第208話救えた命と失われた命

 離れた場所では、轟音に驚き何事かと振り返るキリングさんの姿があります。

 子爵様の体から青い光の帯が天空を貫かんと伸び、寒空に青い炎を灯した様な錯覚すら覚えます。どの位その光は顕現していたのでしょう。

 その幻想的な景色を僕達はただジッと見つめていました。

 声をあげて命を戻す儀式の邪魔をしないように……。

 青い光の動きは当初天へ立ち昇っていましたが、今はゆっくりと降下してきています。

 まるで天におわす神が死んだはずの子爵様の元へ命を返しているかのように。

 降下に伴い徐々に上空の先から色が薄まっていき、次第に消えていきます。

 その光は子爵様の体を包み込むと、次の瞬間には何事も無かったかのように消え去りました。

 僕は恐る恐るミカちゃんに尋ねます。


「成功したの?」


 僕の声に反応し子爵様から視線を僕へと移すと――。


「分からないにゃ。でも成功して欲しいにゃ」


 仰向けに寝かされている子爵様の体をよく見れば、微かに胸が上下している事がわかります。まだ背中の傷跡は直していなかった筈ですが、血液は流れ出てはきていません。


「ミカちゃん、成功しているよ! 子爵様の体が動いているもん」

「そのようだにゃ。これでエリッサちゃんの泣き顔を見なくてす――」

「ミカちゃん!」


 ミカちゃんも子爵様の無事を確認し、言葉を呟いた所で糸が切れた人形のように意識を失ってしまいました。僕はミカちゃんを支えようとしますが、子猫の僕にそんな力はありません。ミカちゃんに覆い隠されるように潰されてしまいました。

 僕がミカちゃんの胸の中でもぞもぞ暴れていると、僕達の様子を見ていたキリングさんが駆け付けミカちゃんをどかしてくれます。


「子爵殿の蘇生は成功したのか? ミカ殿はどうした? 陛下の姿が見つからぬのだ」


 ミカちゃんに押しつぶされている僕を助け出すや否や、矢継ぎ早に言葉を投げかけられます。


「ふぅ。助かりました。子爵様の方は多分、成功していますよ。ミカちゃんは恐らく――魔力切れですね。魔族の話では子爵様が殺された時にガンバラ王は逃げ出そうとしていたと言っていましたから、もう少し先を探せばいると思いますよ」


 魔法が成功したと聞き、キリングさんが子爵様の脈を取ります。

 僕もミカちゃんも慌てていたから脈をとったりはしませんでしたが、普通は脈をとって生存確認をするんでしたね。

 しばらく首筋に掌を押し当てていたキリングさんは、手を離すと――。


「まさか本当に生き返るとは――」


 瞳を大きく見開き言葉を漏らしています。

 流石に流れ出た血液までは戻ってきませんから、直ぐに意識が戻る事は無いのでしょう。

 それでも脈が戻ったという事は、生きているという事です。

 キリングさんは見開いた瞳をミカちゃんに向けますが、今はそんな場合じゃ無いです。


「王様を探すんじゃ無かったんですか?」


 僕の言葉にハッとしたのか、立ち上がると街道の先に足を向け駆けだしました。

 僕はミカちゃんの顔を優しく舐めとります。

 魔力欠乏の状態では意味は無いでしょうけれど――何もしないよりはましです。


 それから20分後、部隊の将軍の遺体が見つかり、その先に欠損著しい国王の遺骸が発見されました。

 キリングさんに呼ばれ僕が国王の亡骸に近寄ると、贅沢な食べ物を普段から食べていたからでしょうか? それとも身に着けていた臭い袋が災いしたのか、動物が寄ってたかって亡骸を食い荒らしたようで……足も、腕も無く、顔には齧られた跡が生々しく残り、首の肉も削り取られていました。


「この状態でもミカ殿であれば助けてもらえるだろうか……」


 子爵様のように綺麗な状態でさえミカちゃんは魔力欠乏をおこしたんですから、これほど酷ければ不可能だと感じます。馬車の中でも話していた欠損が酷いと助けられないと言った話を思い出し僕は首を横に振ると、キリングさんも予想はしていたようでそうか、とだけ告げて隣に寝かされているおじさんの方を指さします。


「ではこちらの将軍の方はどうだ?」


 国王の隣に寝かされている大柄な体躯のおじさんの方は、武具を身に着けていた事もあり欠損は無いように思えます。

 でも国王を守り切れなかった将軍を助けて意味があるんでしょうか……。

 僕としてはこれ以上ミカちゃんに無理はさせたくないのですが。

 でも尋ねられた以上は答えないといけませんね。


「欠損が無い状態で、傷も子爵様と同様少ないですから多分――大丈夫ですよ。でもミカちゃんの魔力次第ですけど……」


 僕の言葉を聞いたキリングさんは、腰を落とし横たわるおじさんを抱きしめます。

 あれ?

 キリングさんおじさん趣味の●●だったんですか!

 そんな不謹慎な事を考えていましたが、キリングさんが次に発した言葉でそれは誤りだったと知ります。


「良かった。親父――すぐに助けてもらうからな」


 涙声で遺体を抱きしめそう言われれば、●●じゃない事は理解できます。

 そういえば何となくおじさんとキリングさんは似ているようにも見えますね。

 キリングさんのお父さんを蘇生させるのは完全にミカちゃんの魔力が戻ってからになりますから、それまで腐食とか進まなければいいのですが……。

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