第117話王国軍
僕とミカちゃんでも、雲の中に隠れていたワイバーンに気づくのは無理です。
ワイバーンに騎乗している隊長格の人が声をあげ、兵に命令を出した所で漸く気づく事が出来ましたが、既に遅くワイバーンに吊るされていた籠を繋ぐロープは切られ、中に入っていた大量の石が上空から一斉に降り注いできます。
「にゃ! 上空から攻撃が来るにゃ!」
ミカちゃんが咄嗟に皆に注意を呼びかけ、僕は皆に結界魔法を掛けますが上空1000mから落された石は地上まで10秒弱で落下してきます。ミカちゃん、エリッサちゃん、フローゼ姫に掛けた所で――ズダダダダダーン。物凄い轟音を撒き散らして石は馬車に直撃。それぞれの石の大きさは人の握り拳程ですが、その破壊力は中々のものです。
石は馬車の板を軽々と貫き、弾き飛ばし、アルフヘイムから僕達を乗せ砂漠を越えてくれた馬さんにも石が当り、短く嘶くと死んでしまいました。
僕達の周囲は血臭と瓦礫の山となっています。
結界のお陰で僕達は無事です。
エリッサちゃんが子狐さんを抱き締め、僕をミカちゃんが抱かかえてくれたお陰で皆無傷ですが、馬車と馬さんは原型を留めていません。
僕達の無事な姿を認めたワイバーン部隊の後続が、さらに続いて石を落してきます。僕達は壊れた馬車を放棄し馬車から離れます。
ズダダダダダダダダダダダーン、と先程よりも幾分か長く衝撃音が鳴り響き地面にも穴を穿ちます。
僕はミカちゃんの腕から飛び出すと、子狐さんと自分にも結界魔法を掛けます。
もう好きにはさせませんよ!
僕は上空に向かって爪を飛ばします。
爪はワイバーンに届かずに霧散してしまいました。
先日の伝令より遥か高みから投石しています。
あれを打ち落とすには――消滅魔法しかありませんが、爪が届かない事を見て取ったミカちゃんが僕の思考を先読みし声を上げます。
「子猫ちゃん。駄目にゃ!」
「でも――」
「投石されても、結界のお陰で私達にはこれ以上の被害は出ないにゃ」
一方的な攻撃に晒されるのは精神的に堪えます。
「ミカ殿、ここは人命云々を言っている場合ではないぞ!」
「私もそう思いますわ」
上空のワイバーンは30体はいます。仮に10体で編隊を組んで3回に分けて投石を行ったとしても、石を用意している場所に戻られ補給を繰り返されれば延々と投石に晒され続ける事になります。
しかも馬車を失った僕達の足は遅いです。
生憎とここには身を隠せる林も、高い木々もありません。
せめて同じ地上戦であれば真っ直ぐ突っ込んで行けるものを……。
僕達が話し合いをしている間にも、結界に投石が次々と当っていきます。
僕の結界がこれほどの攻撃に晒された事は、一度もありません。
いつ結界が霧散してしまってもおかしくない現状です。
「ミカちゃんは僕が考え無しに人を殺す子猫になるんじゃないかと、危惧しているんですね?」
「それもあるにゃ」
「僕は考えなしに人殺しをしませんよ。僕がそれをするのは大切な人を守る時ですからね」
僕が真剣な表情でそれを伝えると――。
僕の瞳を真っ直ぐに見つめて聞いていた、ミカちゃんの頬が若干赤らみます。
そして、
「上空のワイバーンから逃れられればいいにゃ。新しく覚えた魔法を使うにゃ
」
ミカちゃんが覚えたばかりの魔法を使う様です。
何を覚えたんでしたっけ?
掌を上空に翳し魔力を纏わせます。
これは水滴でしょうか……。
僕の重力殲滅魔法のように、水の粒子が周囲に拡散して広がって行きます。
広がった粒子は風に乗るとふわふわと漂い始め――。
次の瞬間にはあたり一面、視界2mしか無い濃霧が発生していました。
これなら僕達の姿は霧に隠れて上空からも、どこかで見ている本隊の目からも逃れる事は出来そうですね。
さすがミカちゃんです。
「馬さんと馬車は勿体無い事をしたにゃ。ここからは歩くしか無いにゃ」
僕達は街道から外れると、北東へ向けて歩き始めます。
ミカちゃんは途中、霧の範囲から出る前に、追加で濃霧の魔法を行使します。
僕達が差し掛かった丘の向こうには、いくつもの丘が並び何処に敵が隠れているのか分りませんでした。最も、ミカちゃんの魔法のお陰で前方は全くと言って良い程、見えないのですが……。またどんな手を使っているのかは分りませんが、匂いもしません。濃い霧の中で頼りになるのは耳だけです。
僕もミカちゃんも耳をピンと上に付きたて、時々左右に傾けながら微かな音も聞き逃さないように注意します。
二つ目の丘を越えて丘の稜線を進んでいると――。
「いったいこの霧は何だ、気温が温かくも無いのにおかしいでは無いか!」
「はぁ、現在調査中です。空からもワイバーン部隊に調べさせておりますので、もうしばらく――」
「何を悠長な事を……マクベイラー侯爵の騎士隊を壊滅に追い込んだ敵だぞ。この隙に逃げられたらどうするつもりだ!」
「しかしこの霧では、我が軍も身動きが取れません」
距離的にはまだ100mは離れていると思われますが、この霧の影響で敵も混乱している様子の声音を僕とミカちゃんの耳は拾います。
ミカちゃんが小声で、止るにゃ。と伝えると他の二人もそれに倣います。
「ミカ殿、何かあったのか?」
フローゼ姫もミカちゃんの真似をして小声で問いかけてきます。
「敵と思われる人の話し声が聞こえるにゃ。距離は――前方100m位にゃ」
ミカちゃんの言葉を聞いた、フローゼ姫の青の瞳がキラリと光ります。
「となると――王国軍か!」
「多分そうにゃ」
幸い向こうにはまだ気づかれてはいません。
不意を付かれた落とし前を付けるのなら今なのですが……。
ミカちゃんなら戦いを回避出来る方法があれば、それを選択するでしょう。
でもフローゼ姫は違うようです。
「今が好機では無いか? ここで逃げ出しても空の上から監視されていてはこの国を出る前に見つかってしまうだろう。ならいっその事ここで――」
余程上空から一方的に石を落されたのが腹に据えかねた様子で、奇襲を提案してきました。
他国との争いは、避けるのでは無かったのでは無いんですかね?
確かにフローゼ姫の言うように、ここで逃れても必ず見つかるでしょう。
でも僕はミカちゃんの方針に従います。
「弱い者虐めはあまり気が進まないにゃ。でもやると言うなら――威力は落してやるにゃ」
苦笑いを浮かべそう語るミカちゃんは、僕の瞳をジッと見つめます。
そして――。
「今回は子猫ちゃんにはサポートに回って欲しいにゃ」
そう言われたのでした。
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