―Mary the phantom― 大怪盗魔梨花

泉花凜 IZUMI KARIN

💛第一幕「女怪盗」

予告 覚醒

 薄暗い地下牢にいた。

 手足が動かなかった。

 何かに縛られているようだった。

「起きて」

 姉の声が聞こえた。

「起きなさい」

 なぜ姉だとわかるのだろう。意識すらないというのに。いや、待て、意識がなかったら、そもそも人の声など聞こえないはずだ。ということは、「私」は死んでいないのか? では、ここはどこだ? 牢屋? そもそも、「私」は誰だ?

魔梨花マリカ

 ああ、そうだ。『櫻井魔梨花サクライ マリカ』だ、私は。どうして忘れていたのだろう。

「お姉ちゃん?」

 何だ、声が出るじゃないか。自分の声は女性にしては低めだろうか。でも甘くて心地いい響きだと誰かが言ってくれた。

「他の人のことは考えないで」

 ああ、お姉ちゃん、ごめんなさい。

「いいのよ。それより、目を開けて」

 はい。

 パチ、と瞼を上げた。

 巨大なモニターに、お姉ちゃんの顔が映っている。綺麗な茶色の髪。優しい目。うちの家族はみんな美人だ。

「ありがとう。それより、これを見て」

 また映像が変わる。

 現れたのは、きつい目つきの、憎たらしい顔をした男だった。なぜこんなに私を睨んでくるのだろう。

「こいつは、黒子(クロコ)というの」

「変な名前」

 思わず吹き出してしまった。

「『黒曜石オプシディアン』を瞳に宿しているわ」

 なるほど。

「あなたの『ルビー』で、滅茶苦茶にして」

 わかった。

「さあ、行きなさい。武器は全部……」

「大丈夫だよ。身体中に仕込んであるから」

 そう、私は女。戦う人。お姉ちゃんに仕込まれた格闘術と、かけがえのない仲間がいてくれる。だから何も怖くない。

「やっと起きたか」

 あら、藤井(フジイ)ひかり。

「こっちも忘れないでよ」

 武井日奈子(タケイ ヒナコ)じゃない。

「私たち、いつも三人でやってきたでしょ?」

 当たり前。

「早くバイクに乗れよ。暴れたくてしょうがない」

 まあ、三人も乗れるの? ヘルメットも可愛い。

「ひかりの後ろは私だからね!」

 わかってるってば。甘えん坊だなあ。

 

 グオオオオオオオオオオオオオ……。


 凄まじいエンジン音が流れ続けている。


 バチバチバチッ!!


 強い静電気のような痺れが起きた。

 周りの景色が、一変する。

 光速のスピードでバイクが走る。日奈子の長い黒髪が顔にかかって、くすぐったい。しっとりした髪だな。この子はとても見た目に気を使っているから。

「着いたぞ」

 下を見ると、目的地だった。

 ネオンの光が、人の命の灯みたいだ。

 今は夜か。お月様を見上げると、満月だった。

 だから、か。

 とても気持ちがいいのは。

 力がどんどん湧いてくる。

 気分がハイになっていく。

「準備は出来た?」

 もうちょっと待って、日奈子。

「お前は充電に時間がかかるからな」

 ごめんね、ひかり。

「いいよ」

 ネオンの輝きが強くなっていく。命が躍っているようだ。

 私はこれから、「それ」を奪う。

 大切な誰かの宝物を。

 私たちは、宝石強盗だから。

 世間では『怪盗マリー』なんて言われて、もてはやされているけど。

「いいじゃない。マスメディアがあおってくれれば、かえって仕事がやりやすいわ」

「そうかな」

「お、声が出た。じゃあ行くぞ。しっかり掴まってな」

「うん」

 ひかりが、一段と凄い音を出した。まるで世界が叫んでいるみたい。

「レディ、ゴーッ!!」

「イッツ、ショーターイム!!」

 始めよう。

 大切な人を、奪うために。


   「怪盗魔梨花、いよいよ放送!」


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