第32話 まどろみの中で
日本時間20時ちょうどに俺たちは再召喚された。
気が付けばいつもの狭間の小部屋だ。
荷物は割れ物が多いのですべて空間収納にしまってきた。
もしも防犯カメラに俺の映像が映っていたらどんな手品かとびっくりすることだろう。
手品じゃなくて本物の
一応カメラは気をつけておいた。
小部屋で残ったお金をマルケスに両替する。
残金3200マルケス。
100万円以上仕入れに使っちまったよ。
仕入れた商品がいくらで売れるか楽しみだ。
両替が終わったら、次はスキルカードだ。
今回もいいスキルをお願いします。
カードデルの前で両手を合わせてからダイヤルを回した。
スキル名 |黄金の指<<ゴールドフィンガー>>
世界最高峰のマッサージ師。
老いも若きも男も女も、貴方にほぐせない身体はない。
最高の癒しとリラックスを全ての人へ。
誰もが貴方のマッサージの
注)回復魔法のような効果はありません。
「うわー、リストラされてもこれで食いっぱぐれはありませんね」
うん、俺もそう思う。
行列の出来るマッサージ屋さんになりそうだ。
マッサージねえ……。
むしろ俺がして欲しいんだけど……。
そのうち誰かにしてあげるとしよう。
戻ってくると馬小屋の前だった。
夜風がとっても冷たい。
大きな荷物を持ってくる場合もあるので、召喚はなるべく外でしてもらうようにクララ様に頼んであるのだ。
「ただいま戻りました」
「うむ。よく戻ってきてくれた。先ずは部屋の中へ入ろう。ここは寒い」
今晩の宿泊客は俺たちだけだったので神殿の大部屋へと移動した。
室内も寒かったが風がないだけましだった。
「ここの神殿はすごいケチですよ。夜の薪を2本しかくれないんだから!」
フィーネがプンプン怒っている。
「そう怒るなって。ほらお土産だ」
クララ様とフィーネにフリースを渡してやった。
「うわあ天使の服だ!!」
フィーネは大喜びして早速着ている。
クララ様は相変わらずの困り顔だ。
でも年末の特売で安く買えたことにしてなんとか受け取ってもらえた。
「ありがとうコウタ。今夜も暖かく眠れそうだ」
喜んでもらえるなら何よりだ。
「それではクララ様、今回私たちが購入してきたものをお改め下さい」
クララ様も出資者なので商品をご覧いただき、この世界の価値観に照らし合わせて売れそうかを確認してもらいたかった。
部屋の中は暗すぎるのでLEDのランタンを二つ点けてからティーカップやグラス類を箱から慎重に取り出す。
割れ物だから注意しないとね。
二人が見守る中、丁寧に梱包された中身を取り出していく。
やがて現れたティーポットに二人は息を飲んだ。
そして包みが開かれる度にクララ様とフィーネの口からため息がこぼれる。
「これほど美しい器を私は見たことがない。王宮でさえこれほどの物は使っておらぬぞ」
「天使のカップだ……」
透明感のある白色の磁器に鮮やかな絵付け、豪華に金をあしらった造り、見る者を惹きつけるフォルム、完成された一つの美がそこにはあった。
「正直これほどの品だとは思っていなかった。もう私にはいかほどの値段が付くのかも分からんよ」
確かにすごくいいものだと俺も思うけどもっとすごいのもあるんですよ。
今回は買えなかったけど。
「吉岡、どうしよう?」
「……200……いや、300万マルケスからいってみましょう!」
「……いっちゃうの?」
「いっちゃいます!!」
吉岡の意思は固い。
「ふわー、私が何年働けば買えるんだろう」
フィーネが恐々とティーカップから離れた。国軍の平兵士の年収がおよそ30万マルケスと言われている。およそ10年分の俸給だ。
「でも誰に売りつけるかが問題ですよね。クララ様、大物に知り合いはいらっしゃいますか?」
「うむ……おらん」
え、いないの!?
「さすがにこれほど高額の物をポンと買えるような大貴族に知己はいないぞ。しいて言うなら先日お会いしたブレーマン伯爵くらいだ。あれは先方がたまたまチョコレートを気に入ってくれたから商品を見てくださっただけだしな」
相手が食いしん坊で助かったわけだね。
「普通はそう簡単に会ってはもらえないのですね」
「ああ。ブレーマン伯爵は北部貴族の代表格でもあるから私の挨拶にも応じてくれただけなんだよ。中央の貴族となると直属の上司になるカルブルク子爵くらいだ。だが伯爵のような金満家ではないと思う」
カルブルク子爵は王都警備隊の長官を務める人で、武辺一辺倒の方らしい。
貧しくはないだろうけどお金にはあんまり縁がなさそうだ。
「ふむ……いっそブレーマン伯爵に紹介状をいただくか」
そういえばブレーマン伯爵は前回の取引でものすごく喜んでくれてたもんな。
格安で商品を卸してもらったと勘違いして、恩義を感じていたようでもあった。
「ではブレーマン伯爵に書状を書いていただけませんか。そうしていただければ私がバイクで届けてまいります」
この村からブレーマンまでは79キロの道のりだ。
「水上歩行」のスキルを使えばスリップすることもないし、新雪の道はアスファルトの上のように平らで滑らかだ。
徒歩なら片道二日かかる道のりも、バイクなら往復3時間もかからないだろう。
「よかろう。今夜中に書状をしたためておこう」
王都への旅は少し遅れてしまうがクララ様は許可して下さった。
明日は夜明けと共に出発してなるべく早く帰ってくることにしよう。
部屋に戻るとクララはブレーマン伯爵への手紙をしたためた。
だが、ついつい気が散ってうまく文面を纏められない。
とんでもないことに関わっているという気持ちが強く、興奮が抑えられないのだ。
クララの興奮の原因はコウタ達が先ほど見せてくれた茶器とグラス類だった。
あれほどに美しい品をクララは見たことがなかった。
この世界にも金や銀、宝石をあしらった装飾品はたくさんある。
騎士として国王陛下に叙任された際に見た陛下の王冠は大粒のダイヤやエメラルドがあしらわれた素晴らしいものだった。
だが、先ほど見たティーカップは別の意味でクララの心を震わせた。
クララをして「欲しい」と思わせる品々だったのだ。
クララはなんとか伯爵への書状を書き終え大きく息をついた。
寝間着に着替え、コウタが買ってきてくれたフリースなるものに袖を通す。
濃い青をした無地の服だった。
このような気を遣わずともよいのに……。
一度強く叱ろうと思うのだが、しょんぼりした犬のような顔をするのでついついコウタには甘くなってしまう。
いや、甘やかされているのは私の方か。
教えられた通りファスナーというものを上げてみるとすんなりと服の前はとまった。
昨日着せてもらったフリースと違い今度はぴったりとサイズがあっている。
初めての時はコウタがファスナーを上げてくれたな。
あの時のコウタは随分と緊張した顔をしていた。
あのように緊張せずとも少々触れたぐらいでは私はなんとも思わんのに……。
厳めしい顔つきでファスナーをあげるコウタを思い出してクララは小さく笑った。
今夜はもう寝よう。
明日も長い旅が続くのだ。
明かりを消して横になったクララはふと違和感を覚えた。
何だろう?
昨日貸してもらったフリースとは何かが違う。
色や大きさもそうだが……。
まどろみかけた意識の中でクララは答えにたどり着いた。
匂いが違うのだ。
あれはコウタの匂いだったのだろうか……。
あやふやな感情がひっそりと忍び込んできた気がした。
だが心の隅に隠れたその気持ちが何であるのかを確認する前に、クララは静かな眠りについていた。
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