第2話 交渉は勇気をもって行おう

 部屋の中を見回してみるがさっきまで一緒にいたリアの姿はどこにもない。

代わりに青年が一人立っていた。

なんというか……超絶イケメンさんだ。

それも普通じゃないイケメンなのだ。

どういったらいいのだろう……ただのイケメンじゃなくて……そう! 気品があるのだ。

神々しいと言ってもいい感じだ。

歳は俺と大した違いはなさそうなのだがずっと落ち着いて見える。

そんな青年がこちらをじっと見つめていた。

「こんにちは」

イケメンは声まで美しい。

「あ、こんにちは」

物凄く緊張してしまうぞ。

「最近のフェニックスは人型をとることが可能なのですか?」

は? 

この人、イケメンだけど言ってることはおかしいよ。

「あの……質問の意味がよく分からないのですが」

「ふむ。もしかして貴方はフェニックスではないと?」

フェニックスってあれだよな。

日本語で言うところの不死鳥とか火の鳥とかのことだよね? 

それとも会社や組織の名前を言っているのかな?

「えーと、フェニックスというのはお話の中に出てくる生き物のことを言ってるんですか?」

「お話…………そうですね。いわゆる幻獣の類で認識されている存在のことです」

やっぱりそっち系のフェニックスなんだ。

じゃあなんで俺がフェニックスなんだよ? 

俺の顔は鳥っぽくないだろ? 

むしろ犬系らしいぞ。

ゴールデンレトリバーに似ているとよく言われる。

……不本意なのだが。

「いやあ、私はただの人間ですよ」

「そうですか……。どうやら何かの手違いがあったようですね。……困りました」

いや、こんな訳の分からないところに来てしまって困っているのは俺の方だ。

「あの……」

「どうしましたか?」

「こちらから質問してもよろしいでしょうか?」

「どうぞ」

ずっと疑問だったことをぶつけてみよう。

「ここはどこなんでしょうか」

「この部屋は時空神が作り出した世界と世界の狭間です」

はいわかりません。

「よくお分かりになっていないようですね。ここは元々貴方がいた世界と先程いた世界の狭間にある場所なのです」

ということは……俺はさっきまで異世界に行ってたってことか! 

だから蜘蛛があんなにデカかったんだな。

それにリアは異世界人か! 

コスプレした外国人じゃなかったわけだ。

「わ、私は元の世界に帰れるのでしょうか?」

一番大切なところを確かめておかなければ。

「もちろんです。召喚獣は契約を果たす、もしくは契約が成立しなかった場合は本来在るべき居場所へと帰ります」

よかった。

帰れるんだ……って、召喚獣だと? 

ちょっと待て! 

俺が召喚獣なのか?

「あの、今のおっしゃりようを聞いていると、まるで私が召喚獣のように聞こえるのですが」

「ええ。そのことなんですが……少々手違いがあったようでして」

手違いで俺が召喚されたというのか?

「困りますよそんなの。私は普通の人間です」

「はい。申し訳ないことをいたしました。ただ……実を言うと貴方には既に神の恩寵としてのスキルが与えられているのです」

「スキル?」

「この場合は特別な力とも言えましょうか。ギフトなどという言い方もします」

全然気が付かなかったぞ。

どんなスキルだ? 

はっ! 

もしかしてこれが噂のチートってやつか? 

人類最強? 

万能の魔法使い? 

そう考えたら急にワクワクしてきたぞ。

ひょっとして俺も物語の主人公のようにウハウハな力を与えられたのかもしれない。

抑えきれない胸の高鳴りを一生懸命宥めながら聞いてみる。

「わ、私にはどんなスキルが与えられたのでしょう?」

「勇気6倍です」

「は?」

えーと……。

「勇気6倍です」

ためらいも見せずに二度も言ってのけたぞこのイケメン。

「勇気6倍って……なんでしょう?」

「そのままの意味ですよ。貴方の勇気が6倍になるスキルです」

そう言えば、思い当たる節はあるな。

さっきリアを巨大蜘蛛から助けた時だ。

自慢じゃないけど本来の俺はかなりビビリだ。

改めて考え直してみるとあんな勇敢な行動は普段の俺なら絶対に取れないはずだ。

だけど6倍って中途半端じゃないか? 

勇気はやっぱり100倍だろ?! 

いや、そもそも勇気があったところで実力が伴わなければ何にもならないじゃないか。

「実を言いますと、本来召還されるのは能力があっても臆病なフェニックスの子どものはずだったのです。その幼いフェニックスが神の恩寵である「勇気6倍」の力を手に入れて、召喚獣として困難に立ち向かい立派に成長していくはずだったのですが……」

なんだ、そのホノボノとした童話のような設定は。

まあ、俺には関係のない話だな。

さっさとスキルを返して家に帰るとしよう。

「なるほどよくわかりました。そういうことならこのスキルはお返ししますので、再度フェニックスを召喚されたらよろしいのではないでしょうか」

「それがですね……実を言うと一度与えた恩寵は簡単に外すことはできないのですよ。無理に外そうとすれば貴方の存在自体が消滅しかねません。あなたのお名前は……日野春公太ひのはるこうたさんですか。どうでしょう日之春さん、召喚獣をやってみませんか?」

はい? 

何を言い出すんだろうねこのイケメンは。

たとえ可愛い女の子の頼みでもそれは聞けないぜ。

「ですから~、私は普通の人間なんです。ゲームみたいに誰かに召喚されて、モンスターと闘うとか絶対不可能ですから」

「召喚は必ず戦闘を伴うものとは限りません。場合によっては手の足りない人の手伝いをするとか、その程度のものだってあります」

まあ、お手伝いくらいはできると思うよ。

だけど俺には何のメリットもない

「そもそも召喚されても言葉が通じませんよ」

「わかりました。それは私の権限で言語能力スキル(中級)を差し上げましょう」

「いやあ、私にも生活があるんですよ。ボランティアで召喚獣をやるのはちょっと……」

「貴方のメリットならありますよ。例えば貴方に授けられる言語能力スキルは異世界の言葉だけを解するものではありません。貴方の世界のあらゆる国の言語を母国語のように操れる能力があるのです」

ということは……召喚獣になれば取引先から届く英文メールにもう悩まされることはなくなるのか! 

しかも現地で通訳を雇う必要もなくなる。

取引をうまく成立させれば……出世にもつながるじゃないか! 

いやいや、待て、待て。

落ち着くんだ俺。

異世界ということは絶対に危険もいっぱいある気がする。

さっきだってあんな巨大蜘蛛を見たばっかりだぞ。

「あの、異世界の文明度ってどれくらいでしょうか」

この際だからいろいろ聞いておこう。

「地域によって全然違いますよ。環境が違いますから一概に比較はできませんね」

困ったなあ。あんまり野蛮な文化レベルの場所にはいきたくない。

「えーと、それではですね……」

こうして俺とイケメンさんの交渉は始まった。

普段の俺なら相手がイケメンというだけで気後れしていたかもしれない。

だが勇気6倍のスキルを貰っているせいか粘り強い交渉が出来てしまった。

役立たずのように見えて意外と役に立つスキルだ。

今なら飛び込み営業だって怖くない。

そして交渉の結果、俺が召喚獣になる代わりに以下の約束を取り付けたのだった。


1.スキルは召喚される度に一つ与えられる(ランダム)

2.スキル言語能力(中級)を無償で与える。

3.スキル空間収納(小)を無償で貸与する。

4.この小部屋(世界の狭間)に現地通貨と地球の通貨の換金機械を置く


「まったく仕方ありませんね……」

イケメンさんが手をふるとなにがしかの機械が現れた。

子どもの頃にやったカードデルみたいだ。

100円玉を入れてハンドルを回すとカードが出てくるあれだ。

「毎回、召喚される度に一枚だけスキルカードを引くことが出来ます」

おお、やったぜ! 

これで俺もチートな勇者になれるってもんだ。

いや、召喚獣か?!

「ただし、スキルが正式に付与されるのは召喚者との契約を果たした時だけです。契約が不履行ふりこうに終わったり、契約そのものが不成立になった場合、そのスキルは無効になります」

ちゃんと召喚者の望みを果たして初めてスキルを手に入れられるわけだ。

「以上よろしいでしょうか?」

「はい。問題ありません」

「それでは元いた世界にお帰り下さい。そちらのドアから出れば元いた時間と空間に変えることが出来ます」

そういえば異世界に行くときは青い扉をくぐったが、今示されたドアはくすんだ赤色のドアだった。

言われた通りドアノブに手をかけると、俺は来た時と同じ山の中にいた。


 目も眩むばかりの紫外線に視力を奪われる。

雪目にならないように再びサングラスをかけた。

無事に戻ってこられたんだ。

でも、さっきのは本当に現実だったのだろうか。

試しに空間収納スキルを使ってみると、何もないはずの場所にコインロッカーほどの小さなスペースが生まれた。

どうやら本当に俺は召喚獣になってしまったらしい。

それにしてもこれでよかったのだろうか。

便利なスキルに釣られて召喚獣になってしまったわけだが、なにもモテたかったり、出世したいだけで引き受けたわけではない。

俺が召喚獣をやることを引き受けたのはあのイケメンの一言だった。

「日之春さん、貴方には悩みがありますよね。これから得られるスキルで貴方の悩みを解決することだってできるかもしれませんよ」

奴は俺が夫婦のことで悩んでいるのを見抜いていたんだと思う。

イケメンめ! 

天使かなにかとおもったが案外悪魔の方かもしれないな。


その日はもう山に登る気も消え失せ、真っすぐに家へと帰ることにした。

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