第122話少年の正体
突然腰痛を引き起こし、蹲ったお爺さんを認めた穴の中の人が声をあげます。
「爺や!」
僕達の視線が声を発した者へと集まります。
なんだ――さっき口篭っていた少年じゃないですか。
「おぉ、坊ちゃま。ご無事で何より」
瞳を潤ませ地面に額を擦りつけるとお爺さんが、泣き崩れました。
あれ?
泣いていませんね。
これ何ていうんでしたっけ……平伏だ。
何故かお爺さんは少年に平伏しています。この姿勢を取るという事は、少年は偉い人なんでしょうか。
「これそなた達、坊ちゃまをこの様な場所に――。早く解放してくだされ」
命令している口調で頼み事とか、器用なお爺さんですね。
別に弱そうな少年1人を解放した所で、優勢がひっくり返る事はありませんが。このお爺さんの態度を見ればあの少年が、この隊の責任者ですかね?
隊の責任者を尋ねた時に、我が身可愛さから黙っていた少年ですか。
何とも立派な指揮官で。
歳の功はエリッサちゃんと左程変わらなく見えます。
少年だからとはいい訳にもなりません。人質に取られるのを配下の者に止められ、名乗り出せなかったのならまだ分りますか。
僕がその少年を呆け顔で見ながら、考えていると、フローゼ姫が口を開きました。
「そこの者、まだ妾の誰何に答えてはおらぬぞ」
お爺さんが勝手に先走ってくれたお陰で、置行堀を食らっていたフローゼ姫が若干怒気を含んだ声音で尋ねます。
流石に、スルーされれば怒りますよね。
これでも王女な訳ですから。
「おぉ、これは失礼いたしました。坊ちゃまの無事な姿を目に入れ安堵しきっておりました。私奴はガンバラ王国、王室お抱え執刀執事のマキシマムと申します」
身なりから偉い人の執事さんだとは思いましたが、また王族の執刀執事ですか。この世界の王族や貴族は執刀執事を代役や交渉に出すのが普通なのでしょうかね?
「王室お抱えという事は――そこの少年は」
「左様で御座います。王子のトベルスキー・ガンバラ様に御座います。さぁ、分ったのなら早々に解放しなされ」
フローゼ姫の誘導にあっさり乗ってきたお爺さんは、この少年の身元を明かします。この隊で一番偉い人ですか。しかも王子様。
「この国の王子であれば話が早い。話をする気があるならこの縄を上ってくるといいだろう」
フローゼ姫は穴の中に、片方を杭に固定した縄を下ろします。
一定の間隔で結び目が付いていて、上りやすく加工された縄です。
穴の中では。王子おやめ下さい、王子これは罠です、王子ここは私が身代わりに……など他の騎士達から止められています。罠も何も既に拘束していないだけで監禁している様なものです。しかも殺す訳では無いので身代わりなど意味はありません。
「妾達は獣人の仲間と旅をしているだけだ。それを一方的に危害を加えて来たのはその方達だ。どの様な了見か尋ねたいだけなのだがな……」
「――そんな筈は」
王子はフローゼ姫の言葉を聞いても逡巡しています。
煮え切らない男は嫌われますよ!
王子が決断出来ない様なので、僕達は穴の側で野営の準備に入ります。
僕達の持ってきていた食糧、着替えは上空からの投石によって破壊されました。
食糧はワイバーンから魔石を回収する時に、肉を人数分切り取っています。
フライパンの代わりが見つからなかったので、ワイバーンに騎乗し墜落によって亡くなった騎士の鎧を近くの小川で洗い代用します。
え……死者の装備をそんな事に使って良いのかって?
生きるという事は、そういう事なんですよ。
綺麗ごとでは無いのです。
人間は生きる為では無く私利私欲の為に争いを行い、人を殺します。
それに比べれば可愛いものだと思いませんか?
程よく熱した鎧にワイバーンのハンバーグを乗せて焼きます。
周囲に香ばしい匂いが漂い、少し焦げ目が付いた頃合で穴の中から声が掛かりました。
「対話に応じよう!」
偉そうに応じようじゃ無いですよ。きっとハンバーグの香りに引き付けられ胃袋が刺激されたからに違いありません。
それでもこの国の王子です。無下には扱えません。
ゆっくり縄を上ってくる王子にフローゼ姫が手を差し出すと、王子は頬を赤らめながらその手を取りました。
「あ、ありがとう。助かった」
「いや、気にするな」
フローゼ姫はいつもと何ら変わりありませんが、この王子――穴の中とは態度が全然違います。何でフローゼ姫と会話してキョドっているんですかね?
「今から食事をする所にゃ。話し合いの前に食事でもどうかにゃ?」
ミカちゃんが王子に食事を勧めると――。
「良きに計らえ!」
何偉そうに言ってくれちゃっているんでしょう。
この言葉って貴方を信用して任せますとも取れますが、悪く考えれば、手を煩わせるな! って意味ですよね?
お婆さんが、私の若い頃にもこんな話し方をする人は居なかったわ。と、漏らしていたのを聞いた事がありますよ!
ミカちゃんが身分を考え、最初に王子にハンバーグを乗せた葉っぱを差し出すと――誰が毒見をするんだ? 失礼な事を言い出しました。
ミカちゃんが作ってくれた料理に毒なんて入っている訳がありません。
この王子、余程死にたいらしいですね。
僕がイラついていると、フローゼ姫が苦笑いを浮かべながら、
「誰も王子を亡き者にしようなどとは思ってはおらぬ、言葉では信用出来ないのならそれは妾が頂こう」
王子の反応を待たず、フローゼ姫が王子の目の前から葉っぱの皿を自分の目の前に持って行くと、待ちきれなかったとでも言うように木で作ったフォークを使い食べ始めました。
調味料は各自がもつポーチに入れてあった為、投石の難からは免れました。
鼻孔を刺激するスパイスと、肉の香ばしい香りが僕達の胃袋をゆさぶりハンバーグを焼いているミカちゃんのお腹が、くぅ~と、可愛く鳴りました。
ミカちゃんが恥ずかしそうに、頬を染めます。
すると王子が――。
「おい! 給仕の獣人。俺にも早く寄越せ」
今はミカちゃんが如何に可愛いかを表現する場面ですよね?
それを台無しにしたばかりか――ミカちゃんを召使の様に扱いました。
――カチーン。
僕の中で苛立ちが弾け、次の瞬間には王子の恐らく自慢なのでしょう。長く艶のある金髪を爪がばっさり頭皮から刈り取りました。
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