黒の少女と弟子の俺
珍王まじろ
第1話・称号を持つ者
全力で大地の上を走る俺の背後から、凄まじい雄叫びを上げながら地面を力強く蹴って走り迫るグリーンカラーのドラゴン。
その雄叫びは世界のあらゆる物を震わせ、その声を聞いた者には絶望と言う名の恐怖を与える。
このエオスでカラーモンスターの最強に位置するドラゴン種との遭遇は、そのまま遭遇者の死を意味する。それがこの世界における人々の常識だ。
そしてそんな絶望的な敵と相対した俺は、もはや人生が終わったにも等しい。だけど、俺の人生がここで終わってしまう事は万に一つも無い。
なぜならこちらには、怪物殺しのプロフェッショナル、モンスタースレイヤーの称号を持つ者が居るのだから。
「ダークオブセイバー!」
上空に現れた漆黒の剣が稲妻の如き速さで天から落ち、グリーンカラーのドラゴンの鋼鉄よりも更に硬い身体をいともあっさりと貫いて地面へと突き刺さった。
グリーンドラゴンはその漆黒の一撃で急所を貫かれて絶命し、その巨大な身体を地面へとついた。それはまさに一瞬の出来事で、その手際の良さは相変わらず見事としか言い様が無い。
「お兄ちゃん! 大丈夫だった!?」
「あ……はい、大丈夫です。師匠」
「良かった。それはそうと、お兄ちゃん。私がお兄ちゃんを助けた時は、ご褒美にアレをしてくれる約束でしょ?」
「あ、ああ。そうでしたね。それでは……」
俺は数歩先に居る漆黒のドレスを纏った女の子へと近付き、その艶やかでサラサラな漆黒のロングヘアーの頭を優しく撫でた。
「えへへっ♪」
俺に頭を撫でられながら恍惚の表情を浮かべているこの女の子は、モンスタースレイヤーを目指す俺の師匠であり、同じ孤児院で赤子の頃から俺が世話をしてきた妹的存在でもあるティアーユ・ドロップ。あと数日で八歳を迎える少女だ。
そんな年端もいかない少女が俺の師匠だと言えば当然の様に他人は驚くが、それは無理もない。
普通モンスタースレイヤーの称号を持つ者は長年の戦闘経験を積み、世界最強と言われるドラゴン種、並びにスライム種とは対等に、他のカラーモンスターについては圧倒できるくらいの実力を持つ者にしか与えられない称号だ。だからモンスタースレイヤーの称号を持つ者は、それなりに歳を重ねた者が多い。
しかしそんなモンスタースレイヤー500年の歴史の中で、ぶっちぎりの史上最年少でその称号を得たのがこのティアだ。
そしてその実力はティアの戦いを見た誰もが認めるもので、弱冠七歳にしてモンスタースレイヤーの称号を得ており、その通り名はティアが好んで着る漆黒の衣装と得意の闇魔法にちなんで、ダークネス・ティアと呼ばれている。
ちなみにティアがモンスタースレイヤーの最年少記録を塗り変える前は、フリーソン・マーカスの十九歳がモンスタースレイヤーの最年少記録だった。
この様にモンスタースレイヤーとして天才的才能を持つティアが師匠である事はとてつもない
なぜかと言えば、ティアは俺が少しピンチになると毎回すぐに手助けをするからだ。これではほとんどまともな修行にならない。
「ところで師匠。ずいぶん前から言ってますけど、手助けをするのは本当に俺がピンチになった時だけにして下さいね? こう毎回の様に師匠が手を出すと、俺の修行になりませんから」
「ええーっ!? 私はちゃんとタイミングを見てたよ? それにさっきだって、お兄ちゃんがドラゴンに背を向けて逃げ始めたから私が代わりに倒したんだよ?」
「あれは逃げてたんじゃなくて、戦いに有利な場所へ
「ええっ!? そうだったの!?」
「そうだったんです」
「あうっ……それはごめんなさい……」
「いやまあ、今の俺の実力じゃドラゴン種には勝てませんから、最終的には師匠の力を借りてたでしょうけど、次はちゃんと戦況を見て手助けをお願いしますね?」
「うん! 任せておいて! 次も私がちゃんと守ってあげるからっ!」
満面の笑みを浮かべながらそう宣言をするティアだが、本当に俺の言っている事が分かっているのだろうかと心配になる。
モンスタースレイヤーとしての才能と実力は最強と言っても過言ではないのに、まだまだ師匠としては問題が多い。
「……とりあえず俺はドラゴンの牙と
「うん! 分かった!」
俺は絶命したドラゴンから貴重な錬金材料である牙や鱗を取った後、現在滞在している街の宿屋へティアと一緒に戻り始めた。
こうして獲得した材料を持って帰る中、ティアはいつもどおりにご機嫌な様子で俺の左手を握って歩いている。ティアとは気心が知れた仲だから気楽な面もあるけど、赤ん坊の頃から主に俺が面倒を見ていたからか、甘えん坊なところは今も変わっていない。
そんなティアと2人で世界を巡る修行の旅を始めてからそろそろ半年が経とうとしているけど、俺はこの修行の旅が切っ掛けで、今までまったく知らなかったティアの一面を知る事になった。
「――お兄ちゃん。さっき宿屋の娘さんと楽しそうに何を話してたの?」
「えっ? いや、この街の名物の話を聞いてただけですよ?」
宿屋でシャワーを浴びて晩御飯を食べ終わったあと、俺は部屋の中でドス黒い殺気を放つティアから正座をする様に言われ、そこから妙な尋問を受けていた。
「本当に? 本当に名物の話だけであんな楽しそうに盛り上がってたの?」
「本当ですよ」
「ふーん……まあいいや。そういえば、今日の夕食はお兄ちゃんのだけ凄く量が多かったよね? あれって何でかな? お兄ちゃんが自分で大盛を注文したのかな?」
「ああ。あれは多分、料理を担当してる娘さんが気を遣ってくれたんだと思いますよ? 『男の子は沢山食べなきゃ駄目ですよ?』とか言ってまし――」
「違うよ。あの人はお兄ちゃんの事が好きだから特別扱いをしたんだよ。私のお兄ちゃんなのに私のお兄ちゃんなのに私のお兄ちゃんなのに私のお兄ちゃんなのに私のお兄ちゃんなのに――」
「し、師匠?」
突然何かに取り憑かれたかの様にしてそんな言葉を連呼し続けるティア。
極端に人見知りなところはあるけど、基本的にティアは素直で明るくて優しい子だ。しかし最近は、こんな感じで急に様子が豹変する事が増えていた。
「あっ、そっか。相手がお兄ちゃんの事を忘れちゃえばいいんだ。うん。それが手っ取り早いよね」
ふとそんな事を呟いたティアは、おもむろに部屋に置いていた道具袋から一つの小瓶を取り出した。
「し、師匠? それは何ですか?」
「お兄ちゃんは何も心配しなくていいんだよ? ちょっとこれを混ぜた水を飲ませて、お兄ちゃんに関する記憶を消し飛ばすだけだから」
「ちょ、ちょっと待った――――っ!!」
とてつもなく不穏な事を言うティアを前に俺は立ち上がり、その進路上へと立ち塞がった。
「何? お兄ちゃん。私の邪魔をするの? やっぱりお兄ちゃんはあの娘さんの事が好きなの?」
「誤解だ! 俺は別にあの娘さんの事を好きだとか思ってないから!」
「本当に?」
「本当だよ」
「なーんだ。それなら良かった。でも……もしもその言葉が嘘だった時は、複数のドラゴンを相手にした地獄の特訓をしてもらうからね?」
「お、おう」
冷たい笑顔で凄まじく恐ろしい事を口にするティアに対し、俺の額からは冷や汗が流れ落ちる。
赤子の頃から面倒を見ていた人見知りの激しいティアが、兄と慕う俺に対して独占欲を持つのは分からないでもないんだけど、唐突にこんな豹変をするのはちょっと怖い。
「さあ、お兄ちゃん♪ 今日も一緒に寝ようねっ♪」
まるで憑き物が落ちたかの様にして、いつもの明るく可愛らしい笑顔でそう言うティア。
こんな風に激しい二面性を持つティアとの修行の旅はまだまだ始まったばかりだけど、こんな調子でモンスタースレイヤーの称号を得られる実力が身に付くのだろうかと、俺は少しだけ不安になっていた。
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