第130話フローゼ・アンドレアの決断

 フローゼ姫が目を覚ましたのは、日が変わり街も静まり返った明け方の事です。

 冬の日の出までまだしばらくありますが、早朝の冷え込みが彼女の意識を回復させたのでしょう。


 エリッサちゃんとミカちゃん、子狐さんはまだ眠っています。

 夜中近くまでフローゼ姫を心配して起きていましたが、連日の戦闘で疲れていたのでしょう。程なくして2人も眠りにつきました。

 僕も眠りましたが、元々人とは違った生き物です。

 野生の嵯峨といいますか……眠っていても異変を察知すれば意識は覚醒します。

 子狐さんは――まだ子供ですからね。

 えっ、僕ですか?

 僕は子猫ちゃんですよ!

 子猫ちゃんは子供ではありません。あれ?


 それはさて置き、目を覚ましたフローゼ姫は眠そうに瞼を擦った後、ベッドの上に座り直し呆けた様に窓の外を見つめています。それでも瞳が虚ろでは無い事から、真っ暗な外を眺めながら、晩餐会で国王から聞いた情報を整理していると思われます。


 僕は音を立てない様にミカちゃんと一緒に眠っていたベッドから抜け出し、フローゼ姫の隣に近づきます。


 別にフローゼ姫のベッドに潜り込もうなんてしていませんから!

 ベッドの脇に来ただけですよ!


 僕が近づくと、気配を消していたつもりでしたがフローゼ姫にはばれた様で……。


「子猫ちゃん、昨晩は済まなかったな」


 小声で謝罪されました。

 僕が気配を消して気づかれるのはミカちゃんだけだと思っていましたが、僕達と一緒に旅をしている内にフローゼ姫も成長していたようですね。

 僕は首を横に振ると、ジッと彼女の顔を覗き込みます。

 泣いた形跡はありません。

 ただ顔の筋肉は強張っている様にも見受けられます。

 フローゼ姫はポツリ、ポツリと自分の生い立ちを話し出します。


「妾が生まれた時、今にも死にそうな位脆弱な赤子だったらしい。それは5歳にしても変わらず、それを変える為に父上がこの剣をくれたのだ。妾はこの剣に恥じぬ様に必死に鍛えた。父上の想いに答えられる様にな――。そして10歳の頃には国で2番目の強さを兼ね備えた姫騎士として持て囃され、父上にも母上にも自慢の娘になれたと自負していた。だが、1番には結局なれなかった。ボルグ団長がいたからな。それに妾には3つ年上の兄がいるのだがな、妾とは違い書物を読み漁り魔法研究を好んでいたが数年前に国の最高魔導士エルドーラ殿が亡くなると、その研究も滞り父上の跡を継ぐ為、帝王学を学びだし益々ひ弱な王子になっていったのだ。脆弱だった妾が強靭な肉体を得て姫騎士として生まれ変わったと言うのに……兄上が必死に研究した魔法も今の妾を見れば――きっと悔しがったに違いない。くふふ。だが、そんな家族ももうこの世には居ないのだな」


 思い出話を懐かしそうに語りながらフローゼ姫が顔を俯かせます。

 僕と出会った頃から決闘を好み、強さを求めてきた彼女にそんな過去があったとは思いもしませんでした。

 最初に会った時に僕達に言った言葉が「これから妾相手に一戦してもらおうか!」でしたからね。そんな戦闘狂の姫騎士が幼少の時に脆弱だったなんて誰も思いませんよ。


 フローゼ姫がこれから何を決断し、何を成すのかは分かりませんが、僕は仲間である以上は協力を惜しまないつもりです。

 ミカちゃんと敵対するならその限りではありませんが……。

 ただ彼女の瞳に移っているのは、気弱なそれではありません。

 やられたらやり返す、オーガのそれと良く似ています。

 笑顔の奥に闘志を滾らせる瞳です。


 僕は昨夜、エリッサちゃんと話した内容を伝えます。

 すると――。


「そうか! ではまだボルグ団長は生きているのだな!」


 寝起きの時とは真逆な、気弱さなど何処にも無い。力強い瞳で虚空を見つめ、そして彼女の覚悟を――これから何を成したいのかを僕に語りました。

 僕はこの世界にやって来た当初、伯爵からミカちゃんと逃げる事しか考えていませんでした。結果的に伯爵を成敗したのは僕達ですが……。

 でもフローゼ姫は真逆の判断を下しました。

 朝一番でここを出立し、その旅路で皆にも聞いてもらうと言い残し、フローゼ姫はベッドに横になりました。


 僕はミカちゃんの隣に戻り、眠っているミカちゃんの綺麗な顔を見つめながら、フローゼ姫が語った彼女の覚悟について考えます。

 僕は生まれながらにして子猫ちゃんです。

 毎日、ご飯が食べられて楽しければそれで満足です。

 そこにミカちゃんがいれば幸せです。


 でも人とは面白い考え方をするものですね。

 先祖が築いたものを守る。そんな生き方僕には考えられません。

 人ではなく、物であったり土地であったり。

 あ……土地を守るというのは僕と同じ猫科の生き物にもありましたね。

 人は縄張り争いとよんでいますが。

 そんな事を考えている内に僕の意識も深い闇の中に吸い込まれていきます。


 そして夢を見ます。

 その中で僕はあらゆる種族と敵対し、殺戮の限りを尽くしています。

 僕はもう止めよう。

 これ以上殺したらミカちゃんに嫌われる。

 そう必死に願いますが、夢の中の僕は狂気を含んだ笑みを浮かべて暴れまわります。

 そして――暴れまわった先には3人の少女が立ちふさがります。

 光り輝く剣を携えたフローゼ姫と、肩に子狐さんを乗せたエリッサちゃん、怒ったミカちゃんによって僕は殺されてしまいました。


 夢の中で殺され、深淵に落ちていく途中で声を聞きます。


 優しいく、愛おしい彼女の声です。


「子猫ちゃん! 子猫ちゃん!」


 僕は重い瞼を開きます。


 そこには――。


 必死な表情で僕を抱き上げ抱きしめているミカちゃんの姿がありました。


「やっと起きたにゃ! 子猫ちゃん、眠りながら魔法を使うから心配したにゃ!」


 焦った面持ちから一転、ホッと嘆息するとミカちゃんは僕に語り掛けます。

 眠りながら魔法?

 何を言っているんでしょう……。

 僕が何の事か尋ねると――僕は眠った状態で自身の体を黒い粒子で覆い始めたと話してくれました。勿論僕はそんな事をした記憶はありません。

 夢の中で闇に落ちていく瞬間を悲しく感じていただけです。

 僕は夢の内容を隠し、悲しい夢を見たけれどどんな夢かは忘れたと告げます。

 ミカちゃんは笑いながら、


「夢とはそういうものにゃ! 目が覚めたら忘れているにゃ!」


 と、教えてくれました。

 でもあれは本当に夢なんでしょうか……。

 やけに現実味がある、僕にとってはとても怖い夢でした。


 僕が起きた事で、廊下にいたメイドさんに食堂までの案内を申し出ます。

 どうやら寝過ごしたのは僕だけだったようです。

 食事の用意が出来たと呼びに来たメイドさんを待たせて、僕の異変を皆で隠してくれていたようです。


 食堂に入ると国王、王子は既に席に着いていて王妃は気分が優れない為に部屋で休んでいると言っていました。

 朝食は簡単な料理でしたが、それでも大国の王宮料理です。

 宿よりも数段格上の料理を平らげ、お腹も満たしたタイミングで国王に予定通りこれから出立したい旨を伝えると、これから何処に向かうのかを尋ねられます。

 特に秘密にする事でも無いので、エルストラン皇国を通りアンドレア国へ向かうと伝えると――。


「エルストラン皇国への道は現在閉ざされておる。そなたらが望むのであれば北にあるヒュンデリーの街までワイバーンで送ろう。そこなら旧アンドレア国と隣り合わせにあるドレイストーン国への街道も走っておる。如何かな?」


 大国であるガンバラ王国も数年前よりエルストラン皇国と国境を挟みきな臭い衝突が絶えず起きている為、予定していた国境は数日前から閉ざされたと告げられますが、その代わりに北からの迂回路を提案されました。

 一刻も早く向かいたいですが、下手にエルストラン皇国を刺激して戦闘になったら大変です。仮に国境を突破出来たとしても、アンドレア国までに一体いくつの街を通る事になるやら。それを考えれば迂回する方がいいかもしれません。

 僕達は一斉にフローゼ姫を見つめます。


 フローゼ姫の出した答えは――。

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