第11話・希望の花と一本の矢
護衛全員が命懸けで採取に協力して持ち帰る事ができた
そして持ち帰ったムーンティアーは街に居る薬師が総力を挙げて特効薬作りに励んだ事により必要な数が作られ、街に居た患者はあっと言う間にその数を減らした。
あの少ない戦力で8本もムーンティアーを持って帰れたのは良かったけど、それでも護衛の何人かはあの作戦で犠牲になったのだから素直には喜べない。
もちろん犠牲になった人もそういう覚悟を持って参加したのは間違い無いだろうけど、それでも僅かな時間とはいえ、一緒に戦った仲間が犠牲になるのは悔しいものだ。
だけど、本来なら全滅してもおかしくはなかった俺達がこうして無事に帰って来れたのは、病の身体に鞭打ってまで助けに来てくれたティアのおかげなのは間違い無い。
ちなみにあの時、ティアがどうやって遠く離れたあの場所まで来たのかと言えば、俺に渡していた白銀色の星形ネックレスのおかげだとユキから聞いた。
なんでもあれはティアが錬金術と魔女魔術学を併用して作った特別なマジックアイテムらしく、作り手の魔力に反応してネックレスと作り手との間に異空間を形成し、一度だけその距離を縮めて飛び越える事ができるという代物だったらしい。
そしてあのアイテムを作る為にはかなり貴重な錬金材料と、高度な魔女魔術学の知識が必要らしく、誰にでも簡単に作れる物ではないとユキから聞いた。しかもあのマジックアイテムの発動には、作り手とネックレスとの距離に応じて膨大な魔力を必要とする為、並みの実力ではまともに扱う事すらできない物だとも言っていた。
タネを明かされればなるほどとは思うけど、それほどの事をしてまで俺の為に色々と準備をしてくれたティアには本当に感謝している。だから今日は、そんなティアの為に俺が動く番だ。
「そりゃじゃあ師匠。行って来ますね」
「うぅ~。やっぱりお兄ちゃんも行っちゃうの?」
「はい。帰って来るまで大人しく寝てて下さいね?」
「そうよ。今のあなたは色々と無理をした反動が出てるんだから」
「あうぅ……」
俺とユキの言葉に不満げな表情を浮かべながら、ティアは口を大きく膨らませた。よっぽど独りで部屋に残されるのが嫌なんだろう。
「お兄ちゃんは残ってくれてもいいのに……私あんなに頑張ったのに……」
「これはエリオスの修行も兼ねてるのよ? ただでさえ私達が病にかかって修行が
「それならお兄ちゃんを助けに行った時みたいに、ユキがまた秘薬を作ってくれればいいじゃない」
「言ったでしょ? あれはあの時だけの緊急処置なの。それにあの時に使った秘薬は『限界の実』で作った特殊な物で、あなたには一度説明した様に一時的に飲んだ人の身体能力が回復するけど、そのあとの反動がとても大きいの。あなたがそんな風に起き上がれない状態になってるのもそのせいよ。だから少しでも早く体力を回復させる為に、修行も兼ねてエリオスと薬草を採りに行こうとしてるんじゃない」
「それはそうかもだけど……でも、お兄ちゃんが居ないと寂しいもん……」
「あの秘薬を使うか使わないかの判断をしたのはあなたでしょ?」
「だってこんなに反動が出るなんて思ってなかったんだもん……」
「そこまで酷くなったのは病のせいで体力が落ちていた影響もあったんでしょうけど、運とタイミングが悪かったと思うしかないわね」
「あうぅぅ……」
「そんな顔しないで下さいよ。なるべく早く戻りますから」
「分かったよぉ……」
「それじゃあユキ、行こっか」
「ええ」
出掛けている間のティアのお世話を宿屋の人に頼み、俺達は薬草を採取する為に
採取したムーンティアーで作られた特効薬により、街の人々が活気を取り戻し始めてからもう5日が経つ。まだまだ街の様子は完全に元通りとは言えないけど、それでも俺達がムーンティアー採取の為に街を出た時とは比較にならないくらいに活気は戻っている。
そんな街中をユキと共に歩き、街門を出て目的の場所へと向かう。
「そういえばティアのお世話ですっかり聞き忘れてたけど、俺達が今日採って帰る薬草ってどこにあるの?」
「いつその質問をしてくるのかと思ってたけど、そういうのは事前にしっかりと確認しておく習慣をつけなさい。情報は私達にとって生命線なんだから」
ユキは進めていた足を止め、いつもと変わらないクールな表情でそう言った。
いつもながら反論のしようも無いほどに正論を述べるユキだが、それが実に頼もしく感じる。
「ごめん。次は気を付けるよ」
「目的の薬草は街の第三結界を抜けて、1時間ほど北へ向かった先にあるステラ
「えっ!? まさか、渓谷の崖に生えてるとか?」
「違うわ。でも、その方がまだ簡単かもしれないわね」
「えっ……それじゃあ、どんな所にその薬草は生えてるの?」
「それを教えてあげるのは簡単だけど、少しは自分でどんな事をやるのかを考えてみなさい」
「そう言われてもなあ……」
「エリオスにはいつも言っているけど、自分の状況や周りの状況をよく観察して、それを元に考える癖をつけなさい」
「てことは、今の俺達を見れば、俺の聞いた事に対する答えのヒントがあると?」
「まあ、そういう事ね」
そう言われた俺は、さっそく自分達の持ち物を思い出しながらその推察を始めた。
しかし俺達の持ち物は、いつも持ち歩いている物と大して変わらない。唯一はっきりと分かる違いと言えば、今日は俺とユキ2人分の弓を持って来ている事くらいだ。
そしてこの状況から察するに、弓を使うのは間違い無いんだろうけど、それが薬草の採取とどう繋がるのかはまったく想像がつかない。
「なかなか想像がつかないって表情ね」
「うーん……弓を使うんだろうってのは分かるんだけど、動物相手ならともかくとして、薬草の採取に何で弓を使う必要があるのかが分からないんだよね」
「ふふっ。確かに想像し辛いとは思うけど、行けばその理由が分かるはずよ」
ユキはクスッと微笑むと、そう言ってから再びステラ渓谷へ向けて歩を進め始めた。どうやらこの場で答えを教えてくれる気は無いみたいだけど、あの微笑みを見る限りでは、とても驚く様な事なんだろうと思える。
いったいどんな事をやるのかとドキドキしつつ歩を進め、途中で何度かカラーモンスターに遭遇しながらも、ユキの言っていた通りに約1時間ほどで俺達はステラ渓谷へと辿り着いた。
そしてステラ渓谷へと辿り着いた俺は両手と両膝をしっかりと地面へ着け、渓谷の下をそっと覗き見た。
「うわあ……これはまた凄く深い渓谷だね」
「そうよ。だから間違っても足を踏み外したりしない様にね?」
「そ、そうだね。気を付けるよ」
覗き見た遥か下には小さく川が流れているのが見え、この渓谷のあまりの深さに思わずブルッと身震いが出た。
こんな場所のどこに目当ての薬草があるのかは分からないけど、大変な事になるのは間違い無いだろう。
「それじゃあエリオス。さっそく薬草の採取説明に入るから、持って来た弓を準備して」
「分かったよ」
俺は背中に担いでいた2人分の弓を下し、その内の一つと数本の矢が入った入れ物をユキへと手渡した。
こうして弓を使うのはもう予想できていた事だけど、この弓矢でどうやって目当ての薬草を採取するのかは未だに分かっていない。
「エリオス。これからさっそく薬草の採取をするわけだけど、今回あなたに採取してもらう薬草は『ホープフラワー』と言う星形の青い花で、とても特殊な場所にしか咲かない貴重な花なの。その貴重さは、先日エリオス達が取って帰って来たムーンティアーよりも上よ」
「えっ!? ムーンティアーよりも上!?」
「ええ。なぜムーンティアーよりも貴重かと言えば、ホープフラワーはその絶対数が元から少ない事と、花を咲かせる場所が少なくなっているのが原因ね」
「なるほど。で、その肝心のホープフラワーが咲く場所ってどこなの?」
「あそこよ」
ユキは俺の質問に短く答えると同時に、右手の人差し指をピンと上に伸ばした。
俺はその指先が示す空を
「……あの、ユキ。どこにホープフラワーが咲く場所があるの?」
「それはさっきから私がちゃんと指をさしているでしょ?」
「いや、それは分かってるんだけど、どこにも花が咲きそうな場所なんて無いよ?」
「そんな事はないわよ。よーく見てみなさい」
ユキにそう言われ、俺はもう一度高く広がる青空を仰ぎ見た。
しかし、何度見てもどこを見ても、居るのは空を飛ぶ大きな鳥くらいで、ユキの言う様な花が咲きそうな場所は無い。
「……やっぱりどこにも花が咲きそうな大地は無いと思うんだけど?」
「エリオス。私は一言も、ホープフラワーが大地に咲く花――なんて言ってないわよ?」
「えっ?」
「私は、ホープフラワーはとても特殊な場所にしか咲かない貴重な花――としか言ってないわ」
その言葉を聞いた俺は、
そんな俺の目に映るのは、さっきと何ら変わり無い青空の風景。そしてその青空に存在するのは、高く空を飛びまわる大型の鳥の姿だけ。
「……もしかしてだけど、あの空を飛んでる大きな鳥がホープフラワーを持ってるとか?」
「その通り――と言いたいところだけど、少し違うわ。ホープフラワーはあの大きな鳥、ガーディアンコンドルが持っているんじゃなくて、ガーディアンコンドルの頭に咲いているのよ。あっ、ちょうどガーディアンコンドルが降下して来てるから、頭の部分をよく見てなさい」
「うん」
俺はそう言われ、ユキの指さした方向に居た下降して来るガーディアンコンドルを注視した。
空高く飛んでいたシルエットが徐々に近付くと、その凄まじい大きさの羽からつくられる風が俺達を襲う。俺はその風によって思わず目を瞑ってしまいそうになったが、それに耐えながらガーディアンコンドルを見つめ続ける。
するとガーディアンコンドルが上空から渓谷の下へと向かう一瞬だが、その頭に青い花が咲いているのが見えた。
「どお? ちゃんと見えた?」
「はっきりと形までは分からなかったけど、青い花が頭の上にあるのは見えたよ」
「そう。それが今回私達が採取する薬草、ホープフラワーよ」
「てことは、あのガーディアンコンドルを弓で撃ち落して採取するって事?」
「とんでもない。さっきも言ったでしょ? ホープフラワーが咲く場所が少なくなってるって。それはつまり、ガーディアンコンドルの数が少なくなってるって事よ。だから今回のホープフラワー採取でやってはいけない事は、ガーディアンコンドルを傷付けたり、殺したりする事よ」
「ええっ!? それじゃあ、どうやってあの花を採取すれば?」
「それはね、こうやるの」
そう言うとユキはステラ渓谷の崖ギリギリの位置に立ち、先ほど降下して行ったガーディアンコンドルを見つめ始めた。
そしてしばらくしてから崖の途中に居たガーディアンコンドルが上昇して来ると、ユキはガーディアンコンドルが居る方へと向けて素早く弓矢を構えた。俺はそんなユキの姿を見つめながら、どの様にしてホープフラワーを採るのかを
「…………」
ユキの近くに居た俺は、上昇して来るガーディアンコンドルが崖の高さギリギリのラインまで迫った時に、ユキが一瞬息を止めたのが分かった。そして次瞬間、ユキはガーディアンコンドルへと向けて弓を引いた。
放たれた矢は風を切り、ガーディアンコンドルの頭に咲いていたホープフラワーの茎を見事に貫いた。そしてその瞬間、ユキは持っていた弓から素早く手を離して両手を前へと突き出した。
「ライトバインド!」
ユキの両手から凄まじい速さの光の糸が伸びたかと思うと、その糸はすぐにユキの手元へと戻って来た。
「まあ、こんなところかしらね」
そう言ったユキの左手にはホープフラワーの茎を貫いた矢が、右手には星形をした青い花が握られていた。
「す、すげえ……」
本当はもっと言うべき言葉があったのかもしれないけど、今の俺にはこんなありきたりな言葉しか出なかった。それほどにユキの手際が見事だったからだ。
「それじゃあエリオス。今度はあなたの番よ」
「えっ? 今採ったホープフラワーじゃ駄目なの?」
「もちろんよ。これはエリオスの修行も兼ねてるんだから。それに私がティアに使う為の薬を作るには、ホープフラワーが二つ必要なの。だから、最後の一つはティアの為にあなたが採りなさい」
「……分かった。やってみるよ!」
「それとさっきも言った様に、ガーディアンコンドルを傷付けたり殺したりするのは駄目よ? あと、修行の為の追加条件として、使っていい矢はこの1本だけにするわ」
「ええっ!? この1本だけで?」
「そうよ。だからしっかりと考えて頑張りなさい」
そう言うとユキは左手に持っていた矢を俺に手渡してきた。
――この矢1本だけでどうにかしろって、そんなの無理じゃないか?
手渡された矢を見つめつつ、俺はそんな事を思っていた。
そしてここから、俺の長く厳しいホープフラワー採取への道が始まった。
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