第22話 俺たちがモテた日

 新たに出現したダンジョンの入口を吉岡の土魔法で塞ぎ、その上から更に丸太などを組んで補強した。

これで当面の間はモンスターが出てくることはないだろう。

本格的な入口の設置は専門の職人と護衛部隊の到着を待ってからになる。

それまでは皆で見張り番だ。

手持ちのザイル(ロープ)やツルで木を組んで、針葉樹の葉を屋根にした仮小屋を作った。

ノコギリとザイルを持ってきておいてよかったよ。

モンスター相手には剣でもいいが、木を切るにはノコギリに勝るものはない。

フィーネも小さなノコギリを持参していた。

「狩りに出る時は何日もかけることもありますからね。こんな仮小屋を作るのは慣れているんです」

冬山に泊まるなんて猟師にとっては当たり前のことだそうな。

日暮れ前に何とかねぐらを完成させて、ようやく夕食が食べられた。

そういえば今日は朝ご飯しか食べていない。

「クララ様は何か食べたいものがございますか?」

「行軍中みたいなものだから贅沢は言わんさ。体が温まるものがあればそれでいい」

クララ様らしい答えだ。

シェフ吉岡と相談して豚肉とソーセージ入りのポトフを作ることにした。

「私、お手伝いします」

「私もお料理得意なんですよ」

「私にもやらせて下さい!」

何か知らんがメルさんとこの女の子がいっぱい来たぞ。

しかもすごい密着してくる。

何なのこの状況? 

飲み屋のおねぇちゃんにもこんなにモテたことないぞ。



 コウタ達が料理を作るのをクララとメルセデスが少し離れたところから眺めていた。

クララの目つきは少しきつい。

「少々風紀がゆるいのではないか? 見ているこちらが恥ずかしくなる」

相変わらず堅物の従妹にメルセデスは内心可笑しくてしょうがない。

「少しは大目に見て欲しいな。魔法が使える無官の男が二人いるのだぞ。部下たちが玉の輿を狙うのも仕方あるまいさ」

攻撃魔法が使えれば騎士になれる世界だ。

吉岡にいたっては攻撃魔法だけでなく回復魔法も使える。

安い給料で死と隣り合わせの女兵士が華やかな未来を夢見るのはごく自然なことと言えた。

一番人気はやっぱり吉岡秋人だった。

だが吉岡は既に先輩のペトラと関係を持ってしまっている。

他の兵士にしてみれば出遅れた感じは否めなかった。

一方、日野春公太は少々歳はとっているが魔法や空間収納という希少スキルを持っていた。

今からでも出世の見込みは申し分ない。

彼女たちにしてみれば30歳くらいは余裕で賞味期限内だ。

たとえ側室でも贅沢な暮らしは保証されている。

というわけでやたらとサービスのいいキャバクラ状態が続いているのだ。


「まったく、見ていられんな!」

生真面目を絵にかいたような性格のクララだが、今日はいつも以上に融通が利かないとメルセデスは感じた。

「おいおい、ひょっとしてヤキモチを焼いているのか?」

「なっ! ばっ、バカなことを言わないで欲しい。どうして私が……」

「いや、随分とお怒りのようだからな……」

「わ、私は私の従者にあらぬちょっかいを出して欲しくないだけだ」

昔から嘘のつけない性格だったが、二十歳になった今でもそれは変わらないようだ。

メルセデスは顔を真っ赤にしている従妹をついつい虐めたくなってしまう。

「そうか、そうか。で、どちらがお気に入りなのだ? コウタか? それともアキトか?」

「だから、特別な感情などない!」

「いやいや、私は従者としてどちらがお気に入りなのかを聞いてるだけだぞ」

「くっ……。私は従者を差別することなどない……。どちらも平等に扱っている……」

「そうかな? 私にはコウタを贔屓にしているように見えたがな。どうやら従妹殿は中年好みのようだ」

「いい加減にされよ!」

これ以上怒らせてはいけないと見極めたところでメルセデスが退いた。

「すまなかった。許してくれクララ殿。昔から武芸でそなたに勝てたことがなかったからな。ちょっとした意趣返しだ。本気ではない」

「そ、そうか……。だが、そのような戯言ざれごとは以後やめて欲しい……」

「心得た」

軽い冗談のつもりだったがクララは私が考えている以上に本気なのかもしれない。

そう考えてメルセデスは一抹の不安を覚えた。


 燃料となる薪は山ほどあったので盛大な焚火を焚いた。

まるでキャンプファイヤーだ。

メルさん達が持ってきた大なべに作ったポトフは瞬く間になくなった。

みんなすごい食欲だ。

ポトフが物凄く美味しかったせいでもあるんだろうな。

だけど、吉岡はどういう発想で異世界にベイリーフとかグリーンペッパーなんてものを持ってきたのだろう? 

グルメなオタクの考えることはさっぱり分からん。

そのおかげで美味いものが食えるから文句はいわないけどさ。

「やりましたね隊長!」

「褒賞ものですよこれは!」

メルさん達が随分と盛り上がっている。

たった10人で生まれたてのダンジョンを封鎖できたのだ。

快挙と言っていい手柄になるらしい。

「隊長は中隊長に昇格したりして。私たちだって特別手当が出るはずよ。ねえペトラさん」

「まあな。10000マルケスは確実だろう」

国軍の兵士は平でも日給800マルケス貰えるそうだ。

ペトラさんは曹長なので1100マルケス。

騎士であるメルさんは8000マルケスらしい。

貴族階級になったとたん俸給が一気に上がるようだ。

そんな彼女たちにしてみたら10000マルケスは安くない臨時ボーナスだった。

他にも今回の討伐で手に入れた魔石が結構な数になっている。

本来は上官であるメルさんの取り分になるのだが、鷹揚なメルさんは山分けにするそうだ。

味方の士気を鼓舞するために山分けにする人も多いが、がめつく全部自分のものにしてしまう貴族もいっぱいいるとペトラさんが言っていた。

だけど騎士も結構金がかかる。

騎士というくらいだから馬がなくては話にならないのだが、馬の購入や餌代、世話をする人間の人件費は自分の給料から支払わなくてはならない。

他にも執事や従者、メイド、下男などを雇えば給金がかかるし、武器や防具の購入やメンテナンスなど結構なお金が必要となってくるのだ。

だから貴族階級とは言え見栄は張っていても、それほどの贅沢はできないのが実情だった。


 眠る前に、仮小屋の横にテントを張った。

俺と吉岡はここで眠るつもりだ。

最初はクララ様とメルさんにテントで寝てもらおうかと考えた。

たぶんテントの方が暖かくて快適だ。

だけど、もし二人がいなかったら、兵隊さんたちと仮小屋で眠ることになる。

そうなったら……貞操の危機よ! 

どうやら彼女たちは玉の輿を狙っているらしい。

フィーネが間違いないと教えてくれた。

だったら絶対に襲われると思う。

屈強な女兵士五人を相手に抗えるわけがない。

四人に無理矢理手足を押さえつけられて、最後の一人が俺の腰の上に……。

くっ……そういうシチュエーション嫌いじゃないかも! 

だからますます怖いのだ。

抜け出せなくなりそうだもん。

実際のところ乱交パーティーにはならないと思うけど、それぞれにお誘いくらいはありそうだ。

いちいちお断りするのは面倒なのでテントで寝ることにしたわけだ。


「コウタ達はこの中で寝るのか?」

クララ様がテントを興味深そうに見ている。

「入ってみますか?」

「うむ。中々面白そうだ。軍の幕舎に似ているが、もっと小型で軽い素材だな」

「ええ、原理は同じですよ。ただし使われている生地は薄く、軽く、防水で湿気を外へ逃がすのです」

「魔道具なのか?」

「そうではありません」

「私もここで寝てみたいのだが……」

好奇心の強いクララ様らしいな。

「では私たちは仮小屋で寝ることにしましょう」

お誘いはあるかもしれないけど毅然とした態度で断るしかあるまい

「いや、構わぬ。広さは充分あるから4人一緒にここで休もう」

四人ってクララ様とフィーネと俺と吉岡か。

四人用の広めのテントだから問題はないと思うけど、いいのかな?

「よろしいのですか? 従者と一緒など……」

「構わぬ。それにな……私が一緒でないとこの場の風紀が乱れていかんのだ」

クララ様は横目で兵隊さんたちを睨みつけた。

クララ様は真面目だからなぁ。

「わかりました。それではテントの使い方をご説明しますね」

こうして俺たちの長い夜は始まるのだった。

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