第51話フローゼ姫との決闘
僕達は子爵様の騎士達が訓練する練習場に来ています。雑草は綺麗に刈り取られ、足元にも凹凸が無く、お婆ちゃんの家の近所にあった子供達が勉強をする場所にある運動場と似ている場所です。
「ここなら足元をすくわれる事も無いだろう。いい訓練場だ!」
練習場に足を入れたフローゼ姫はご機嫌な口調で褒め称えた。
「有難う御座います。兵達がよく整備してくれておりますれば」
子爵様の返答にフローゼ姫も満足気に頷くと、ミカちゃんに向き直り、
「英雄殿は武器とかは持たないのか?」
ミカちゃんが、武器を一切身に付けていない事を訝しんでそう切り出す。
「私は武器を持ってないにゃ。いつも魔法ですにゃ」
魔法と聞いて意外そうな顔をするフローゼ姫であったが、オーガを討伐出来る程の魔法なのかと思い至り、背筋に寒気が走った。
「オーガを倒したのもその魔法でか?」
「そうですにゃ!」
フローゼ姫は確認の為に聞いただけであったが、ミカから発せられた答えは魔法で倒したというものであった。獣人の魔力は世間一般に知れ渡っている程、少ない。というのがフローゼ姫の知る常識であった。とてもAランクのオーガを倒せる程の威力がある魔法は使えない筈なのだが、ミカから語られた言葉が真実ならば、その常識は破綻する。
武道に関しては常に真剣に向き合ってきたフローゼであったが、対魔法となると数年前に無くなった国の最高魔導師のエルドーラ亡き今、ランクの低い魔導師との練習経験しか無い。
しばしの間、思考していたフローゼ姫であったが、意を決し――。
「それでは、武器は持たなくていいのだな、ハンデとして少し距離は開けよう」
そう言って、ミカから距離を置くべく歩き出した。
「別に距離を離さなくても……」
ミカちゃんが、距離を離さなくてもいいと伝えようとした所で、巌の様な騎士団長がミカちゃんの目の前に掌を指し込みその発言を止められた。
発言を止められたミカちゃんが騎士団長を見上げると、
「これは騎士としての、矜持の問題だ。好きにさせてやれ」
ミカちゃんを見下ろし、そんな事を言われた。
距離を離したら、まずミカちゃんの元に到着する前に勝負は決するでしょう。それを承知でフローゼ姫の騎士としてのプライドを尊重した様です。
フローゼ姫との距離が20mは開きました。
すると騎士団長がミカちゃんとフローゼ姫の中間でも対角線には割り込まない場所まで歩いていき、片手を真上に掲げます。
次の瞬間――。
「試合開始!」
大きな声で試合の開始が宣告されます。
フローゼ姫はミカちゃんの挙動を見逃さない様にジッと見つめながら素早く駆け出します。
ミカちゃんは既に掌を前方に向け、腕の周囲が光輝きだしています。どの魔法を使うのでしょう……サンダーや氷結では恐らくフローゼ姫は死んでしまいます。僕が、興味津々で見つめていると、ミカちゃんが唇を吊り上げ次の瞬間に水滴がフローゼ姫の足元に降りかかります。
これ、この前僕が敵兵に使って足止めした魔法ですね。
「何……っ!」
降り掛かった水滴は一瞬で冷たい氷と化し、駆け出していたフローゼ姫の足を地面に氷漬け止めました。下半身が一瞬で凍り付いた為にフローゼ姫が苦悶の表情を浮かべ声を漏らします。足を取られ上半身は駆け出した勢いのままにつんのめります。手にしていた剣を杖代わりにして倒れるのだけは持ち堪えたフローゼ姫でしたが、それだけの隙があればミカちゃんが接近するのにそう時間は掛かりません。
フローゼ姫の後ろに素早く駆け寄ると、ミカちゃんはかすかに微笑みながら小さく可愛い指を首に添え当てました。指を首に突きつけられたフローゼ姫は一瞬、信じられないような表情をしましたが、やがて俯き、
「負けました」
そうポツリと告げた。
「勝負あり!勝者、ミカ殿!」
騎士団長の大きな声で勝敗が宣告されると、エリッサちゃんが『ミカさ~ん』と楽しそうにミカちゃんに駆け寄ります。僕もエリッサちゃんに負けないように走ります。子爵様は、フローゼ姫を心配しそちらに駆け寄りました。
フローゼ姫は足元を凍らされた時に、足首を捻った様で、瞼を顰めて足首を押さえています。
ミカちゃんは、その様子を認めて素早く掌をフローゼ姫の足首へと添えます。
「一体何を……」
ミカちゃんが魔法発動状態に入った事を見て、フローゼ姫が短く声を発します。すると青くぽわんと輝きその光が患部へと浸透するように消えていきました。
「うん? ――あれ、痛くなくなったぞ!」
回復魔法を掛けて貰ったフローゼ姫はしりもちを着いた格好で、痛みが取れた事に驚き無事を皆に知らせます。
「ほう、ブリザードだけでなく、ヒーリングも使えるのか」
騎士団長が感心した様にそう漏らします。でもミカちゃんの本気はこんなものじゃ無いですからね。
対戦相手に破れたうえに回復魔法まで掛けて貰ったフローゼ姫は、ミカちゃんを見上げながら、
「疑って済まなかった。ミカ殿」
バツが悪そうな表情でそう語った。
「獣人は魔力が低いと言われているのは知っているにゃ。だから気にしなくてもいいにゃ!」
はにかみながら、そうミカちゃんが話していると……。
「よし! 次は、俺の番だな」
そう言って不敵な笑いを浮かべ、騎士団長がミカちゃんに宣告した。
冗談じゃないですよ! 次は僕の出番に決っているじゃないですか。僕は騎士団長に抗議します。
「みゃぁ~!みゃぁ~!」
「ん、なんだ、この猫は……」
急にミカちゃんの隣にいた、僕が鳴き出した事を不思議に感じた騎士団長がミカちゃんに問いかけます。
「にゃは! 子猫ちゃんが次は子猫ちゃんの番だ! そう言っていますにゃ」
「はっ……」
苦笑いを浮かべ、ミカちゃんが騎士団長に伝えてくれます。騎士団長は、訳がわからずに口を半開きにして小首を傾げていますが、強面の顔でそんな表情をしても全然可愛くはありませんから!
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