第11話 世紀末救世主伝説のエキストラに俺はなる!
今日は6日ぶりのお休みで、久しぶりに元の世界へ帰る日だ。
クララ様の書斎で送還をしてもらうことになっていた。
「この六日間よく頑張ってくれた。送還する前に給金を支払っておこう」
そういってクララ様は机の上に貨幣を積んでいく。
銀貨が3枚、大銅貨が6枚ある。
一日600マルケス、6日で3600マルケスだな。
日本円だと3600円になる。
「ありがとうございます」
ジャラジャラと貨幣をポケットに入れた。
これからはこちらの世界専用の財布がいるな。
皮の巾着とかがそれっぽくていいと思う。
どこかで売ってないだろうか?
買い物リストがまた一つ増えた。
これからあちら側に戻ったら買う物がいっぱいある。
日本時間は金曜の夜明け前なので出社もしなければならない。
今日は10時からクライアントと打ち合わせがあるので吉岡と出かける予定だ。
なんとか時間を作って全部買い物を終わらせたいな。
「再召喚は27時間後でいいのだな?」
「はい。それでお願いします」
こちらの時間で午前11時、日本時間で午前7時くらいに再召喚される予定だ。
「あ、クララ様」
「どうした?」
「なにか欲しいものとかありますか?」
「欲しいもの?」
「ええ。元の世界に戻ったらみんなにお土産を買ってこようと思っているのですが、クララ様は何がいいかなと思いまして」
クララ様はかすかにほほ笑んだ。
「いらぬ気を使わなくてもよい。従者にみやげをもらうなど主としてはどうかと思うぞ。私がそなたに買ってくるなら構わぬが……」
相変わらずクララ様は堅いなぁ。
「エゴンさん夫婦には寒さが和らぐ肌着を、リアにはチョコレートを、ゾットには俺が使ってるのと同じナイフを、ノエルにはブラシを買ってきてあげるんです。だからクララ様は何がいいかなと思ってお聞きしたんですが」
クララ様は俺の話を聞いて大きく目を見開いた。
「ま、待て! チョコレートにナイフだと!? どれも高級品ではないか。チョコレートなど都会の貴族や富豪の口にしか入らぬ品だ」
「そうなんですか? 近所の店で90マルケスくらいで買えますよ」
板チョコならそんなもんだよな。
特売日ならもっと安い。
「そ、そうなのか。うむ……だがあまり無理はしないように」
「はい。で、クララ様は何か欲しいものはありませんか?」
「わ、私は……その、……チョコレートがそのように安価であるならば、私にも一つ……もちろん対価は払う!」
そんなに顔を赤くしなくてもいいのに。
クララ様もチョコレートと……。
よしばっちりメモしたぞ。
「それでは送還をお願いします」
「心得た。……コウタ」
「はい?」
「その……なんでもない」
???
クララ様は何が言いたかったんだろう。
ちゃんと聞こうと思ったけど、その前に送還されてしまった。
なんか狩りに行った日からクララ様の態度がおかしいんだよね。
妙によそよそしかったり、たまに不安そうに俺を見てたり。
そうかと思うと全く普通だったり。
たぶんだけどあれだな。
きっと生理だ。
絵美も生理の時は情緒が不安定になるタイプだからよくわかるよ。
そっとしておいてあげることにしよう。
もし生理痛が重いのなら鉄分が足りてない可能性もある。
おみやげにドライプルーンを追加しておくか。
書斎からコウタの姿が消えるなり、クララは椅子の背にだらしなくもたれかかった。
なんとなく心が落ち着かない、ざわざわした気分でいる自分が嫌だった。
「(本当にまた戻ってきてくれるのか?)」
コウタに向かって言いかけた言葉が頭の中でリフレインする。
「ばかっ!」
誰にともなく叫んで、剣を掴んだ。
剣を振ろう。ゴチャゴチャした思いもすべて忘れられるまで。
降り積もった雪の中で無心になるまで剣を振るうクララの姿があった。
赤い扉を開いて夜明け前の駐車場へ戻ってきた。
時刻は前回に召喚された時と同じ3時9分だ。
さて、ここからあまり時間がないぞ。
まずは向こうで役立ちそうな本の検索と、武器について調べなくてはならない。
絵美を起こさないように部屋へ戻ってパソコンを立ち上げた。
寝室をちょっとのぞいたが絵美はスース―寝息を立てていた。
考えてみればこちらの時間は全然経過してないのに絵美の顔を見るのは6日ぶりだ。
随分と久しぶりに感じる。
少し距離を置いたせいか、絵美を見てもかつての苛立ちはあまり感じなかった。
予定通りあちらでの生活に役立ちそうな本をピックアップしていく。
電子書籍で購入できるものはダウンロードし、紙媒体しかないものはリストを作った。
昼休みにでも本屋へ寄ることにしよう。
そして一番肝心な作業に入る。
最初は防具の検索だ。
向こうの世界で購入してもいいのだが、こちらで買った方が品質はいいような気がする。
でも防具なんてどこで売ってるんだろう。
町でそんな店は見たことがない。
最初、「防具・販売」で検索したら剣道の防具がいっぱい出てきた。
ちょっと違う。
俺が欲しいのはそういうのじゃない。
そこで検索ワードを「防弾チョッキ」に変えてみる。
これで調べてみると色々出てきた。
俺がイメージしていたものはボディーアーマーと呼ばれているらしい。
海兵隊とかが着ているやつな。
あれなら向こうの世界で売っているレーザーアーマーなどより軽量で強度が高いだろうと思ったのだ。
だけどボディーアーマーというのはあまり流通していないようだ。
理由は犯罪組織などがボディーアーマーを手に入れると鎮圧が困難になるためらしい。
それはそうか。
ギャングが警察組織と同じ装備を持っていたら厄介だろう。
あれこれ探して秋葉原の店で中国警察標準レベルを謳う防弾ベストというものを見つけた。
素材はケブラーという強い繊維で出来ていて、重さは約4キロだ。
これなら俺でも問題なく装着できる。
ネットで注文していたら間に合わないので明日、直接店まで買いに行くことにした。
面白そうだったので同じ店のホームページを見ていると軍用のヘルメットなども売っていた。
俺のもっているヘルメットはバイク用と登山用だ。
バイク用はフルフェイスなので視界が狭いし、登山用は攻撃に耐えられるか心配だ。
この際だから一緒に買ってしまおう。
他に何か必要なものはあるかな……?
スタンガン?
麻痺魔法パラライズがあるから要らないな。
ん?
クロスボウ……。
使えそうだな。
オフロードバイクに乗ってクロスボウ……。
世紀末の悪党そのまんまじゃないか!
でも、このさい開き直って「ヒャッハー!」と叫ぶのも一興だろう。
こいつも買っておくか。
でも、クロスボウってピストル型の小さなものからライフルのような大きなものまでいろいろあるなあ。
値段も安いのは1万円以下、高いものは20万円以上するものもある。
やっぱり高いものは威力と精度がいいらしい。
見ているとどんどんいいものが欲しくなってしまう。
これは店で店員さんと相談しながら決めることにしよう。
ふと顔を上げると寝室の入り口に立った絵美が俺を見ていた。
「お、おはよう」
「おはよう。早いのね」
「目が覚めちゃって」
絵美はじっと俺の顔を見つめている。
どうした?
何があった?
「なに?」
「別に……なんか楽しそうだったから……」
そうか。
そうかもしれない。
俺はずっとワクワクが止まらない生活をしている気がする。
「ボーナスも出たし、買い物でもしようかと思ってね」
「そう。……コーヒー飲む?」
やっぱり絵美は俺の買い物には興味がないようだ。
まあ、興味を持たれても困るけど。
いきなり夫がクロスボウや軍用ヘルメット、防弾ベストを買っていたらびっくりするだろう?
さすがの絵美も俺を問いただすんじゃないか?
キッチンの方からコーヒーのいい匂いがしてきた。
そういえばあちらに行ってる間はコーヒーも飲んでいなかったな。
ブラウザを閉じて立ち上がった。
トーストでも焼くことにしよう。
いったん立ち上がり席を離れたがすぐに戻ってきた。
閲覧履歴を忘れずに消しておかねば。
万が一絵美に見つかって、変な疑問を持たれるのも嫌だった。
吉岡がクライアントに渡す資料をプリントアウトしてきたので二人でチェックした。
「なあ吉岡、少し早めに出ていいか?」
「どうしました?」
「ちょっと本屋に寄りたいんだよ」
「いいですねぇ。じゃあ20分くらい早く出ますか」
「それで頼む」
本屋は割合と大きめの書店が駅ビルに入っているのでそこに寄った。
「相変わらずアウトドア系の本ばかりですね」
俺の趣味が登山であることは吉岡も知っている。
狩猟関係やブッシュクラフトの本を買っていても別段違和感は感じなかったようだ。
「吉岡はやっぱりこういうのには興味ない?」
「そうですねぇ、異世界へ行くことにでもなったら貸してください」
だよね~。
俺の理由もまんまそれだもん。
まずは必要な資料をゲットだぜ。
あとはバイク関連と武器防具、おみやげに、日用雑貨か。先はまだまだ長そうだ。
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