第34話 悪魔族の村
朝日の眩しさに目を覚ますとライラの姿は既になく、俺は眠い目を擦りながら家の外に出る。
ちょうどライラとフィアが顔を洗って戻ってきたところだったので、彼女らに手を振り挨拶を交わした。
「ライラ、フィア、早いね」
「良介さんも早いです」
「昨日はぐっすりと眠れたからだよ」
「そ、そうですか……」
何故か頬を紅潮させ目が泳ぐライラ。ま、まさか俺……あの後彼女に何かしちゃったのかな?
彼女に確認をしたいが、そんなことを聞けるわけがねえ……。
「おねえちゃんも一緒に村へ帰るのー?」
口ごもる俺とライラをよそに、ノンビリとした声でフィアが割って入ってくる。
それに対しライラは、顔を伏せボソリと呟くように応じた。
「あ、あの良介さん、そのことで一つ相談があります」
「んん?」
ライラは顔をあげて俺の目をしかと見つめ言葉を続ける。
「私はアリの問題が解決するまで、ここに残ろうと思っているのです」
「うーん……」
俺も最初ライラと……できればフィアも拠点に残そうと考えたいたのだ。
というのは、一緒に行った場合、ライラはずっと俺の傍でアリの駆除を手伝ってくれるに違いない。安全確保には充分気を払うつもりだけど、万が一ってのが無いわけじゃない。
だから、安全な拠点にいてもらうってのは悪くない手になる。
しかし――
俺の思考を遮るようにライラの声が耳に届く。
「良介さん、あなたは嫌だと思うかもしれまんせんが、私は村の人があなたを傷つけないか心配なんです」
「んん?」
ライラの意図は俺の考えとまるで違っているようだけど……一体どういうことなんだ?
「とても嫌な言い方ですが……私を人質としてここに残すことで、父は良介さんの安全の確保により気を払ってくれるはずです」
「なるほど。そういうことか」
「じゃあ、フィアも残るー」
フィアが万歳してぴょんぴょん飛び跳ねた。
だけど、拠点に残すことは大きな問題がある。そのため、俺は彼女らを拠点に残すことをやめようと決めたんだ。
「ライラ、もし俺が生還できなかった場合、君は窪地から出られなくなってしまうぞ」
そう、ブロックが無ければ窪地の外へ出ることは困難を極める。ウォルターのように高くまで飛べれば話は変わってくるが……。
しかし、ライラは俺の肩にそっと手を乗せ決意の籠った目を向ける。
「良介さん、あなたが倒れたとしたら、私は窪地から元より出るつもりはありません」
「それは……今後の生活が困るだろう?」
「良介さん、あなたの好意で村を救いに行かれるのだから、私にもできることは手伝わせてください」
「この先は言わなくても分かりますよね」と言わんばかりに、彼女はここで口をつぐんだ。
ああ、分かったよ。ライラ。俺だけにリスクを背負わせたくないってことだよな? その気持ち、受け取った!
俺は決意を込めてギュッと拳を握りしめる。
んだが、俺の腕を両手で掴みグイグイ引っ張るフィアが……。
「ねーねー、賢者さまー、おねえちゃん。わたしも残るー」
「フィア、あなたは良介さんと一緒に」
「ダメー、おねえちゃんと一緒じゃなきゃダメなのー」
「フィア……」
ライラはフィアの意思が固いと感じたのか、彼女を愛おしそうに抱きしめると頭を撫でる。
ライラは彼女を抱きしめたまま、諭すように彼女の耳元で囁く。
「フィア、あなたは戻りなさい。それが私のためでも良介さんのためでもあります」
「……うー」
フィアは姉の胸に頭を擦り付け嫌々と首を左右に振るが、ライラは応じようとせずフィアの背中を優しく撫でるだけだった。
そのまま無言の時が過ぎ、フィアは「わかった、おねえちゃん」と涙交じりに応える。
フィアまで拠点に残していくとなると、俺の保険という意味よりエドに対する脅しの意味合いが強くなってしまうからな……。
◆◆◆
「じゃあ、行ってくる」
「はい、どうかご無事で」
俺はライラと軽く抱擁した後、巨大化したポチにまたがろうと踵を返す。
「待ってください。良介さん。おまじないを」
「うん」
俺がライラと指切りをすると、ライラも「目を瞑ってください」と悪魔族式のおまじないを行う。
目を開けたら、フィアがいつになくにこにこーっとしていたんだけど、おまじないってそんな顔になるようなものなのかなあ。
ま、まあ深く考えるのはよそう。今はアリのことに集中するのだ。
フィアを腰から抱え上げてポチに乗せ、俺も続いてポチのふわふわの背にまたがった。
それじゃあ、行くとするか!
◆◆◆
「おい、良介、本当に大丈夫なんだろうな?」
前を歩く悪魔族の青年が首だけを後ろに向け毒づく。
なんか面倒な奴がついてきてしまったもんだよ……。
突然だが、俺は今悪魔族の村にいる。
窪地の外でエドと落ちあい、俺が村へ入ることは村人全員が了承したと彼は告げた。
だが、全員が了承したのはあくまで「俺が村へ入ること」までだ。その後、全員の了承を取り付けるためにアリを駆除する姿を見せて欲しいとエドは言う。
元よりそのつもりだ。むしろ時間がない中で村人の説得をしてくれたエドに礼を言って、彼と共に村へ向かったわけだったんだが……。
何故かこの青年が敵意をむき出しにして村の入り口で立っていた。そして、そのままアリの巣まで勝手に案内を始めてしまったというわけだ……。
エド曰く、彼は若いながらも村一番の弓の使い手で、最後までアリとの交戦を主張していたとのこと。
彼は血気盛んなだけに、賢者だと聞かされても……見た目が人間な俺に警戒を解けるわけがないといったところなのかなあと予想している。
そうそう、エドなんだけど彼には村の外で待機してもらった。フィアはというと、彼女は村のみんなが集まっているところに帰っている。なので、彼女の安全は問題ないはずだ。
うーん、本当はポチと俺だけで村の中へ入りたかったんだよなあ。ポチの速度なら、アリを駆除するのにしくじって追いかけられることになっても余裕で振り切れるからさ。
更にポチ自身の高い戦闘能力もあるのだ。さすが俺の愛犬、万能過ぎて萌える。いや悶える。
俺が答えないことに苛立ったのか、前を行く青年は立ち止まり俺が横に並んだ途端に憎まれ口を叩いてきた。
「良介、アリの奴は関節を的確に切り裂くか、目を矢で射貫くかしなければ倒すことはできないんだぞ。それに……」
「傷口から
「何だよ。ちゃんと聞いてんじゃないか」
何回おんなじ話を聞いたと思ってんだよ……村に入ってから僅かな時間でよくもまあ同じことをこれだけ繰り返せるもんだぜ。
蟻酸は文字の意味通り、アリが持っている酸なんだけど……地球のアリは尻尾に毒針を持っている種がいてそいつが出す毒が蟻酸なのだ。
蟻酸は地球だと防腐剤とか抗菌剤に使われる。また、アリの毒針程度の蟻酸なら人間へ何ら害を
一方異世界の巨大アリは、毒針じゃなくて体液に蟻酸が含まれている。だから、アリの傷口より蟻酸が漏れだしてそれを直接浴びたり蒸気となった蟻酸を吸い込んだりすると、人体に相当なダメージを与えてくるだろう。
ま、そんなことは俺にとって関係のないことだ。問題ない、問題ない。
「俺の能力は聞いているんだろう?」
「ああ、にわかには信じられないから、こうしてお前と一緒にいるんじゃないか!」
青年はさも当然と言った風に強い口調で声をあげる。
それはそうとして……先ほどからアリの姿をチラホラと見かけるんだけど、俺たちがこうして会話をしていようが奴らはまるで意に介した様子はない。
聞いていたとおり、こちらが手を出さない限りアリが襲い掛かってくることはないようだな。これなら、準備もやりたい放題だ。
「全く、アリを前にしているというのにまるで緊張感がないんだな! お前は!」
アリや村の様子を観察しながら、歩を進める俺に腹をたてたのか青年は、毒ついてまた俺の前を歩き始めた。
歩くこと五分ほど……。
村の中央通りから少し外れた場所にアリの巣がぽっかりと口を開けている。
幸い、井戸端会議をする場所なのか周囲に家があるものの、アリの巣穴から三十メートルほどは遮蔽物が何もない空間になっていた。
これなら、いける。俺はそう確信する。
家の中とか狭い路地裏に巣穴があった場合、建物を壊さないといけなくなるからな……。
「じゃあ、始めるから少し離れていてもらえるかな?」
「分かった。逃げるなよ」
全く……どこまでも減らず口を叩く男だなあ……。
俺は巨大化したポチの上にまたがるとタブレットを手に出す。
俺がするのは、ここまでキープしてきたブロックを積み上げて解放するだけの簡単なお仕事だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます