第15話・闇夜に昇る光

 ティアとユキがモンスタースレイヤー協会に頼まれて受けた仕事。それは深夜の旧市街に集まる謎の集団についての調査だったわけだが、その集団の正体は人の遺体などに取り憑いて活動をする魔物の集団だった。

 前にティアの言っていたお化けがこの魔物に該当する存在なんだけど、ティアが言うにはお化けと魔物はまったくの別物らしい。

 それについては過去にどこがどう違うのかとティアに聞いてみた事があったんだけど、ティアは『とにかく違うのっ!』としか言わなかった。多分、ティア自身もお化けと魔物の明確な違いは分からないんだろう。


「それで、私達は何をやればいいのかしら?」


 場所を選ばないティアとユキの言い争いがやっと終わり、ようやく本題の話へと戻った。時間にすれば5分くらいの事だったと思うけど、よくもまあ、お互い途切れもせずに言い合いができるものだと感心してしまう。


「えっとね、基本的に浄化は対象になる魔物の数に応じてやり方が違ってくるんだけど、今回の場合は数が多いから、五星ごせい浄化をする事になるかな」

「五星浄化――聞いた事はあるけど、実際に見た事はないのよね」

「実は俺も五星浄化はやった事がないんだよね。五星浄化をやる為の道具はあるんだけどさ」


 俺は道具袋から明るい紫色の楕円だえん形をした魔道具を五つ取り出し、比較的平らな瓦礫がれきの上に薄布を敷いてからその上に取り出した魔道具を置いた。


「これが浄化に使う魔道具なの?」

「うん。手順としては、この1から5までの数字が書かれた『ピュリフィケーションマテリアル』を地面へ順に設置して、それで描いた五星浄化魔法陣の中に魔物を誘導してから浄化をするんだよ」

「「へえー」」


 取り出した魔道具を見せながらそう説明をすると、ティアとユキは物珍しそうにしながら魔道具を手に取って色々な角度からそれを見始めた。

 ユキは思考派であり勉強家のモンスタースレイヤーだから、見た事のない魔道具に興味を示すのは当然だと思える。それにティアも好奇心旺盛な性格だから、こういった知らない物に強い興味を示すのはよく分かる。

 色々な面で対照的な2人だと俺は思っていたけど、こうして2人を見ていると、案外似ている部分が多いのかもしれない。しかしそんな事を口にすればティアもユキもそれを強く否定するだろうから、あえてそれを口にしようとは思わない。


「これを使うには広くてなるべく平面な場所と、魔物を誘導する人が居ないといけないんだけど――」

「その魔物を誘導する役目を私達がすればいいんだよね? お兄ちゃん」

「まあ、確かにそうなんだけど、やる事はそれだけじゃないんだ」

「えっ? そうなの?」


 とても意外そうな表情でそう言うティア。

 俺は五星浄化をするのは初めてなんだけど、この五星浄化には一つの大きな欠点がある。

 それは五星浄化に使う魔道具、ピュリフィケーションマテリアルには、使用するとカラーモンスターを呼び寄せてしまうという性質があるのだ。その原理は未だはっきりと解明されていないけど、現時点では、ピュリフィケーションマテリアルを使用する際の魔力波動がカラーモンスターを呼び寄せてしまうのだろう――というのが一番の有力説だ。

 つまり今回の五星浄化を行うのに必要な条件は、浄化を行う為の広く平らな場所と、魔物を五星浄化魔法陣へ誘い出す役目をする者、ピュリフィケーションマテリアルを使用する際にやって来るカラーモンスターから使用者である俺を守る者が必要になる。

 以上の五星浄化を行う為に必要な条件を、俺はしっかりと2人に説明した。


「なるほど。少し情報不足なところはあるけど、今の私達で遂行できない内容ではないわね」

「そうだね。私がお兄ちゃんを守って、ユキが魔物を上手く呼び寄せれば楽勝だよっ!」

「別にエリオスを守る役目は私でもいいのよ?」

「ダメッ! お兄ちゃんを守るのは私の役目なのっ! これは絶対に絶対なのっ!」


 ユキの言葉を聞き、ティアはそれをムキになって強く拒否した。

 まあ、ティアの性格を考えれば俺の護衛に回るというのは容易に想像ができるから、この反応は当然と言えば当然だろう。


「まあいいわ。どちらにしろ、魔物の誘い込みはあなたよりも私の方が適任だと思うから」

「むっ! それじゃあまるで、私には魔物の誘い込みができないみたいじゃない」

「誰もそんな事は言ってないわよ? 私は人には適材適所があると言ってるだけだから」

「それってつまり、私には魔物の誘い込みができないって言ってるのと同じだと思うんだけど?」

「そんな事はないわよ。でも、この場に限って言えば私の方が適任なのは確かよ」

「どうして?」

「私は誘導系の魔法が使えるからよ。その魔法はカラーモンスター、魔獣、魔物を問わずに効果があるわ。だからこの場に限って言えば、私が適任だと言ったのよ」

「なるほど。確かにそれなら魔物を誘い出す役目はユキに任せた方が良さそうだね」

「まあ、理由は分かったけど、それなら最初っからそう言えばいいのにさ。ユキってば変にもったいぶった言い方をするんだもん」

「別にもったいぶった訳ではないのだけど……まあ、無闇矢鱈むやみやたらとカラーモンスターの群れに突っ込んで行くあなたに向いてないのは確かだと思うわね」

「そんな事してないもんっ!」

「してるわよ。いつもいの一番にカラーモンスターへ突撃してるじゃない」

「してないったらしてないもんっ!」


 再び始まるティアとユキの言い争い。それなりに仲は良いと思うんだけど、お互いに譲れない部分があるせいか、本当に度々こうして衝突を起こす。

 こうして側で見ている分には、普通の少女2人が喧嘩をしている様にしか見えない。普段ならそれを微笑ましく見ているけど、今は場合が場合だけにいつまでも見ているわけにはいかない。


「2人共。今はそれくらいにして、そろそろ作戦の準備を始めよう」

「そ、そうね。私とした事がつい熱くなってしまったわ。ごめんなさい」

「ごめんね、お兄ちゃん」

「うん。さて、それじゃあまずは、廃墟の外に出て五星浄化魔法陣を展開できそうな場所を探そう」

「うん!」

「分かったわ」


 こうして俺達は廃墟に集まる魔物を浄化する為、廃墟を出た近場でなるべく平らな広い場所を探し始めた。

 さっき見た魔物の移動速度はそう速くない。故に五星浄化魔法陣はなるべく廃墟に近い場所で展開しなければいけない。なぜならあまり遠い場所に魔法陣を展開すると、ユキが魔物を引き連れて来る時間が長くなるし、そうなれば当然、術者である俺や護衛のティアも危険度が増す事になるからだ。

 そういった理由で廃墟の周りをぐるりと回りながら五星浄化魔法陣を展開するに適した場所を探していたんだけど、廃墟の周りは人の手入れがされていないせいで当然の様に草がぼうぼう。しかも土地が荒れているからあちこちが凸凹でこぼこで、これまた条件に適していない場所が多い。

 それでも魔物を浄化する為、俺達は場所探しを続けた。


「――ちょっと遠くなったけど、ここにするしかないな……」


 魔法陣が展開できる場所を探し始めてから数十分後。

 俺達はようやく適した場所を見つける事ができた。しかしこの場所は廃墟からわりと離れていて、作戦を遂行するのに最良な位置取りとは言い難い。だけど、ここより近い場所に適した所はなかったから仕方がない。


「それじゃあこれから五星浄化魔法陣を作るから、ユキは魔物達の誘導を頼むよ」

「分かったわ。何か誘導する際に注意点はある?」

「そうだね……できればだけど、俺が今から作る魔法陣にすっぽりと全部の魔物が入る様に誘導してくれたらありがたいかな。ちょっと難しいかもしれないけど」

「エリオス。私はあなたの師匠で、モンスタースレイヤーなのよ? それくらいの事はちゃんとこなして見せるわ」

「そ、そっか。そうだよな。ごめんね、ユキ」

「分かればいいわよ。それじゃあ、ちょっと行って来るから、そっちも上手くやりなさい」


 そう言うとユキは静かに廃墟の方へと向かって歩き始めた。

 あの強気なところとクールな部分はユキのかっこ良さそのもので、今の俺には無い部分だ。それだけにユキに対して憧れるところは多い。


「さてと。それじゃあ、ユキが魔物を引き連れて来る前に準備を済ませておかないとね。ティア、手伝ってもらっていいかな?」

「うん。もちろんだよ。何をすればいいの?」

「それじゃあ今から五星浄化魔法陣を描くから、俺が言った場所にピュリフィケーションマテリアルが半分埋まる様に設置してくれ」

「分かった!」


 いつもの元気なティアの返事を聞いたあと、俺は五星浄化魔法陣を地面に描き始めた。

 最初に五つの頂点がある星を描き、その頂点を結ぶ様に円をつくる。そして星を囲んだ円の中に浄化効力を秘めた文字を刻み、それらを魔力で消えない様に固定化させる。


「よしっ。それじゃあティア、1って書かれたマテリアルを、そっちの星の頂点から少し上の部分に半分埋め込んでもらえるかな?」

「分かった」


 返事をしたティアは道具袋から俺の言った番号のマテリアルを取り出し、それを持って俺が指し示した場所へと向かった。

 俺はそんなティアを見ながら五星浄化魔法陣の中心へと向かう。


「ダークボール」


 魔力で作り出した拳の大きさにも満たない小さな漆黒の球体を右手から出すと、ティアはそれを俺が言った位置の地面にぶつけた。


「うんしょ、うんしょっと」


 ティアが魔法で開けた穴にマテリアルを半分埋め込み、土でそれを固定していく。


「お兄ちゃん。これでいいかな?」

「うん。それで大丈夫だよ。そんな感じで次は2って書かれたマテリアルを持ってあっちを頼むよ」

「任せてっ!」


 意気揚々と言った感じで道具袋のある方へと向かい、指定したマテリアルを持ってさっきと同じ事をするティア。その行動は素早く正確で、これならあと10分と経たない内に魔法陣の準備は終わるだろう。

 そして俺の読み通り、五星浄化魔法陣の準備は10分と経たない内に終わった。

 俺は最後に魔法陣とマテリアルの位置を確認し、手伝ってくれたティアの方へと向かった。


「お手伝いありがとな、ティア」

「うん。これくらいどうって事はないよ」

「ティアの仕事が早くて本当に助かったよ」

「えへへ~♪」


 頑張ってくれたティアの頭をよしよしと撫でると、ティアはいつもの様にその表情をとろけさせて恍惚こうこつの表情を見せた。


「よしっ。それじゃあ最後の仕上げを始めるかな」


 俺は恍惚の表情を浮かべるティアから離れ、1のマテリアルがある場所へと向かった。

 そして俺は1のマテリアルの手前へと立ち、地面にあるマテリアルへと向けて両手を突き出した。


「ティア。俺は今から浄化魔力をピュリフィケーションマテリアルに送り始めるんだけど、今から浄化が完了するまで俺はここから動けないんだ。だからその間、やって来るモンスター達から俺と魔法陣を守ってほしいんだ」

「分かった! 私に任せておいてっ!」


 いつもの様に自信満々のティア。その姿は見ていてとても頼もしい。


「あっ、それと一つ注意してほしいんだけど、カラーモンスターの魔法はなるべく魔法陣に近付く前に防いでほしいんだ。俺の魔力と干渉しあって効果が落ちるかもしれないから」

「大丈夫だよ。カラーモンスターの魔法もカラーモンスターも、お兄ちゃんには近付けさせないから」

「分かった。それじゃあ始めるよ」

「うん!」


 俺は突き出した両手に意識を集中させ、マテリアルに浄化魔力を送り始めた。すると俺の送り始めた浄化魔力に反応し、一つ目のマテリアルが明るい紫色の光を放ち始める。

 そして一つ目のマテリアルに浄化魔力が十分に蓄えられると、描いた星の線に沿って二つ目のマテリアルに浄化魔力が伝わり始めた。

 現時点で特に不具合は感じないし、この調子なら五星浄化魔法陣の完成は問題無いだろう。


「さっそく来たみたいだね」


 そんな事を思っていた矢先。ティアがそう言ってから俺の背後の方へと走り始めた。おそらくカラーモンスターが出現したんだろう。


「ダークオブセイバー!!」


 ティアお得意の闇魔法、漆黒の剣ダークオブセイバーが地面に突き刺さる音がすると同時に、カラーモンスターのけたたましい断末魔の叫びが聞こえた。俺は後ろを振り向く事ができないので状況は分からないけど、その音を聞く限りでは結構な数のカラーモンスターが来ているんだと思う。

 もしも後ろで戦っているのがティアかユキではなくて別の人だったら、俺は安心して浄化魔力を送る事はできなかっただろう。


「よっし! こっちは終わりっ!」


 そんなティアの声が聞こえて安堵の息を漏らしたのも束の間。

 ティアは俺の視界の横を凄いスピードで通り過ぎ、今度は俺の視界の正面へ向けて魔法を放った。


「ダークハンドスワンプッ!」


 月明かりに照らされた地面に漆黒の沼が広がっていく。その規模は俺が使うダークハンドスワンプよりも広く、そこからカラーモンスターに向かって伸びて行く闇の手も桁違いに多い。

 漆黒の沼から伸びる無数の闇の手は迫り来るカラーモンスターを無造作に掴み、次々と深い闇の沼へと引きり込んでいく。その様は見ている俺としては頼もしい限りの光景だが、カラーモンスターからすれば凄まじい恐怖を感じるだろう。もっともそれは、カラーモンスターにそんな感情があればの話だが。

 ティアがカラーモンスターを相手に戦っている間も、俺の送っている浄化魔力はピュリフィケーションマテリアルに伝わっている。あとはユキが魔物を連れて戻って来る前に全部のマテリアルに浄化魔力を送り、来るべき時に備えるだけだ。

 しかしそれぞれのマテリアルに俺の浄化魔力が送られる度にカラーモンスターの数は増え続け、それに対応しているティアが忙しくあっちこっちに動いている様が見えていた。


「――あと一つ……もう少しだ…………よしっ!!」


 浄化魔力を送り続ける事しばらく、ようやく五つのピュリフィケーションマテリアルに浄化魔力が行き渡り、いつでも魔物を浄化できる準備が整った。だが、本命である魔物を引き連れて来るはずのユキの姿は未だ見えない。

 考えてみれば廃墟の中は瓦礫でいっぱいだったから、魔物を誘い出すにしても一直線というわけにはいかないだろう。それを考えれば、ユキがまだ戻って来ないのも分からない話じゃない。


「ティアー! 大丈夫かー?」

「私は大丈夫だよ! だからお兄ちゃんは魔法陣に集中してて!」


 いくらティアが凄腕のモンスタースレイヤーとは言え、長時間多くのカラーモンスターと戦うのは流石に辛いだろう。

 一刻も早くティアを楽にしてあげたいところだけど、今はそれができない。そんな自分にもどかしさを感じつつもユキが来るのを待っていると、ようやく廃墟の方からやって来る人影が見え始めた。


「ティア! ユキが来たみたいだからもう少し頑張ってくれっ!」

「うん!」


 俺の言葉に短く答えつつ、ティアはカラーモンスターと戦い続ける。

 そんなティアの事を気にしつつも廃墟の方へ視線を向けると、ユキが魔法を使って何かと戦っている姿が見えた。


 ――ユキもカラーモンスターに襲われてたのか!? 時間がかかるはずだ。


 徐々にではあるが、俺の目にカラーモンスターと戦いつつ魔物を誘導しているユキの姿が見え始めていた。

 ユキは真っ白なドレスを闇になびかせながらカラーモンスターと戦い、少しずつこちらへと向かって来ている。


「ティア! ユキが魔物を連れて来てるから、ユキの進路上にカラーモンスターが来ない様にしてくれっ!」

「了解だよ! お兄ちゃん!」


 ティアは俺の言った通りにカラーモンスターをユキの進路上から遠ざけて行く。

 そしてようやくユキの姿がはっきりと見える位置まで来た時、俺はユキに向かって声を上げた。


「ユキ――――ッ! そのまま俺の居る所まで来てくれ――――っ!」


 その声に俺の方を向いたユキは、大きく頭を頷かせてからこちらへと向かって来た。


「遅くなってごめんなさいね」

「いや、いいよ。カラーモンスターの襲撃を受けてたんでしょ?」

「ええ。まさかピュリフィケーションマテリアルの効果がここまで広い範囲に及ぶとは思っていなかったわ。おかげで何度も魔物を誘導するルートを変えなきゃいけなかったし」

「ははっ。苦労話はあとでじっくりと聞かせてもらうよ。それよりも、もう少し魔物を小さく纏める事はできないかな? このままじゃ魔法陣の外にはみ出る魔物が出そうだから」

「分かった。それは私が何とかするわ」

「うん。それと、魔物が魔法陣の近くまで来たら、魔法を使って誘き寄せるのを止めてほしいんだ」

「分かったわ」


 そう返答をすると、ユキは再び魔物の誘導を始めた。

 そしてユキの誘導により魔物の群れがようやく魔法陣の近くまで来ると、魔法によって誘導されていた魔物達が一斉にこちらを向き、俺の方へと向かって来た。


 ――よし、いい感じだ。そのまま中に入れっ!


 魔物の群れがおぞましい声を上げながら、魔法陣の中へ入って俺の方へと向かって来る。その様は見ているだけで怖気立おぞけたつが、ここは精一杯我慢をするしかない。


「エリオス! 魔物が迫ってるけど大丈夫なの!?」

「大丈夫! この魔法陣に入るのは簡単だけど、抜け出すのは容易じゃないからね!」


 俺がそう言った通りに、俺に一番近かった魔物が魔法陣の結界に阻まれて弾かれた。あとは全部の魔物がこの魔法陣に入るのを待つだけだ。


 ――ヤバイ!? 何体か魔法陣から逸れて行ってる!


「ユキ! 魔法陣から逸れた魔物を魔法陣の中へ押し込んでくれっ! ただし、魔法は使わないでっ!」

「了解っ!」


 そう言うとユキは魔法陣から逸れた魔物に次々と蹴りを入れ、強引に魔法陣の中へと魔物を入れて行った。

 いつもとは違う豪快なやり方に目を疑いたくなるけど、こんなユキもたまにはいいと思える。


「全員入ったわよっ!」

「ありがとう!」


 俺は送り続けていた浄化魔力を更に強め、魔物の浄化を開始した。


「命のことわりより外れし者達よ。その仮初かりそめの姿を捨て、光の中に安息を見つけよ! セイクリッド・ピュリフィケーション!!」


 俺の浄化魔法にピュリフィケーションマテリアルが反応し、魔物の群れを明るく包み込む。

 すると魔物を包んだ明るい光から更に明るい光がいくつも空に向かって立ち昇り、そのまま空に浮かぶ月に溶け込む様にして消え去った。


「ふうっ……」


 魔物を包んだ光が完全に消えたあとの魔法陣の中には誰の姿も無く、俺が刻んだ浄化文字も消え去っていた。残っているのは役目を終えて砕けたピュリフィケーションマテリアルと、円の中に描かれた星の形だけ。


「今ので終わりなの?」

「うん。今ので浄化は完了だよ。協力してくれてありがとう、ユキ」


 俺はそう言ってユキの頭を撫でた。

 その行為は普段ティアにやっている癖の様なもので、つい出てしまったわけだが、俺はこの行動で『子供扱いしないで』とかユキに言われて怒られると思っていた。


「わ、私は自分のやれる事をやっただけだから……」


 しかしそんな俺の思いとは裏腹に、ユキは怒らずにそう言って視線を逸らしただけだった。

 そんなユキに対して驚きを隠せない自分は居たけど、なんだかそんなユキがとても可愛らしく見え、俺はその頭を撫で続けた。


「ちょっとお兄ちゃん……何をしてるのかな?」

「のわっ!?」


 気が付くといつの間にか側にティアが居て、ユキの頭を撫でている俺をじとーっとした目で見つめていた。


「ティ、ティア。いつの間に!? カラーモンスターはどうしたの?」

「カラーモンスターなんてとっくに倒したもん!」


 その言葉に周りを見た渡すと、確かに生きているカラーモンスターの姿は無かった。


「そ、そっか。お疲れ様、ティア」

「そんな事よりもお兄ちゃん! 今、ユキの頭を撫でてたでしょ!?」

「あら? 私がエリオスに頭を撫でられたら駄目なのかしら?」

「ダメダメダメッ!! お兄ちゃんが撫でていいのは私の頭だけなんだからっ!」

「ティ、ティア。別にいいじゃないか、頭を撫でるくらい」

「ダメッたらダメなのっ! お兄ちゃんの極上なでなでは私だけのものだもん!」

「確かにエリオスの撫で方は心地良かったわね。これからは私も頭を撫でてもらう事にしようかしら?」

「ダメッたらダメ――――ッ!!」


 せっかく魔物の群れを上手く浄化できたというのに、それが終わった直後に始まったティアとユキの言い争い。

 俺は長く続いた緊張から解放されて安堵する暇もなく、2人の言い争いをしばらく聞き続ける事になった。

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