第6話 根性
襲撃を受けてから数日後、僕とシェストリアは小さな村に滞在していた。王都から見て北東に位置する、本当に小さな村だ。どれだけ小さいかというと、宿屋すら無い。
魔導都市へ向かう際に多くの人は、王都から一旦真ぐ北に向かい、城都市に入ってから東に向かう。大きな街道が通っていて安全だからだ。だからこの村は基本的に、外部からの客を想定していないのだろう。
僕とシェストリアは、村の木こりの家に泊めてもらっている。数日で出ていくこと、木こりの仕事を手伝うことという条件付きでなんとか認めてもらった。はじめは携行する食料だけ調達して直ぐに村を出ようと考えていたけれど、いくつかしておかなければいけないことに思い至ったので、こうして厄介になっている。
まず、シェストリアへの追手の確認。少しだけ村に留まって、シェストリアの義母にまだ暗殺の意思があるか確かめる必要がある。村にいる間に襲われることは流石に無いと思うが、村近くに追手の気配が無ければ、このあとの旅路でもある程度は気を抜いて大丈夫だろう。もちろん魔導都市に着くまでは油断できないけれど、黒幕にそこまで手札があるとも思えない。相手は城都市の領主ではなく、その妻に過ぎないのだし。それでも暗殺しに来たら、大した執念だ。普段のシェストリアのぼけっとした無表情を見れば、権力になんて欠片も興味が無いことくらいすぐ分かりそうなものだけれど。
次に、レンジャーの確保。
実は、僕たちの選んだ魔導都市までの道のりには、ひとつ大きな問題がある。この村を過ぎてさらに北東に進むと、直ぐに魔導都市、というわけではなく、その前に山を越えなくてはいけないのだ。山の名前は……ルブラス山だったかな。
この山、高度はそこまででもないけれど、魔物が出るのでダンジョンとして指定されている。加えて厄介なことに、魔物はだいたい羽根付きだ。一匹ずつであれば僕だけでもそう厳しくないと思うが、シェストリアの安全を第一に考えると、道案内と空飛ぶ魔物の対処に優れたレンジャーを雇って向かいたい。
ただ困ったことに、宿屋の無い村なので当然ギルドも無く、冒険者の臨時雇用なんてできそうもない。ルブラス山に挑む冒険者は、そのほとんどが魔導都市から向かう。つくづく冒険者稼業とは無縁の、のどかな村だった。
追手の確認は簡単だけれど、レンジャーの確保は今のところ絶望的。悩ましい状況だけれど、今できることは全てしておこう。今日はとりあえず、ギルドとの伝手が無いか、村長に聞きに行くつもりだった。
朝、日課の鍛錬を終えて一息ついた後、シェストリアの寝床に向かう。昨日は彼女にも木こりの仕事、間伐を少し手伝ってもらったので、昨晩は疲れて熟睡していたようだ。彼女に宛てがわれた部屋の前で声をかける。
「シェストリア、起きてるかい?」
彼女は起きていたようだ。すぐに扉が開いて彼女が姿を見せる。いつもの通り無表情だ。
「おはよう」
挨拶はいつも僕からだ。
「……おはよう、ロジオンさん」
「朝食にしよう。それから、ロジオンでいいよ。ロージャでもいい」
「……ん」
おそらく、朝食に対してだけの同意だろう。もう何回も呼び捨てを求めているのに、頑なにさん付けだった。でも敬語は使わない。彼女なりの距離の取り方、なんだろうか。まあ、まだ数日の付き合いだ。死にたがっていた彼女をこっちが勝手に連れ回しているのだし、会話に応じてくれるだけでもマシと考えるべきだろう。
台所を間借りして、簡単なスープを作る。食べながら、シェストリアに今日の予定を話す。
「今日は間伐の続きをして、その後で村長のところに行く。ギルド便について聞こうと思ってね」
「ぎるどびん?」
「こういうギルドの無い小さな村で、何か依頼したいときに使うものだよ。依頼を紙に書いて、その紙をギルドのある街に持って行ってもらって、その街の冒険者に依頼を受けてもらうんだ」
まだ距離はあるとはいえ、シェストリアはこの数日で、少し柔らかくなった気がする。疑問があると必ず聞き返してくれるようになった。
「何を依頼するの」
「魔導都市までの道案内役が欲しくてさ。まあそれは僕がなんとかしておく。それより身体は大丈夫かい?」
「……大丈夫、ではない。身体中が痛い。歩くのも辛い」
口ではそう言うものの、無表情な上に姿勢良く食事をしているので、とても辛そうには見えない。
「村を出たら何日も山登りだよ。少し慣れておいたほうがいい。今日も手伝ってね」
僕は茶化すように笑う。
シェストリアは、少しため息をついたように見えた。
村の木こり、オレグさんと一緒に山に入る。シェストリアも僕の後をてこてことついてきている。追手の危険が残る今は、短い時間でもシェストリアと離れる訳にはいかず、彼女にも同行してもらっているのだ。
間伐は僕たちがこの村にお邪魔する前から始まっていて、人手が増えたこともあってあと数日でひとまず終わりそうだ。商用ではなくあくまで自給自足用に木を採っているだけのようで、木こりもオレグさん一人しかおらず、管理している範囲も広くはない。ただ土壌には恵まれているのか、僕のいた村よりもずっとしっかりした木が育っている。
「なんだ、嬢ちゃん、どっか痛えのか?」
オレグさんが少し歩みのおかしいシェストリアに声をかける。
「……大丈夫」
「ははぁ、そんな細っこい身体で頑張るとは、良い根性してるじゃねえか!立派な魔導師になれそうだなっ!」
村長とオレグさんには、シェストリアは魔の素養があることがわかったので魔導学校に入学すべく旅をしている娘で、僕はその護衛という設定で話をしてある。排他的な村なので、細かい出自などはあまり興味を持たれていないことが幸いした。
「……魔導師に根性は関係無いと思う」
シェストリアが少し不貞腐れたように返す。
そういえば、彼女は魔導師になるために魔導都市へ向かうことについて、どう思っているんだろう?出会った日に僕が勝手に決めて、彼女が何も言わないのでそのまま目的地になっているものの、彼女自身は魔導師になりたいんだろうか?
「そんなことないだろっ!いつでも大事なのは気合と根性よ!」
オレグさんが笑い飛ばす。豪快な人で、僕たちにも明るく接してくれる。一方で木こりの仕事ぶりは丁寧で、今歩いている山道も、どこか整然として見える。彼が丁寧に下草刈りをして、雑草までも管理しているからだろう。斧の振り方一つ見ても、僕なんかよりもずっと経験豊富なことは一目瞭然だった。
「……根性なら、ある」
シェストリアはぼそりとそう言って僕を追い抜き、ずんずんと歩いていく。子どもらしいところもある、のかな。
山を歩きながら、育ちの悪い木や、他の木に寄りかかっている木を探す。見つけたら、倒すべきかを考える。周りの木のために取り除くべきだと判断したら、丁寧に切り倒す。育ち盛りの木を切り倒すのは、昔からあまり好きではなかった。オレグさんも同じようで、間伐に臨む時の顔はひどく真剣だった。僕も冒険者になんてならなければ、彼のような立派な木こりになれていたのだろうか。
シェストリアには、枝打ちを手伝ってもらった。日光ができるだけ多くの木に差すように、枝を切り落とす作業だ。
長い木の棒の先にナタを括り付けた専用の道具を持って、自分の背よりずっと高いところの枝をギコギコとやっては切り落とす。シェストリアはやはり真面目な娘で、ひどく汗をかきながらもひとつひとつしっかりと枝を落としている。背伸びして腕を目いっぱいに伸ばす様子が微笑ましかった。
「ありがとう、シェストリア。手伝ってくれて」
帰り道、流石に疲れ切ったのかやや眠そうな無表情で黙々と歩くシェストリアに声をかけた。
「……楽しかった。山は、好きだから」
「そうなの?」
「山だけじゃない。外にいるのは、新鮮だから」
どうやら、城都市では軟禁、飼い殺し状態だったのだろう。追手が云々、という言い訳をする必要も無く、彼女は上機嫌だった。
「それなら良かった」
僕まで嬉しくなる。彼女との距離感は未だうまく掴めていないけれど、不安はあまり無かった。きっと彼女は真っ直ぐに伸びる。なら僕は、必要でなくなるまで彼女を守るだけだ。
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