黒の少女と弟子の俺

第13話・力の源

　持ち帰ったホープフラワーで作られた薬を使った事により、ティアは２日でいつもの調子を取り戻した。

　ユキはホープフラワーを使わなければ、体調が全快するのに最低15日くらいはかかるだろうと言っていた。それがたったの２日でほぼ全快したんだから、ホープフラワーで作られた薬の効果は絶大だったと言えるだろう。

　しかしいくらティア本人が良くなったと言っても、それは俺やユキに分かる事ではない。もしかしたら、まだ無理をしている可能性だってある。

　というわけで今日は、ティアの調子が本当に戻っているのかを確かめる為に修行はお休みにし、３人でカラーモンスターの生息地に出向いて殲滅（せんめつ）戦を行う事にした。

　ちなみに殲滅戦を提案したのはユキだが、その理由はユキ曰（いわ）く、『モンスタースレイヤーの調子の良し悪しを見るなんて、カラーモンスターと戦うのを見るのが一番手っ取り早いからよ』との事だった。

　言ってる事はよく分かるんだけど、これはユキが居なければ成り立たない方法だと言える。だってもしもティアの調子が元に戻ってなかったら、ティアも俺もカラーモンスターによってピンチに陥り、下手をすれば死ぬかもしれないんだから。というわけで今日は、ユキがリーダーとなって殲滅戦を行う。

　早朝の街で色々と準備を済ませた俺達は街を出て結界を抜け、約２時間ほどでこの辺りのモンスターの生息地の一つでもある、ポルフォッツ大平原へと辿り着いた。

「ティアは病み上がりなんだから、無理はしない様にな？」

「うん。でも大丈夫だよ、お兄ちゃん。ここでいっぱい活躍して、今の私には何の問題も無いってところを見せてあげるからね♪」

　いつものティアらしく元気にそう言い、握り込んだ右拳を素早く前へと突き出す。そんな様子のティアを見る限りでは、特に問題は無い様に見える。

「気持ちは分かるけど、あまり飛ばし過ぎない様にしておきなさい。今日はあくまでも、殲滅戦の形を取ったあなたの様子見みたいなものなんだから」

「分かってるって」

「それならいいわ。エリオスは修行の事を思い出しながら、カラーモンスターを１匹ずつ確実に討伐していきなさい。いい？　決して多くのカラーモンスターを倒そうなんて考えては駄目よ？　半端な事をすれば、痛いしっぺ返しを受けるのは自分なんだからね？」

「うん。分かってるよ、ユキ」

「それじゃあ殲滅戦を始めるけど、エリオスはいつでも私がフォローできる様に、半径２キロメートルの範囲で戦いなさい。そしてティアは調子に乗らない程度に頑張ってくれたらいいわ。とりあえずそれなりに様子は見ておくから」

「ふーんだ。別にユキが見てなくても私は大丈夫だもーん」

「それなら手間が省けていいわね。それじゃあ、殲滅戦を開始するわ」

「うん！」「了解っ！」

　その言葉と同時に俺達はポルフォッツ大平原に居るモンスターの群れへと向けて走り始めた。

　現状で俺の目に映るカラーモンスターの色は、力と魔力特化のレッドカラーが多く、次いで敏捷性特化のイエローカラーが多い。元々の種別の性質にもよるけど、カラー特性がそのカラーモンスターと相性の良い組み合わせだとかなり厄介だ。

　そしてもっと面倒なのは、赤・黄・緑・青・紫の純正カラーとは違う、複合カラーモンスターの存在だ。コイツ等は合わさったカラー特性をそれぞれ持つから質（たち）が悪い。

「エリオス。今回はライトブルーやパープルも多いから、十分に気を付けなさい」

「分かった！」

　ライトブルーカラーは直接攻撃耐性特化のグリーンカラーと、魔法攻撃耐性特化のブルーカラーの性質を持っている。これは攻撃を行うこちら側としてはかなり面倒な類（たぐい）のカラーだ。

　そしてパープルカラーは直接攻撃や魔法攻撃とは違った様々な特殊攻撃を行ってくるから、これもまた油断ならない。

　――パープルカラーには迂闊に近付けないし、イエローカラーは上手く動きを捉えられるか分からない。ここはまず、レッドカラーに的を絞るのがいいかもしれないな。

　俺はカラーモンスターの群れに向かいながら標的をレッドモンスターに定め、魔法の詠唱を始めた。

「漆黒に染まりし闇の剣。その鋭き刃で我に仇なす敵を貫けっ！　ダークオブセイバー！」

　漆黒の剣が俺の魔力によって空に顕現（けんげん）し、稲光の如き速さでレッドカラーのキュクロプスオーガを二つに裂いた。

　――よしっ！　いい感じだ！

　闇魔法によって絶命したキュクロプスオーガを見た俺は、続けて魔法を中心とした攻めをしつつも、隙を見て槍による直接攻撃も行っていた。

　そしてレッドモンスターを１匹ずつ確実に葬って行く中、俺は前とは確実に違う感覚を覚えていた。それは、相手の動きがよく見えているという事だ。

　前はどうしても一点に集中してしまう癖のせいで視野が狭くなり、カラーモンスターからの攻撃を許してしまう事が多かった。

　だけど今は違う。周りから迫って来るカラーモンスターの動きがしっかりと見えているし、それに対してどう動けばいいのかも分かる。

　自身のちょっとした成長に感動すら覚えていた俺だったが、そんな感情は戦いにおいては油断に繋がる。俺はすぐに気を引き締めなおして戦いを続けた。

「――その調子よ、エリオス。ちゃんと周りが見えてるみたいね」

「うん！　前とは違ってカラーモンスターの動きがちゃんと見えてるよ」

「そう。それは良い傾向ね。あっちも特に問題は無いみたいだし」

　ユキがそう言ったのを聞き、俺はティアに視線を向けた。そこには何者をも寄せ付けない圧倒的強さでカラーモンスターを蹴散らすティアの姿があったが、それを見ていた俺はちょっとしたおかしさを感じていた。

　――いつもに比べて魔法を使ってないな。

　それは取るに足らない事だったかもしれないけど、この時の俺にはそれがとても奇妙に感じた。

　ティアは武器を使った攻撃も得意だけど、基本的には魔法を中心とした攻めをする。そんなティアにしては妙に魔法を使っていない。それが俺の目にはとても妙に映った。

　そして俺は一度気になった事はいつまでも気になる質で、ふとそんな事を思ってしまったせいか、引き続き戦いをしながらも、ティアの方へと視線を向ける回数が増えてしまった。

「――エリオス。さっきからティアの方へ視線を向けてるけど、どうかしたの？」

「いや、どうしたってほどの事じゃなんだけど、いつもに比べて魔法を使う回数が少ないなと思ってね」

「そうなの？　だったら身体の調子が良くなってるのを見せる為に、わざと魔法を使わずに戦ってるんじゃないかしら？」

「ああ。なるほどね」

　今回のティアはずいぶんと張り切っていたし、ユキの言っていた事をそのままやっている可能性は高い。

「とりあえず、あなたはあなたで集中しなさい。あの子の事を気にかけ過ぎて怪我でもしたら、笑い話にもならないわ」

「そうだね。そうするよ」

　それからしばらくしたあと、ポルフォッツ大平原に居たカラーモンスターの殲滅戦は順調に進み、その数もかなり減った。大平原に積み重なるカラーモンスターの屍は、軽く見積もっても３００は超えている。

　たった３人で３００のカラーモンスターを倒すのはかなりの重労働だが、そこは流石のモンスタースレイヤー。その圧倒的強さで次々と屍の数を増やしている。比べて俺のカラーモンスター討伐数は、現時点で23体。２人はおろか片方が倒した数の半分にすら満たない。

　その現実に相変わらず凄まじいまでの実力差を感じるけど、今はどんなに足掻いても２人には及ばない。でも、いつかは必ず２人に追い着きたい。だから今は、自分のできる事で精一杯頑張ろうと思っている。

　そんな思いを胸に戦いを続け、大平原に居たカラーモンスターがほぼ全滅した頃、とても珍しいカラーモンスターが俺達の方へと向かって来ているのが見えた。

「ティア！　ユキ！　森の方からホワイトカラーのドラゴンが来てるぞ！」

「ホワイトカラー！？」

「最後の最後に面倒なのがやって来たわね」

　このエオスにおいてカラーモンスターの色はその特性を示す重要なもので、俺達にとって一番の相手を知る為の情報とも言える。そんなカラーの中でも特に珍しい位置付けにあるのが、ホワイトとダークとメタルだ。

　ちなみにこの３種限定で言えば、メタルカラーが一番見かける頻度が少ない。カラーモンスターと戦う者でも、人によっては一生見かける事も無いくらいだ。

　そして次に遭遇頻度が少ないのが、今俺達の方へと向かって来ているホワイトカラーだ。

「それじゃあ、ここは私に任せてもらおっかな」

「２人でやらなくて大丈夫？　ホワイトカラーは討伐がとても面倒よ？」

「大丈夫だよ。かなり前だけど戦った事はあるし」

「そう。それじゃあエリオス。いい機会だから、ホワイトカラーとの戦い方を見ておくといいわ」

「分かったよ。ティア、気を付けてね？」

「うん！　私に任せておいて！」

　いつもの明るい笑みを浮かべてそう言うと、ティアはホワイトドラゴンの方へと向かって行った。

　こうしてホワイトモンスターに遭遇するのは初めてだけど、その初めてがまさかホワイトドラゴンになるとは思ってもいなかった。

　ちなみにティアはモンスタースレイヤーになって最初の半年間に、２回ほどホワイトモンスターに遭遇して戦ったと聞いた事がある。

　ユキはどうなのか分からないけど、『最後の最後に面倒なのがやって来たわね』という口ぶりから察するに、ホワイトモンスターと戦った経験はあるんだと思う。

　――さて。じっくりと勉強させてもらうかな。

　モンスタースレイヤーとホワイトモンスターとの戦いなんて、そうそう見れるもんじゃない。だから俺は、この貴重なチャンスを余すところ無く見て今後に役立てたいとティアに注視した。

「ダークオブセイバー！」

　迫り来るホワイトドラゴンを前に、ティアは先制攻撃として魔法攻撃を仕掛けた。

　ティアの魔力によって漆黒に染まった剣が空に顕現し、ホワイトドラゴン目がけて稲光の如き速さで落ちる。いくらエオス最強に位置するドラゴン種でホワイトカラーと言えど、この攻撃で大ダメージを受ける事は免れないだろう。

　しかしホワイトドラゴンはティアの魔法を前に素早くそのカラーをブルーへと変化させて魔法攻撃を防ぐと、すぐに元のホワイトカラーへと戻った。

「変化が早い！？」

　ホワイトカラーはメタルを除いた全てのカラー特性に変化でき、尚且つ純正のカラーより数倍その特性が上がるとは聞いていた。けど、まさかこれほど瞬間的にそのカラーを変えられるとは思っていなかった。

　放った魔法が効かなかったのを見たティアは、携（たず）えていた剣を素早く引き抜き、今度は直接攻撃に打って出た。

　――キ――――ンッ！！

　ティアの打ち下ろした斬撃が当たる瞬間、ホワイトドラゴンは素早くそのカラーをグリーンへと変えた。

　すると硬い金属同士が激しくぶつかったかの様な音が大平原に響き、その音と共にティアは弾かれる様にして飛ばされ、くるりと空中で一回転をしてから地面へと両足を着いた。

「あのホワイトドラゴン、かなり手強いわね。カラー変化の早さが尋常じゃないわ」

「初めてホワイトモンスターを見たけど、あんなに凄いんだ……」

　今の様子を見た俺のホワイトカラーに対する素直な感想を言わせてもらえば、まったく勝てる気がしない――ってところだ。

　あんなに素早くカラー特性を変化されては、こちらの攻撃はほぼ通じないと言ってもいい。

「……ねえ、ユキ。あんなに素早くカラー特性が変わるんじゃ、ホワイトモンスターてどうやって倒せばいいの？」

「ホワイトカラーは遭遇率も低いから明確な討伐方法は確立されていないけど、私が考える討伐方法は三つに分けられるわね」

「三つ？」

「ええ。一つ目は、相手に気付かれる前に遠距離から一撃で仕留める方法。二つ目は相手のカラー特性変化が対応しきれない速さで、魔法攻撃と直接攻撃を交互にしてダメージを与える方法。そして三つ目が、ダークカラーへ変化させる方法よ」

「えっ！？　でも、ダークカラーになったらもっと危ないんじゃないの？」

「理屈から言えばそうなんでしょうけど、ホワイトカラーからダークカラーになると、他の特性全てが備わる代わりに、個々のカラーの時よりも特性効果が下がるのよ。それに一度ダークカラーになると、もう元のホワイトカラーにも他のカラーにも変化できなくなるの。だから、ある意味でダークカラーになった方が討伐し易かったりするのよ」

「なるほど……」

　それはあくまでもユキの考えだろうけど、さすがは思考派のユキらしいと思った。

　どこまでもカラーモンスターに勝つ為に見識と考えを広げ、それを元に強くなって行く。彼女の強さは単純な力ではなく、その思考力こそが最大の武器なのかもしれない。

「あの子も戦い方を変えるみたいね」

　ユキの言葉に再びティアの方を見ると、ティアは両手持ちにしていた剣を右手だけで持ってホワイトドラゴンを見据えた。

　そして俺が固唾を飲んでその様子を見守っていると、ティアはホワイトドラゴンに向かって走り始め、先ほどの様に鋭い斬撃を浴びせようとした。しかしまたその斬撃が当たる瞬間にカラーを変化され、その斬撃が決まる事はなかったが、次の瞬間には素早く左手を前へと突き出して魔法を発動させた。

「ダークボール！」

　ティアの放った魔法はカラー変化前にホワイトドラゴンへ命中したと思われたが、ほんの一瞬の差でカラーを変化されて防がれてしまった。

「さすがに変化が早いわね。あれじゃあダメージを与えるのも難しいでしょうね」

　確かにユキが言う様に、あの変化の早さではいくらティアでも討伐は難しいだろう。だけどこの時の俺は、ユキとはまったく別の事が気にかかっていた。

　それは、ティアの操る魔法の発動速度がいつもよりも遅かった事だ。

　それが俺の勘違いや思い違いだと言われればそれまでだけど、俺はそれが勘違いや思い違いではないと思っていた。なぜならここまでずっと、俺はティアの戦いを見続けて来たんだから。

　そして俺のこの考えを裏付ける様に、ティアはこの交互攻撃を何度も失敗していた。

「――さすがにあの子でも苦戦してるわね」

「……多分だけど、ティアはまだ本調子じゃなかったんだと思う」

「えっ？」

「ティアがあんなに攻撃に失敗してるのがその証拠だよ」

「でも、私から見てもあのホワイトドラゴンのカラー変化は早いし、あの子はいつもと変わらない動きをしてると思うわよ？」

「いや。いつものティアに比べたら、若干だけど魔力の収束が遅いんだ。だから相手にダメージを与えられないんだよ」

「もしもそれが本当だとしたら、このまま戦わせるわけにはいかないわね。私が加勢に行くわ」

　そう言ってティアの方へと向かおうとしたユキの前に立ち、俺はそれを止めた。

「何で止めるの？」

「確かにティアは苦戦してる。だけど、ティアは絶対に負けない」

「どうしてそんな事が言えるの？　今のあの子が本調子じゃないなら、このままやられてしまう可能性だって高くなるのよ？」

「ううん。ティアは負けないよ。ティアは昔っからどんな事でも乗り越えて来たんだから。だから絶対に勝つよ。だってティアは俺が信頼する師匠で、最強のモンスタースレイヤーなんだからさっ！　ティア――――ッ！　頑張れ――――っ！！」

　ユキに背を向け、戦っているティアに向けてエールを送る。

　すると必死に戦っていたティアが相手との距離を取り、俺の方を向いて声を上げた。

「お兄ちゃ――――ん！　私頑張るよ――――っ！　だから戦いが終わったら、い――――っぱい頭をなでなでしてね――――っ！！」

「お――――う！　沢山なでなでしてやるよ――――っ！」

「な、何を言ってるの？　あなた達は？」

　俺とティアのやり取りに対し、ユキは珍しく困惑の表情を見せている。

　だけどこれでティアの闘志に火が点いたのか、ティアはさっきまでとはまるで違う動きを見せ始める。ティアの繰り出す剣撃と魔法の相互攻撃が徐々にタイミング良く当たり始め、ホワイトドラゴンに確実なダメージを与え始めたのだ。

　そしてそんな攻撃を受けていた最中、ホワイトドラゴンは突然大きな雄叫びを上げてダークカラーへと変貌した。

「よしっ！　ちょっと苦戦しちゃったけど、これで最後だよっ！」

　ティアはその変化を見計らっていたかの様にして両手を前へと突き出し、一気に両手へと魔力を収束させて魔法を放った。

「ダークグラビティ！」

　極限まで濃縮された闇の球体がダークカラーとなったドラゴンを一瞬にして包み込むと、ティアは闇の球体に包まれたダークドラゴンを両手で丸め潰す様な動きをとり、その度に闇の球体が少しずつ小さくなっていく。

　そして元々の大きさから手の平サイズほどまでに闇の球体が圧縮されると、その瞬間にティアは両手をグッと力強く閉じながら最後の言葉を叫んだ。

「コンプレッション！！」

　ティアがそう言ったのとほぼ同時に闇の球体は粉々に砕け、中に居たはずのダークドラゴン共々この場から消え去った。

　それを見たティアはふうっと息を吐き、その足で俺達が居る方へと戻って来た。

「大勝利っ！！」

　ティアは満面の笑顔を浮かべながら、俺達に向けて右手を突き出しブイサインをした。

「さっすがティア！　凄かったよっ！」

「えへへっ♪　お兄ちゃんの応援があれば、私はいつでも気合10倍、元気１００倍、ご褒美の為なら実力１０００倍だよっ♪　だからお兄ちゃん、さっそくご褒美をちょうだいっ♪」

「分かった。沢山なでなでしてやる」

「やったー♪」

　嬉しそうに俺に飛び付き、その顔を胸に埋めるティア。

　そんなティアの頭をいつもの様に優しく撫でると、その度にティアは嬉しそうな声を出していた。

「ねっ？　ティアは勝ったでしょ？」

「……そうね。でも、エリオスの言葉だけで調子が戻るなら、わざわざ殲滅戦をしてまで様子を見る必要はなかったわね」

「ははっ。そうかもしれないね」

　ユキの言葉に対して微笑みながらそう言うと、ユキも少しだけ微笑んだ。

　こうしてティアの病み上がり初の戦いは終わり、俺達は３人で街へと帰還した。