第4話 特別なシチューを貴方に

 召喚された場所は小さな農村だった。

冬枯れの風景の中、雪の積もった畑や白い息を吐く家畜たちがのんびりと歩いている。

そんな景色の中でひときわ目立つ青い髪が目についた。

「よかった。召喚することができました!」

「リア!」

思わず二人で駆け寄る。

「無事だったんだね」

「おかげさまで村に帰ってくることができました。本当にありがとうございました! ……あっ、言葉が通じます」

「うん。しゃべれるようになったんだよ」

ちゃんとしたコミュニケーションがとれるって素晴らしい。

ビバ 言語能力スキル!

「そうだったんですね。さっきはちゃんとお礼もしない内にいなくなってしまったんでびっくりしたんですよ。でももう一度会えてよかった」

言葉が通じない時も思ったが、やっぱりこの娘はいい子だなあ。

とても人懐っこくて笑顔が可愛い。

「あの時は後ろからダンジョンスパイダーに襲われてもう駄目だと思ったんです。それで私、普段から信仰している時空神様に助けて下さいってお願いしたら……」

「そうしたら俺がやってきたと?」

「はい! ケガもしてたし、ずっとご飯も食べてなくてお腹が減ってて本当に心細かったんです。そんな時にコウタさんがやってきてくれました」

リアは感極まったように俺を見つめる。

俺ってば結構役に立ったんだな。

よかった、よかった。

「コウタさんは時空神様がおつかわしになった人なんですよね?」

「えーとね、たぶんそうだと思う」

時空神には会ったことないけど、そういうことになるよな?

「やっぱりそうだったんだ! だから私、時空神様にもお礼を言わなければならないと思って、家に帰ってすぐに祭壇にお供物くもつを捧げました。そしたら頭の中に召喚術式が流れ込んできたんです」

なるほど、リアは時空神によって俺の召喚者に選ばれたようだ。

「私、召喚術なんて初めてだからうまくできるかすっごく不安だったんですけど」

「でも、ちゃんと俺を呼び出せたね」

「はい! だけどやっぱり召喚術は大変です。私の魔力はほとんど空っぽになってしまいました。10日くらいは魔法を使えそうもないですよ」

ほうほう、俺を呼び出すには魔力が必要なのか。

しかも消費した魔力は簡単には戻らないらしい。

ホイホイ気軽に召喚できるわけじゃないんだ。

残念。

もしそれができるなら、リアに頼んで召喚してもらえばスキルが取り放題だったのに。

まあしょっちゅう呼び出されても困ってしまうか。

だけどリアは可愛くていい子だからなるべくなら力になってあげたいんだよな。

庇護欲ひごよくを掻き立てるタイプっていうのかな。

思わず守ってあげたくなる感じなんだよな。

「またなにか困ったときは呼び出してよ。だけど本当のこと言うと戦闘は苦手なんだ。なるべくそれ以外のお願いで呼び出してね」

「ありがとうございます。でも迷惑じゃないですか?」

「そんなことないよ。リアみたいな可愛い子の召喚なら大歓迎さ」

言ってて恥ずかしいよ。

よく真顔でこんなことが言えたな俺。

勇気6倍のおかげか?

「ところで今回は何か俺にお願いすることはない?」

「え? 願いごとですか? 私はただコウタさんにお礼が言いたかっただけなので……」

「我、時空神との盟約によりこの地に召喚されり。召喚者よ、我に何を望む……ってね。俺は時空神の制定した召喚獣だから、リアが願い事を言ってくれないとちょっとだけ困ったことになるんだ」

リアの願い事を叶えないとスキルが俺のものにならないのだ。

まあ「種まき」のスキルなんだけどね。

いらないような気もするけど、せっかくだから取得しておきたい。

俺って貧乏性?

「そうですか。コウタさんが困るなら何かお願いした方がいいですね。……そうだ! さっきのお礼がしたくてご飯を作ったんです。ぜひ家で食べて行ってください。それが私のお願いです!」

言うことがいちいち可愛い!

「そんなことでいいの? わかった、お安い御用さ!」

本当は昼ご飯に天ざる大盛り食べたのでまだお腹は減ってないんだけど頑張っちゃうもんね。

「じゃあ、家の中に入りましょう」

今いる場所はリアの家の庭だったようだ。

すぐ前にある、小さい木造の家の中へ案内された。

 家の中は薄暗かった。

季節は冬で寒いのだが明り取りのために窓が一つ開けてある。

その代りかまどには火がたかれていた。

「今、シチューを温めますから椅子に座って待っていてください」

「ありがとう。ゆっくりでいいからね……」

室内を見回すと家の内部は一間ひとまで、テーブルが一つにベッドが3台。

他に洋服かけが見えるだけだ。

あまり裕福な暮らしぶりには見えない。

俺は食事の支度をするリアの後ろ姿に話しかける。

「リア、ほかの家族は?」

「弟と妹は近所の農家に手伝いに行ってます。そろそろ帰ってきますよ。私も手伝うことはありますが、普段はラガスの迷宮で魔石取りをしてる方が多いです」

「魔石取りって?」

「魔石はモンスターが体の中に持っている魔力の結晶です。魔道具を作る材料や燃料になるので高値で取引されるんです」

そんなものがあるんだ。でも女の子が一人で迷宮に入って魔石取りって大丈夫なのか?

「危険じゃないの? さっきだって危ないところだっただろ」

「ええ……。でも私が魔石を取ってこないと弟と妹を養っていけませんから。危険ではありますが身売りをするよりはマシです……」

たぶん、両親はいないんだろうな……。

リアは自分の歳を16歳と言っていた。

16歳の女の子が二人も子供を育てているのか……。

待てよ、ということはリアの家の経済状況ってあまりよくないんじゃないか? 

むしろ厳しいといった方がいいはずだ。

「コウタさんはウサギの肉はお好きですか? さっき猟師さんから買っておいたんです」

待ってくれ! 

それって俺をもてなすために無理をしたんじゃ……。

「ふふ、いい匂いがしてきました。味に自信はないですけどいっぱい食べてくださいね」

リアの笑顔に何も言えなくなってしまう。

「ありがとう……」

鼻歌を歌いながらシチューを温めるリアの後ろで、俺は空間収納をあけた。

せめてパンや果物くらい出そうと思ったのだ。

さっき買い物をしておいて本当に良かった。

テーブルの上にパンやリンゴ、ミカンなどを並べていく。

「ただいま! すげーいい匂いがする!」

「ただいまぁ。お姉ちゃんヤギのミルクをもらってきたよ」

玄関から賑やかな声がしてリアの弟と妹が帰ってきた。

「ほらほらゾットもノエルもお客様にご挨拶しなさい」

部屋の中は暗いのでテーブルに座っていた俺に気が付かなかったようだ。

「こ、こんちは」

「こんにちは」

二人は緊張した顔で俺に挨拶してくる。

弟は9歳で妹は7歳だそうだ。

ゾットの方はいかにも悪ガキといった感じだが憎めない顔だちをしている。

姉に似て人懐っこく、しばらくしゃべっていたらすっかり俺に懐いた。

妹のノエルは自然体といった感じで緊張することもなくニコニコしている。

「うお! なんだこの果物! それにうまそうなパン!」

ゾットがテーブルの上に並べておいた食べ物を見て興奮の声を上げる。

「コウタさん、これは……」

リアは心配そうに俺を見ている。

「ほら、せっかくシチューをご馳走になるから俺もなんか用意しようと思ってさ」

「でも、それじゃあお礼になりません……」

リアは申し訳なさそうに俯いてしまう。

かえって気を遣わせてしまったか。

「気にしないでよリア。ご馳走はみんなで分け合って食べたほうが美味しいだろう?」

「……申し訳ありません」

謝るリアを見ないようにしてゾットとノエルに声をかけた。

「あとでみんなで食べような」

幼い子供たちは無邪気な笑顔を見せてくれた。

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