Cパート 何?そこの小汚いバンドは

 数日経ち、外出禁止令が解かれた後。俺たちバンドメンバーの乗った車を、ヒイラギは緊張した様子で走らせていた。オフィス街を滑るように進んでいく車の中で、俺はいけ好かないあのスチュアートの言っていたことを思い出していた。



「君たちにはバベルレコードへの監査に行ってもらう」


 突然重役室に呼び出されて言われた言葉に、俺はスチュアートを下から覗きこむように凄んでみせた。


「あ? 監査だぁ? ハッキングするんじゃねぇのかよ」

「まだバベルレコードに疑いがあるという段階だからね。もしかしたら彼らが捜査に協力的かもしれない。それを君たちには確かめてきてほしいというわけだ」


 俺の視線に一切怯まずに、こちらを見下ろしながらスチュアートは言う。


「だったらなおさら俺たちは要らねえじゃねぇかよ」

「いいや。もし協力的なら、その場でバベルレコードの管理システムにダイブして目当ての情報を探してもらう必要があるんだよ。……行ってもらえるね?」




 まるで幼子を諭すかのようなあの口調を思い出して苛々する。知らずのうちに舌打ちをしてしまっていたらしく、運転席のヒイラギがびくりと肩を震わせた。


「あの……くれぐれも粗相はしないでくださいね?」

「ああ?」

「ほら、あくまで疑いがあるっていうだけですから。必要以上に相手を警戒させるようなことは慎んでほしいっていうか……」

「断る」

「断る」


 俺と隣のMIDIは同時にヒイラギの言葉を拒絶する。公安の犬になりさがったからって、奴らの指示を全部聞いてやるつもりなんざさらさらない。


 傍らでヒイラギの言葉を鼻で笑ってみせるMIDIにならって、俺も足を組んでヒイラギの言葉を笑い飛ばしてやる。ヒイラギはひぇぇとかいう声を上げて体を丸めた。





 車を駐車場に停め、俺たちは正面玄関からバベルレコードのビルの中へと入っていく。正面玄関を一歩入ると、そこには5階分ほどの吹き抜けが広がっており、そこから、今バベルレコードが売り出しているであろうバンドやユニットの広告がぶら下げられている。


 それをぼんやり見上げながらゆっくりと歩いていると、ふとサングに袖を引かれた。


「イン、置いていかれるぞ」

「え? あ、ああ、別に分かってたし。子供じゃねぇんだから置いてかれるかよ」


 そんな俺たちに小走りで追いついてきたMIDIはサングを見てニヤニヤと笑った。


「おお、ドラムくん、ちょっと勇気出したじゃねぇの」


 それを聞いたサングはさっと俺の袖から手を離すと、俯きながら早足で歩いていってしまった。


「……なんだあいつ?」

「さぁな? 自分で気づきな」


 飄々と言いながら歩いていってしまうMIDIの後を追って、俺はヒイラギへと追いついた。


 ヒイラギはバベルレコードの社員と思しき人物と話し込んでいた。その内容には興味がない俺たちは、交渉ごとは全てヒイラギに任せて、きょろきょろと辺りを見回す。すると、上階へと繋がる大階段からカツカツと踵を鳴らしながら、一つの集団が俺たちに近付いてきた。


 10代後半ほどの女性五人で構成されたその集団は、俺たちに気付くと、俺たちを見下ろして鼻で笑ってきた。


「何? そこの小汚いバンドは」

「あ!? あんだって!?」


 ドスのきいた声で凄んでやっても、彼女たちはくすくすとこちらを笑うばかりだ。俺は苛立ちでぎりぎりと歯ぎしりをした。


「ああ、紹介しますね」


 ヒイラギと話し込んでいたバベルレコードの社員が振り返り、彼女たちを腕で示す。


「彼女たちが我が社のセキュリティバンド『トーキング・スウィート』です」

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