第28話・それは夢か幻か

 私にユキの義兄おにいさんであるライゼリアがダークドラゴンだった事や、そのライゼリアが失われた古代魔法ディスペルマジックを使う事。そしてそのディスペルマジックという魔法に対する対抗策を述べたお兄ちゃんは、全てを私に託して気を失った。


「キサマ。どうやってここを嗅ぎつけた? 俺達がここへ来る事は誰にも伝えてないはずだが?」

「私は誰にもお兄ちゃんの居場所を聞いてないよ」

「ふん。それなら単なる当てずっぽうか。たまたまとは言えよく見つけたもんだな」

「私がここへ来たのがたまたま? そんな訳ないでしょ?」

「はあっ?」

「私はお兄ちゃんのおかげでここまで来たんだよ」

「何を言ってるんだお前は? 俺と一緒に居たソイツが、どうやって離れていたお前に居場所を伝えられるってんだ?」

「思ってたよりも勘が鈍いんだね」

「何だと!?」

「答えはこれだよ」


 私が近くを飛んでいたトンボへ向けて人差し指を伸ばすと、そのトンボはスッと私の指先へと止まった。


「トンボ? そのトンボが何だ?」

「このトンボは光トンボって言って、とある特殊な光に集まる習性がある。だから私は、お兄ちゃんが残した目印に集まる光トンボを見てここへ来たってわけ」

「ソイツが残した目印だと?」

「ふふっ。お兄ちゃんが見習いモンスタースレイヤーだからって、油断し過ぎだよ。お兄ちゃんは私とユキの弟子なんだよ? 甘く見てもらったら困るんだから」


 そう言って私は腰に下げた道具袋から一つのパンを取り出し、それを一口かじって見せた。


「ま、まさかそれが!?」

「そうだよ。このパンには私が魔女魔術学を応用して作り出した特殊な成分が染み込ませてある。そしてその成分は陽の光を受ける事で徐々に活性化して、光トンボが集まる特殊な光を放つ。だから私がここへやって来たのは、お兄ちゃんの行動に何の疑問も持たなかった必然の結果だよ」

「くそっ……あのガキ、味な真似を……」

「さて。お兄ちゃんの仕掛けた手品の種明かしもした事だし、そろそろ償いをしてもらうよ?」

「償いだと? ククク、馬鹿な事を言ってんじゃねえよっ! お前はここでソイツもろとも殺されるんだよっ!」

「私を殺す? 笑えない冗談だね」

「笑えない冗談かどうか、その目で確かめてみろっ!」


 ライゼリアは私達に向けて凄まじい勢いで突進をかけて来た。

 でも私はそれに動じず、気絶したお兄ちゃんを抱え上げてその突進をかわした。


「なっ!? どこに行った!!」


 私の動きについて来れなかったのか、ライゼリアは私達の背後で右往左往をしている。


「お兄ちゃん。ここでしばらく休んでてね」


 最初に居た場所から程近い所にある大きな木の下に気絶しているお兄ちゃんを寝かせ、私はライゼリアの居る方へと戻り始める。


「いったい誰を探しているの?」

「キ、キサマ! いつの間に!?」


 背後を取られていた事に驚いたのか、ライゼリアは明らかな動揺を見せていた。


「今の動きについて来れないなんて、思ってたより大した事ないんじゃないのかな?」

「何だと!?」

「あっ、それとも今のは油断しただけなのかな?」

「ググッ……舐めた事を言いやがって! キサマはズタボロに引き裂いて、骨も残さずに喰らってやる!! ライトニングバレット!」

「ダークウォール」


 私はライゼリアの魔法を避ける事なく、漆黒の壁を展開してそれを防いだ。


「ば、馬鹿な!?」

「何を驚いてるの? 魔法攻撃を防げるのは自分だけだとでも思った? ダークバレット!」

「ディスペルマジック!」


 右手の平から放った闇の銃弾は、お兄ちゃんが言っていた通りにライゼリアへ当たる直前で掻き消えた。それを見る限り、お兄ちゃんの教えてくれた情報は間違っていないと判断できる。


「ダークボルト」


 そして私はお兄ちゃんの示した推測を確かめる為、突き出した右手から別の魔法を放った。すると私の魔法攻撃に対し、相手は一歩もその場を動こうとしなかった。

 そんな様子を見た私は左手に魔力を込め、ダークボルトが掻き消されて黒い霧状のカーテンとなった瞬間に左手の平を地面へと突いた。


「カラミティクエイク!」

「なにっ!? ぐおおおっ!!」


 左手の平に集められた魔力が地割れを起こしながらライゼリアの方へと向かい、その真下で大きな陥没を起こす。するとライゼリアは陥没を起こした地面に飲み込まれる様に落ち始め、それを見た私はその場で飛び上がってから両手をライゼリアの方へと突き出した。


「ダークバースト!」

「グアアァァァァァ――――ッ!!」


 ダークバーストが陥没した地面に飲み込まれたライゼリアの頭上で炸裂すると、その下からライゼリアのとてつもない叫び声が聞こえてきた。

 そして私はそこから間髪入れずに魔法攻撃を撃ち込み続けた。


「――さて。これでどうかな?」


 私がある程度の攻撃魔法を放ち終えると、すっかりライゼリアの叫び声は聞こえなくなっていた。魔法攻撃で砂煙の上がる場所の様子を見ながら、私は注意深く観察を続ける。

 そしてしばらく様子を見ていると、砂煙が風が吹く方向とは違う方へかすかに揺れ、その揺れが大きくなっていくのが見えた。


「ウググッ…………」

「あれでやられてないなんて、流石はダークカラーだね」


 大きく揺らめく砂煙から姿を現したライゼリアは至る所に傷を負っていて、そこから人間と同じ赤い血を流しながら穴から這い出て来た。


「ググッ……キサマ……よくもやってくれたな……」


 ライゼリアは低く重い恨みがましい声でそんな事を言う。

 けれどそんなライゼリアの恨み声など、私には毛ほどの怖さもない。だって私の心は、ユキに対する思いとお兄ちゃんに対する思いで怒りに満ち溢れていたから。


「お兄ちゃんの推測どおり、その場でジッとしていないとディスペルマジックは使えないみたいだね。まあ、ディスペルマジックが使えない状態であの攻撃を受けて生き残ってたのは凄いけど、これで終わりだよ!」


 私はライゼリアへ止めを刺す為、今までで一番の魔力を込めて魔法を放とうとした。


「クソッ……こんな所で殺されて堪るかっ!!」


 言うが早いか、陥没から抜け出したライゼリアは負傷しているとは思えないスピードである場所へと向かった。


 ――いけないっ!!


「ダークバレット!!」


 その様子を見た私は発動させる予定だった魔法を中断し、速度のある魔法へと切り替えた。だけどライゼリアはその魔法を無防備で受ける覚悟でそこへ向かっているらしく、少しもその足を止めようとはしない。

 私は魔法攻撃でなんとかその足を止めようとしたけど、ライゼリアは攻撃を受けてスピードを落とす事はあっても決してその足は止めず、ついにそこへ辿り着いてしまった。


「ククク……さあっ! こいつの命が惜しかったら、今すぐ俺に抵抗するのを止めろ! さもなくば、こいつの身体を握り潰す!」


 ライゼリアは木陰で休ませていたお兄ちゃんのもとへと向かい、その巨大な手でお兄ちゃんを鷲掴みにすると、私に見せ付けるかの様にしてお兄ちゃんを掴んだ手を前へと突き出した。

 その様子を見た私は、容易に手を出す事ができないと判断して一歩後ずさった。


「クククッ。それでいい。余計な事は考えるなよ? お前が妙な動きを見せれば、俺はすぐにコイツを握り潰すからな?」

「……お兄ちゃんを殺せば自分がどうなるか、分からないでもないでしょ?」

「もちろんさ。だが、お前がコイツを見殺しにできる玉じゃないってのは分かってんだよ!」

「…………」


 確かに私はお兄ちゃんを見捨てて戦う事はできない。でも、ここで私がやられたら、結果的にお兄ちゃんも殺される。

 お兄ちゃんを助けるには、私がどうにかしなきゃいけない。でも、相手だってダークカラーである以上はそれなりの力は持っているから、現状で上手くお兄ちゃんを助け出してアイツを倒すのは私でも難しい。


「どうした? 抵抗したいならしてもいいんだぞ? まあ、そうなればコイツが死ぬだけだがなっ!」

「うがあああああああっ!!」


 身体を強く握られたお兄ちゃんが意識を取り戻し、それと同時に苦しみの声を上げた。


「止めてっ!!」

「ククク……アーハッハッハッ! いいぞいいぞ! その絶望に満ちた表情! もっと苦しめ! もっと叫べっ!」

「ぐああああああああっ!!」


 私の反応を見て楽しんでいるライゼリアは、更にお兄ちゃんを強く握り締めて苦痛の声を上げさせる。


「お兄ちゃん!!」

「ティ、ティア……コイツを……倒すんだ」

「で、でも、それじゃあお兄ちゃんが……」

「ティアはモンスタースレイヤーなんだぞ? だったらやるべき事は一つ。コイツを倒す事だ……」

「私にはできない! 大好きなお兄ちゃんを見捨てるなんてできないよっ!」

「ハーハッハッハッ! そうだよなあ! 大好きなお兄ちゃんを見捨てるなんて酷い真似、できねえよなあ!」

「ぐああああああああっ! い、いいからやるんだティア! このまま俺が人質にされたままだとお前まで殺される! だったら俺の分まで生き延びてくれっ! ユキをうしなった上にお前まで喪ったら、俺は絶対に立ち直れない! ぐああああっ!!」

「おっと。それ以上余計な事は言わないでもらおうか?」

「お兄ちゃん!!」

「たの……む……このままティアが殺されたら……俺は天国のユキに顔向けができない……」


 お兄ちゃんは涙を流していた。

 どんな時でも気丈に振る舞い、どんなに辛そうな時にも一切涙を見せなかったあのお兄ちゃんが。それを見た私は、お兄ちゃんの最期のお願いを聞く事にした。だって大好きなお兄ちゃんのお願いを聞いてあげるのは、いつだって私の役目だったんだから。

 決意を固めた私は、キッと前を見据えて両手を前へと突き出した。


「なっ!? い、いいのか? 俺を攻撃すればコイツは死ぬんだぞ?」

「いいわけないっ! でも、こうしないとお兄ちゃんが悲しむ。私はお兄ちゃんが悲しむ事はできない! お兄ちゃんを悲しませたくない! だから私はお兄ちゃんの願いを聞き届けるっ! それは私にしかできない事なんだからっ!!」


 力いっぱいにそう叫び、私は突き出した両手の震えを止める。

 そして涙を流していたお兄ちゃんが私を見てにっこりを微笑んだのを見た私は、最後にお兄ちゃんに向かって口を開いた。


「お兄ちゃん! 先に天国へ行ってユキと待っててっ!!」


 私の頬を涙が伝い落ちるのを感じた。


「ぐああああああ――――っ!!」


 そして溜め込んだ魔力で一気に魔法を放とうとしたその瞬間、突然ライゼリアは大きな声を上げて緩んだその手からお兄ちゃんを落とした。

 そして苦しみもがくライゼリアを見た私は即座に魔法の発動を中断し、地面へ落ちたお兄ちゃんを全速力で助けに走った。


「お兄ちゃん! 大丈夫?」

「あ、ああ。全身がキシキシいってるけど、なんとか大丈夫みたいだ……」

「良かった……本当に良かったよ……」

「ティア……それよりも、ライゼリアはどうなったんだ?」


 お兄ちゃんの言葉に私は改めてライゼリアの方へと視線を送った。

 すると苦しみもがくライゼリアの背中一面に、見覚えのある白薔薇が沢山突き刺さっているのが見えた。でも、それを見た私は信じられなかった。だってあの魔法を使うのは、私が知る限りではあの子しか居ないんだから。


「ティア。私は天国へ行っても居ないわよ?」


 あと少しで世界が完全に夜の闇へと染まる頃。私の耳に聞き覚えのある凛とした声が聞こえてきた。

 そして声がした方へ急いで視線を向けると、そこには真っ白なドレスを身に纏い、白銀色の長い髪を風になびかせながら、わずかに残された赤い陽の光を背に立っているユキの姿があった。

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