けることが困難なのか、少しずつ、本当に少しずつだが前方に傾ぎ始めている。
もしかしてちょっと気を利かせて「一旦脱いどく?」って言うべき? 「吾輩これからちょっと色々しゃべる予定なんだけど」って? 「終わったらまた着れば良いから。ちゃんと待つし」って? いやいやいやいや。
それにしても今回の勇者は随分と無口だ。
いつもなら「俺がお前を倒す!」とか「よくも村の皆を!」とかって結構威勢良い感じで唾を飛ばしながら叫んでさ、中にはその村人とのハートウォーミングなメモリーとか語り始めちゃったりさ、レアなケースだと、「協定を結ぼう」だとか寝言みたいなことをほざくヤツもいたっけ。
まぁ何にしても、こんな風に終始無言ってパターンはいままでになかった。
その上、まぁ、正直めっちゃ弱そうなの、こいつ。
ヒョロガキ、って言葉がぴったりな感じ。
いや、まぁ吾輩としてもね? 一応魔族を統べる王なわけだからね? 倒すよ? 倒します。そりゃあもう完膚なきまでに、っつーか、お前の人生ここで終了ってレベルで屠ります。肉体丸ごと消滅させる系だから、まぁ、魔法とかでも生き返らせたり出来ない感じだから。だからこそ毎回毎回違うヤツが挑んでくるわけだし。
あ、また来たの? 君何回めだっけ? みたいなことってないからね。ってか、人生ってフツーそうじゃない? 何で都合良くポンポン生き返ってんの? って思うんだけど、吾輩。
「え――……っと、何か言うことない? 吾輩に」
「うーん」
「無いの? それじゃ吾輩ちょろっとしゃべったらお前のことソッコーで殺すけど」
「まぁ、ソッコーだろうね。あたし、レベル1だし」
何、お前、女?
ごめんごめん。ここ最近野郎ばっかりだったからさ。てっきり、いまは男勇者のブームなのかと思ってた。
だって君ね、さすがに凹凸無さすぎでしょ。
髪も短いし……って、まぁいまは髪の長さでどうこうってのはあんまりないのかな? ていうか、兜がね、ぶかぶか過ぎて顔がいまいち見えなかったんだよね。いやー、本当にすまんかった。
いや、それよりもさ。
何かいまおかしなこと聞こえたような気がするんだけど。
「……レベル1なの?」
「そうだよ」
「え? え? 何で? フツー無理じゃないか? ここに来るまで結構イベントあったはずだけど」
「うん、あった」
「その武器とか防具とかもさ、それなりのボス的なやつ倒さないともらえなかったりとか、それなりのダンジョンのめっちゃ奥深くに封印されてる感じじゃなかったか?」
「うん、だった」
「だよね。だよねー。え? じゃ、何でここまで来たの? 逆に怖い」
「いや、何でっていうか。身に覚えないの?」
「無い! 無いよ! あるわけなくない? 何、この勇者。前例が無い! 怖い!」
もー本当に逆に怖いわ。
何? 実態が無い系? 怨霊とか? それだと限りなく
「いや、アンタが言ったんじゃないの? 『勇者がレベル1で来てくれたら一瞬で終わって楽なのに』って」
「――へ?」
「飲み会だかお食事会だか知らないけどさ、酔った勢いかもしんないけどさ、言ったんだって、アンタ」
「わ、吾輩が……?」
「アンタが本当に魔王ならね。会うヤツ会うヤツ、そんなこと言ってあたしのこと避けてくんだよね」
「えぇ――……。酒の席のこと本気にするヤツいる――……?」
「そっちの事情は知らないけど、いたんだわ、現に。お蔭で、あたし、ここまで完全に不戦勝で来ちゃったから。そのそれなりのダンジョンでも、みーんなあたしのこと無視だから。この防具とか守ってたヤツも、あたしの姿を見たら何かぶつくさ文句言ってどっか行っちゃったから」
「何か……すまんかった」
まぁ、事実なんだろう。
成る程、そりゃあヒョロガキなわけだ。
何かもう『着せられてる感』がすごいもの。しゃべる度に兜が左右にグラグラしちゃってるもの。いや、レベルが上がったって頭の大きさは変わらんと思うけどね?
「そうだよね? これは謝るべきだわ。だってさ、あたし、一応それなりの志を持って旅に出たんだよ? ウチ、母さんが死んじゃっていなくてさ、父一人子一人ってやつでさ、父さん、あたしが勇者に選ばれた時、泣きながら王様のとこ行ってどうにか別の人に出来ませんかなんて頭下げてさ。結局神様のお告げ的なやつだからどうにもならないし、非国民めって、村八分よ、いま。そんで、それでもまだ魔王を倒したりすればさ、まぁハッピーエンドだよね。父さんも娘が戻ってきて良かった良かっただし、世界に平和も戻るしさ。でもさ、どう考えたって無理でしょ。レベル1だよ? まぁソッコー死ぬよね。で、王様んトコ連絡行くわけでしょ? そしたらさ、父さんってもう立場無いよね。何なら夜逃げでもしてあたしと村を出れば良かったって嘆くよね」
「うん、まぁ……、そうだね」
まぁ、確かにそうなんだけどさ。
こっちにもこっちの事情があるっていうかさ。
「もーさ、良いよ。この際死ぬのは確定事項だから、良いよ。たださ、一発殴らせてよ」
「は? 殴るの? その剣じゃなくて?」
「そう。だってあたし、そもそもこんな重い武器振り回せるほどの力なんて無いんだよね、誰かさんのお蔭で。これね、最低でもレベル30くらいの勇者が振り回せるように作られてるんだって。正直『伝説』って肩書だけで一応持って来たけど、邪魔なんだよね。重たくって、もう。ちょっともうこれ置くわ。手ェ痺れてきた。良いよね、置いても」
「あぁ、どうぞどうぞ」
何かちょっと、いや、かなり申し訳ないことをしてしまったようだ。いや、そうは言っても殺すけどね? 吾輩の今日の業務これだしさ。ていうか、勇者が到着したからって予定ぜーんぶキャンセルしたからさ。その分、明日が忙しいんだよなぁ。
「ってわけで、殴らせてもらうわ。レベル1だからきっと、アンタは痛くも痒くもないだろうし、逆にこっちの拳が砕けそうだけど」
そう言って、うら若き乙女勇者はその小さな手をぎゅっと握った。うん、全然痛くなさそう。
「そうだ。あとさ」
「何? もうここまで来たら一旦全部聞くわ」
「ありがと。あのさ、あたしが死んだらだけど、王様んトコ行く前にさ、先に父さんに知らせてほしいんだよね」
「知らせる? 娘さん死にましたよって?」
「そうそう。だってさ、王様んトコに行く前なら、あたしが死んでもまだ父さんは『勇者の父』なわけ。村八分ったって、ぎりぎり人間らしい扱いしてもらえんのよ。買い物とかも出来るし、ゴミとかも持ってってもらえるし。でもさ、あたし死んじゃったら、ただの『非国民親父』になるわけ。もーそうなったらさ、いよいよ生きるのが困難なんだよね、小さい村だから。だから先に教えてくれれば夜中にこっそり村を出られるじゃん? 素性隠してどっか別の町にでも転がり込めばさ、生きていけるじゃん。父さん靴職人だから、一人でも食べていけるしね」
「成る程、約束しよう」
「ありがと、優しいじゃん魔王」
「いや、何ていうか、それくらいはしてやらんとな。何か吾輩のせいで申し訳ない」
「まー仕方ないよね、ここまで来ちゃったら。ほら、もしかしたらレベル50とかでも結局駄目だったかもだしさ。だったら即死の方が苦しまなくて良くない? 魔王もさ、楽出来て良いっしょ?」
「あー、うん、まぁそうだね。当初の目的としてはね」
「さぁーって、一発殴ったら、死ぬかなー。そうだ、どうせ死ぬわけだし、防具も脱いで良い? 渾身の一発なのにこんなん着てたら威力も半減だし」
「それは構わん。好きにしろ」
「ありがと。そんじゃちょっと待ってて。結構脱ぐの大変なんだ。あたし身体も硬いからさ、ぶっちゃけこれ一人で着るの無理だったんだよね。――ほら、届かないの、後ろ。あはは」
「おい、それじゃ脱げないんじゃないのか?」
「え? あぁ、そうかも。やっべぇ、あはは」
何がおかしいのか勇者はケラケラと笑っている。
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