無双不可能な能力だって、世界を救うことくらいできますよ

瀬戸家の宇治抹茶

プロローグ

「ここは、全国各地から集められた才能がある中学生のみ入学できる学園だ。悪いが、才能があると認められない学生の受験を許可することは出来ない。」


受験当日のことだった。中学でも頭の良い方だった俺は、大学進学に有利だというこの高校を単願にしぼって受験した。担任の教師からも、まず落ちることはないだろうと言われ、親からは奨学金を狙えると言われた。当然俺自身も落ちることは絶対にない。と気楽な気持ちでいた。ところがこの有様である。全くもって訳が分からない。受験できないことを、なぜ受験会場にくるまで知らなかった?いや、まず根本的になぜ試験も受けていないのに才能云々を判別できる?なにをもって俺に才能がないと言っているんだ?考えれば考えるほど、頭に疑問符しか浮かんでこない。もうどうすればいいのかわからない。このまま中学浪人するのだろうか…。


「御島ァ、お前ここ受けんの?」


声の主は俺と同じ中学校の奴だった。あまり関わりがなかったため名前はよく覚えていない。確か…宇田だったか。


「宇田さん、なんか受験できないらしいんだけど…」


ちなみに俺は女子相手には丁寧な言葉遣いである。決してコミュ障ではない。決してない。


「あんたさ、一応3年間一緒の学校だった奴の名前間違えるってどうなのよ。宇賀よ、宇賀」


今覚えたから安心してくれ。もう会うことはないが。


「それより受験できないってどういうことよ。あそこに係員の人が立ってるじゃない。すみませーん!」


だから、その人に追い返されたんだよ俺は。そんなことやったって無駄だ……


「ほらね、受験できるじゃない。先行くわよー」


嘘だろ…。さっきの俺への対応とはまるで違う。すんなりと中へ入っていった。一体何が俺と宇賀を差別化している?普通に考えて、勉強は俺の方が確実にできる。運動神経だってあいつとは五分五分なはずだ。芸術的才能か?ボランティア精神か?そんなものは持ち合わせていないが、あいつにだってそんなものがあるとは思えない。やっぱり別の何かがあるのか?


そうしてふと、周りを見てみた。よく見ると、俺の他にも追い返されているのが結構いる。いや、追い返されている奴の方が多いか?でも、宇賀みたいにちゃんと入場出来ている奴も…。


そこで気がついた。入場する奴は皆、何か手に巻き付けている。よく分からないが、あれさえあれば入場できるんだな…。俺は周りを見わたした。


どこかにアレを配っているところはないか。誰かアレを落とした奴はいないか。誰か盗んでもバレなさそうな奴はいないか。ここまでくると必死だった。悪事を働かせまいとする気持ちより、ただ入場したいという気持ちの方が勝っていた。俺は必死の思いで探し回った。校庭の隅から隅まで這い回った。どんなに小さな岩でも必ずどけた。何かを得ようとしているというよりは、飢えをしのごうとしているといった表現が正しいかもしれない。


でも、何時間探しても、俺の腕には腕時計しか付いていなかった。受験終了の5時になった。俺の中の全てが終わった。途端に憎悪や怒りが芽生えたが、それと同時に、謎の達成感がこみ上げてきた。達成など何もしていないはずなのに。どうしてか俺は、こみ上げてくる達成感と視界が揺れるのを、抑えることが出来なかった。




「こんな所で寝ている奴は、まさかウチの生徒ではないよな?」


聞いたことのない声だったが、確かに聞いた覚えのあるような声だった。今日初めて聞いたはずなのに、心の隅でこの声が何かに引っかかる。そんな感じだ。

ウチのと言ったからには、ここの教師だろう。どうせ入学できないのだから、いっそここでずっと寝てやろうか。そう思った。だが次の瞬間、声の主はありえない言葉を発した。


「今日、1人の来年度新入生が自殺した。原因は親からの虐待だそうだ。ということで、1つだけリストバンドが返却された。」


ゴクリ、と自分の喉が鳴ったのを感じた。


「勘のいい君なら、今私が言ったことの意味がきっとわかるはずだ。」


躊躇など微塵もなかった。


「俺に、それをください」

「ついてこい」


即答だった。おそらく相手も俺の答えは分かっていたのだろう。連れてこられた場所は、とても広くて圧倒された。学校の中にこんなに広い場所があるのか…


「今から、繰り上がり新入生信任試験を行うッ!」


あぁ、体がとても震えている。人生でこんなに試験に対して緊張を覚えたのは初めてかもしれない。


「問題は1問だけ、面接形式で行う。くれぐれも考え込んだりせず、あくまで直感で答えるように。それでは質問をする。」


直感!?そんなことで試験ができるのか!?まぁ、ここで間違えたら本当に終わりだ。自分を信じよう。


「今日自殺した学生は、名を宇賀 喜美子という。君と同じ中学校なのは知っているね?」


え…?今日の朝、普通に会話したんだが…。宇賀さんは生きている。これは問題なのだから、あくまでフィクションだ。きっと自殺したのは宇賀さんじゃない。


「君がもし宇賀さんの立場だったら、自殺するか?それとも親を殺す?それとも警察に駆け込むか?さぁ、どうする」


直感で答える。それだけを意識する。決して選択肢が提示されている訳じゃない。これは自分のやりたいことを素直に言えばいいだけ。俺は質問がされるとほぼ同時に答えた。


「親を殺して警察に自首した後、刑務所で自殺します」


自分の意見をすんなりと言えた。もうこれで思い残すことは無い。俺は確信した。きっと、やれたと。


「試験結果を発表する。本試験を合格とし、御島 由季を来年度新入生として認めようッ!」


途端に全身の力が抜け、俺は床に倒れ込んだ。

屋内のはずなのに、とても綺麗な夜空が見えた。






昨日はあのまま寝てしまったらしく、合格した後のことをはっきりと覚えていない。そろそろ学校の時間なので、勢いよく家を飛び出した。いつものように門を開け、家に鍵をかける。そしてまた、いつものようにポストを開けた。中には、封筒が3つ入っていた。


一つは電気会社からのお知らせ。もう一つは塾の高校入学セミナーのお知らせ。あと一つは差出人が書いていなかったので、開けてみた。中にはリストバンドと、試験の結果表と、入学の手続きの書類が入っていた。試験の結果表を見ると、なんと奨学生の資格がついていた。改めて、自分は合格したのだと感じられた。不思議と笑みがこぼれ、学校に向かう足取りも軽くなっていた。俺が手にしたリストバンドにはこう書いてあった。


「Believe and act as if it were impossible to fail.」

失敗なんて有り得ないと信じてやってみろ、か。


そんな学園生活が送れるといいな。と思った。

合格通知に載っている御島 由季の字が、何だか誇らしく見えた。


この時まだ俺は、この学校の真の姿を知らなかった。

そして、自分の才能とやらにも。


案の定遅刻して中学校に着いた俺は、朝のホームルームの中教室に入っていった。クラスメイトにからかわれるのを適当に笑ってあしらった。だが、先生の話を聞いて、俺を含めクラスメイト全員の笑顔が消えた。


「皆さんに大事な話があります。一昨日、隣のクラスの宇賀喜美子さんがお亡くなりになりました。大変悲しいことですが、騒ぎ立てるのはくれぐれもやめて…」


先生の話が終わる前にみんなが騒ぎ出した。原因はとか誰が殺しただとか、色々なことを言っている。だが、一番驚いているのは俺だろう。だって、昨日現に俺は宇賀に会っている。ちゃんと会話もした。間違いなく宇賀は生きているはずだ。おかしい。いや、俺がおかしいのか?俺の見たのは幻なのか?あの先生が出した問題は事実だったのか?冷や汗が止まらない。


今日はこの後、吐き気がすると言って家に帰った。

卒業式まであと二日ある。それまでに何としてでも、宇賀は本当に死んだのかを知りたい。普通はここで宇賀の家なりに行くんだろうが、俺は敢えてあの高校に行った。




「何か私に聞きたいことがあるんだろう?」


俺は2つのことに驚きを隠せなかった。1つは、俺の意図をまるで予知したかのように、校門前に予め立っていたこと。もう一つは、この先生の肩書きである。名札のようなものを見てみると、「甘城高校 学校長 福峯 剛」と書いてあった。まさか俺は校長直々の試験を受けたのか?奨学生の資格が貰えた理由はこれかもしれない。そう思うと自分のしたことがずるい事のように思えてきた。だが、今一番大事な事はそれではなかった。


「はい。宇賀喜美子は本当に死んだんですか?」


やっぱりこの問いも予知できていたようで、すぐに答えを返される。


「昨日も言った通り、宇賀喜美子は自殺したんだよ。」


ここで俺はようやく気がついた。宇賀喜美子が死んだ理由が親からの虐待だとしたら、この校長はそれを知ることが出来ないはずだ。自分たちが虐待したせいで娘が自殺したことを、人に言う親はまずいない。公務員という立場のこの男にそんな事を言ったら、自分たちが逮捕されるのは、容易に想像がつく。


「校長先生はなんで宇賀喜美子が自殺したことを、そしてそれの原因を知っているんですか?」


つい口から出てしまった。言った後にしくじったな、と思った。この校長が虐待に加担していた可能性だってあるのだ。こんなことを聞いたら間違いなく俺も殺されてしまう…。


「そうか、君はまだこの学園でいう"才能"について理解していないのか。説明してやる、ついてこい」


そしてまた俺は、あの広い場所に連れてこられた。校長の説明を要約すると、こういうことらしい。



まず、人間には、それぞれに違った特異能力というものがあるらしい。しかし、その能力にも色々あって、世界を滅ぼせるような恐ろしい能力の持ち主もいれば、なんの役にも立たない能力者もいるんだとか。ただその能力を発現できるかは別で、99%の人間は死ぬまで能力を発現できない。この能力を発現できることを、才能といい、この学園の全ての人間が才能を持っている。この学園の生徒は、巨大な能力を持った人間の才能を開花させないために、能力を使うのだ。



「大体はわかりましたけど、それじゃあ先生の能力は何なんですか?」


ずっと気になっていたことだ。そんな強者揃いの学校の校長ということなら、とてつもない能力の持ち主なのだろう。


「私の能力は"虫の知らせ"と言ってな。周囲の人に危険が及んだり、困っている人がいると私の頭の中に信号が送られてくるんだ」


もっとすごい能力かと思っていたが、意外と実用性がある、現実的な能力だった。でも、確かにこの能力があるならば、宇賀喜美子の死を予知できるし、俺がここに来ることもわかっただろう。ただ、この能力では宇賀への虐待行為を止めることは出来ない。あくまでこの能力は"知る"ことしか出来ないからだ。


「そして本題だ。君の能力が何なのか」


そうだ。俺がこの学園に入れたのは、俺に才能があるからだろう。


「まず、思い出してほしい。宇賀が死んだ次の日、つまり君の受験本番の日だ。君は宇賀と会ったと言っていたな」


「はい」


確かに記憶に残っている。宇賀が入場したのを俺はこの目ではっきり見ていた。


「だが、係員として外で案内をしていた教師全員に聞いたところ、そんな生徒は来ていないそうだ。このことから、君の能力が何なのか、かなり絞られてくる」


死人が見える能力みたいなものか。それは結構実用性があるんじゃないか?会話は出来るわけだし、殺人事件の被害者の霊に犯人を聞くことだって可能になる。

だが、そんな都合のいい能力を持っているわけがなかった。


「能力解析班のデータを見ると、君の能力はどうやら常設タイプらしい。」


能力には三種類あるようで、一つは常設タイプ。例えば、見えないものが見える能力だとか、校長の能力とかはこれに分類される。常時発動している能力は全てこのタイプだ。


二つ目は変化タイプ。体の一部を特質化させたり、動物に変身したりする能力がこれに含まれる。


三つ目は発動タイプ。瞬間移動や創成など、自分の意思で発動できる能力はここに含まれる。

3つの能力の中で、一番ポピュラーなのが発動タイプらしい。一般的に超能力と呼ばれるものはほとんど発現タイプだ。


「結論から言おう。君の能力は今のままでは全くもって役に立たない。」


流石に校長という立場なだけあって、物事をはっきり言うんだな。分かってはいたが、言葉にされると結構傷つく。


「ただ、使い方次第では思った以上に役に立つかもしれない。君の能力は、"選ばれなかった選択肢を選んだ未来"を見る能力だ」


おそらく、とても頭のいい人でなければ、今校長が言ったことを理解できないだろう。俺自身、どういう能力なのかさっぱり見当もつかなかった。


「もうちょっと詳しく説明してもらえませんか?」


「宇賀喜美子の件で説明をしよう。まず宇賀は君と会う一日前に死んでいた。私の能力で証明してある通り、死んでいないという可能性はまずありえない。では君が昨日会った宇賀は何者なのか?」


俺の勘だが、もしかすると…


「宇賀が自殺という選択をしなかった未来…?」


「完璧な答えだ。」


やっぱりか。宇賀は自分で死を選択した。ならば、俺に見えるのは生を選択したほうの未来だったって訳か。この能力は先生の言った通り現状全く使い道のない能力だろう。だが、特殊すぎるため、万が一使える状況になった時は、代用できない性能を発揮するということだ。俺が入学できたのは多分このことを考慮されたからだろう。


「君はこれからずっと、君よりももっと凄く、かっこよく、実用性のある能力を持った者と出会っていくだろう。ただ、これだけは忘れるな。要らない能力なんてないのだと。どんなに役に立たない能力でも、人を救えないことなんてない。」


この学校に入学した時点で、そんなことは分かりきっている。俺が今この学校に存在できるのは、この能力のおかげなのだ。決してこの能力を要らないとは思わない。


「さて、君の能力に名前をつけよう」

「あ、これって俺が命名したりしちゃダメなんですかね」

「別に構わないが…言ってみろ」


新しい世界の始まりに向かって。

昨日までの日々に終わりを告げて。


「可能性の目」


誰かの新たな道を切り開けると信じて。


「採用だ」


今日、御島 由季の学園生活が始まった。

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