ブレイン・ハイジャック
河野 る宇
◆初動
*叫びの日
「おい、なにしてる」
とても信じられない光景に、俺は呆然とそうつぶやいた。扉を開けると、隣人が俺の友達に食べられていた。
玄関先で男がうずくまっていて、何だろうと初めは思った。しかし、状況が解るにつれて頭は余計に混乱した。
この状況を理解出来そうな人はいないかと辺りを見回す。
しかし──
「無理だ」
俺は愕然とした。
気がつけば、周囲は阿鼻叫喚ではないか。眼前の状況だけで脳が精一杯で、周囲の音を聞き取れずにいたんだ。
一体、何がどうしたというんだ。こんな光景は映画やドラマでしか知らないぞ。
この先の行動が思いつかず呆然としていると、
「おい
「
俺を見つけた友人が手招きした。
「これはなんだ?」
小走りで歩く一口に問いかける。
「俺もわかんねえ。遊んでたら、いきなり周りの奴らがおかしくなったんだ」
街にいた一口は、何が起こったのか解らないまま騒動のど真ん中にいた。楽しく話していた友人が
訳も解らず止めようとして、気がつけば周り中がそんな状況だった。
走っていた車はあちこちでぶつかり、襲われた者の悲鳴が響き渡る。ついには信号もおかしな点滅を始め、煙が建物の窓から幾つもたち上った。
あまりの恐ろしさに身震いし、倒れていたバイクに乗ってここに戻ってきた。しかし状況は同じで、家に戻ると姉が襲いかかってきた。
そうして逃げてきた先に蔵人を見つけたという訳だ。
「こんな状況でも助かったと思うのは、奴らの動きがのろいことか」
「奴らって、人間だろ」
「おまえ、あれが人間って言えるのかよ」
指を差した先には、人間を食ってる奴がいた。結構、食べ進めていて俺は気分が悪くなる。
確かに、
「これからどうしよう」
一口は不安げにつぶやいた。
「俺だってわかんねえよ」
今は、そう応えるだけで精一杯だった。
──俺と
だから、あれはゾンビと呼ぶことにした。近所ということもあり、知った顔があったけれど、あれはもう俺の知ってる人間じゃないんだと言い聞かせた。
すれ違う奴に尋ねても、パニクッているばかりでこの現状を正しく説明できる奴はいなかった。
玄関が開いている誰もいない家に入ってテレビをつけるも、どのチャンネルも砂嵐かもしくは誰もいないスタジオが映されたままだ。
スマフォでSNSを開いても、意味不明な叫びか推測で語る奴か最期のときをつぶやく言葉が並ぶばかりで恐怖がさらに募っていく。
とにかく、どうしてこうなったのか。何が起こったのか。世界はいまどうなっているのか、俺たちは知りたかった。
「母さん、父さん。どうしてるだろう」
一口の言葉に、俺も両親のことが気になった。チャットアプリで連絡しても返事がない。ゾンビ化していたら、もう死んだも同然だ。
ゾンビになった奴は解りやすい。歩き方はぎこちなく、目がちゃんと見えているのか疑わしい。
いや、見えてはいるのかもしれない。動いているものには向かってくる。
しかし、映画とは違うところがある。奴らは人間だけでなく、他の動物も襲っていた。外につながれている犬は逃げられずに奴らの餌食になる。
動いているもの全てに反応しているようで、走っている車に突っ込んで轢かれているゾンビもいた。
もう一つは、血の臭いに引かれている節が見受けられた。それも、少しの量じゃない。まさに流れるほどの大量の血液だ。
鼻が利くのか、あるいは他の方法で寄ってくるのかは解らない。最も安心したのは、噛まれてもゾンビにはならないことだ。
ウイルスによるものじゃないことがこれで解った。だけれど感染ではないとしたら、この広がりはなんなんだろう。
そして、ウイルスじゃないとすれば、これ以上の広がりはないということなのだろうか。
「おい。あれ」
一口の声に、指さす方を見る。遠くに見えるのは煙だろうか。
「あっちは確か」
線路がある。もしや、電車が脱線して何かにぶつかったのだろうか。
正直、今の状況ではもしそんなことが起こっていたとしても、その音を聞き取れていたか疑問なのだ。
そんな不安のなか、駅がある方向からけたたましい音が響いた。これは明らかに電車がぶつかった音なんじゃないのか。
とうとう大惨事が起きたのか。俺と一口は、どちらが先という訳ではなく走り出した。駅はすぐそこだ。
俺たちは二分ほど走って駅に到着した。
「どうだ」
息を切らせて俺は問いかける。一口も同じく荒い息を整えながら線路を左右に見回す。
駅自体には何もなかったが、右を向くとカーブの辺りで電車が横転している。減速できなかったんだ。
走っているものにありがちな事故だが、電車の脱線を間近にすると本当にこれは現実なのかと視界が歪む。
誰でもいい、何が起こっているのか俺に説明してくれ。
「
一口の声で我に返る。背後の気配にぞくりとして振り返った。
「うそだろ」
間に合わない。俺は食われる。
そう思ったとき、小さな破裂音がしてゾンビの頭に何かが当たった。ゾンビは動きを止めて、ゆっくりと倒れた。
頭から血を流しているゾンビを見下ろす。
「死んだのか?」
「そうらしい」
「ダイジョウブデスカ」
呆然としていると、男の声がした。
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