第9話 不安
翌日、僕とシェストリアはオレグさんと一緒に山に向かい、間伐を手伝った。
おそらく、明日には作業がひと段落するだろう。間伐が終わってからも秋から冬にかけて本格的な伐採があるので、まだ手伝えることは多いだろうけれど、このあたりが良い区切りだと思う。明日か明後日には、村を出発するつもりだった。村長とオレグさんには、間伐が終わり次第村を出ていくことを伝えておこう。そのままルブラス山を越えて魔導都市に向かう予定だが、昨日の様子を見るに、シェストリア次第で方針変更もあり得る。
山にいる間、シェストリアは昨日と変わらず、思い詰めたように無口だった。身体の方はもう大丈夫なようだけど。まだ、魔導について考えているんだろうか。いずれにせよ、僕にできるのは待つことだけだった。
夕方、いつもの通りオレグさんに台所を借りて夕食の準備をする。食料は、村で自給自足しているものを頼み込んで買わせてもらった。
井戸へ水を汲みに、外に出ると、昼よりもずっと空気が冷え込んでいた。寒くはないが、夏が終わったことを感じさせる涼しさだ。魔導都市に行くなら、そこまでのんびりとはしていられなさそうだ。
気が付くと横にシェストリアがいた。凛と立って、僕を見上げている。昼までとは打って変わって、眼にはまた力が戻っている。
「……昨日は、ごめんなさい」
……急に謝られた。なんのことだろう?
「……その、嫌なこと、思い出させた」
「謝ることじゃないさ。僕の方こそ、なんだか説教くさい話をしてしまって、ごめんね」
シェストリアが首を振る。喧しくは感じていなかったようだ。良かった。
「……嫌じゃなければ、魔導のこと、もっと教えてほしい」
「良いのかい?」
「……大丈夫。昨日、魔導のこと、少し怖くなったけれど……でも、私に何ができるのか、確かめてみたい」
彼女が自分の将来について、何か希望を口にするのを初めて聞いたかもしれない。出会った時は、あれだけ死にたがっていたのに。嬉しくなる。口元がニヤけるのを抑えられない。つい、自分の村で年少の子どもたち相手にしていたように、彼女の頭をガシガシと撫で揺らしてしまっていた。彼女の銀髪がくしゃくしゃになる。
「…………やめて」
彼女の眼が急にじとっした。けれど手は止めない。
「明日か明後日、間伐が終わったら、村を出発しよう。山を越えて魔導都市に向かう。道中、知ってることは全部教えるよ」
彼女は一瞬だけ嬉しそうにして、また直ぐにじとっとした顔に戻った。
「……ありがとう。……けどそれはやめて」
結局僕はその後も暫く彼女を乱暴に撫でていた。彼女はすっかり不貞腐れていたけれど、なんだかんだでされるがままでいてくれた。
間伐はその翌日に終わった。
その晩、オレグさんは夕食をご馳走してくれた。豪華ではないけれど、男らしく豪快な料理が並んだ。
オレグさんは若い頃に奥さんと死に別れて以来、独り身で生きている。曰く、独りにはもう慣れちまったけれど、やっぱり誰かと一緒に暮らすってのはいいもんだな、と、僕たちがいなくなることに本気で寂しがってくれていた。
招かれざる客であったのに、オレグさんはとても良くしてくれた。何かお礼をしようと思ったけれど、木こり仕事を手伝ってくれただけで充分、と突っ返されてしまった。またいつか、今度は友人として訪ねに来ることを約束すると、オレグさんは笑って、いつでも来いと言ってくれた。
翌朝早くに、僕とシェストリアは村を出た。
村を出て、僕は直ぐに不安になった。いつものことだけれど、ダンジョンへ向かう時は必ず、何か忘れている気がして、落ち着かなくなる。何か見落としていることは無いか。準備は万全か。
僕の依頼は既に王都で公開されているはずだ。上手くいって、依頼を受ける冒険者が既に決まっていれば、僕たちがルブラス山の侵入口に着く頃に合流できる。直ぐに合流できなくても、山の手前で数日待つつもりだった。
依頼を出した時に決めた合流期限が過ぎても誰も来なかった場合は、気は進まないが、僕の良く分からない「力」頼みになる。
何度確認しても、入念な計画とは言えない出来だ。不安は拭えない。けれど、今はもうユーリもガエウスも傍にいない。僕が自分自身でなんとかするしかない。
隣でシェストリアが黙々と歩いている。彼女は僕なんかよりもずっとよく分からない状況だろう。親に殺されかけて、見ず知らずの男に出会って、無理やりに生かされて、それでも前を向こうとしている。
彼女にかっこ悪いところを見せるわけにはいかないな。
まずは依頼を受けたレンジャーと合流できることを祈って、ルブラス山に向かおう。
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