第289話 イネちゃんと共同事業計画
ムーンラビットさんの笑顔の意味は、イネちゃんが開拓地に戻ってから凄まじい疲労という形で理解することとなった。
「いやぁ……リリアの自然魔法と合わせて勇者の力をシンクロさせながら護岸工事しろとか想定外もいいところだったよ……」
「うん……すごく疲れた……」
そんなわけでイネちゃんとリリアは2人して今、ヌーカベの毛皮から作られたもっふもふのソファーでぐったりしているのである。
あ、このソファーはこうなることを見越したムーンラビットさんが搬入してくれたんだよね、最初からやらせる気満々だったということを見抜けなかったイネちゃんの不覚である。
「でも水の質が今までとは比べ物にならないものになっておりますね、味がわかるほどで……水とはこれほどまでに美味しいものだったのですね……」
そしてアーティルさんが早速浄水された水を飲んで感想を述べている。
まぁ、ムータリアスのお水って基本的に不純物が混ざってて、浄水施設を通しても虫が混ざってたりで、ろ過や煮沸が前提……だからアーティルさんは基本的にろ過してから冷ましたお水しか飲んだことがなかったらしい。
ちなみに大陸だと食中毒とかは起こすものの回復力も凄まじいしので天然の湧水でも問題なく飲めるほど自然ろ過がされてたりするのでヴェルニア周辺の沼地とかでなければ水にはほぼほぼ困らなかったりする。
まぁ、トナみたいな海岸沿いとかだとちょっと大変だったりするんだけどね。
それでも飲み水に困る。という事態にはならない辺り、やっぱり大陸はかなり恵まれてる。
「ま、2人が頑張ってくれたおかげで水源からここに向かう川沿いなら、毒とか流されなきゃ直飲みできるんよ。2人ともお疲れなー」
「正直、明日に支障が出る気がしてるよ……」
「ちょっとこれは……ごめんだけど晩ご飯、作れないかも」
イネちゃんとリリアの言葉に全員の表情が固まった。特にリリアの言葉に対して。
「え、今日リリアがご飯作れないんですか……?」
そして玄関から入ってきている最中のココロさんがこの世の終わりという感じの表情してるし……とはいえイネちゃんもリリアと一緒で動くことも億劫な状態だし、ツッコミとかそういうのは遠慮するけどさ。
「まぁ……全く料理ができないという奴もいるだろうが、基本的に最低限の料理はできる面子ばかりだと思うんだが……リリアちゃんの料理に舌が慣れてるから誰が作っても困ったことなりそうだな……」
いつも前向きなティラーさんですらこれである。
なんというかもう、転生系チート主人公なヨシュアさんに頼めばいいんじゃないかな、きっとレシピさえあれば美味しいもの作ってくれると思うよ、多分。
そんな投げやりな感じになっているイネちゃんとしてもできれば美味しいものが食べたいとは思うけどさ、正直よっぽどな人じゃないとリリアのお料理の味を越えられない気がしてるんだよね、まぁ、コーイチお父さんのパンがたまーに食べたくなったりする辺り、イネちゃんの基本的な味覚はコーイチお父さんに作られてるんだなって感じるけどね。
「一応私専属のシェフがついてきておりますが……どういたしましょう?」
「皇帝専属シェフか……」
ティラーさんのつぶやきに場が静まり返る。
いやまぁ、帝国ってことはいくつかの国を併合して出来上がってるわけだろうし、その最高権力者専属ってことは腕は確かだと思うのだけれど、ムータリアスの文化レベルで考えると味のほうはあまり期待できないかもしれない……っていうかアーティルさんが控えめに聞いてきたってことはそれだけの差があるんだろうね、唯一食べ比べて味を知っている人があそこまで遠慮がちな控えめな声で提案してきた時点で期待しないほうがいいとは思うけどさ。
「リリアさん、私のシェフに料理の手ほどきをお願いできないでしょうか。彼は確かに腕は良いのですが、その……レパートリーが……」
「少ないの?でも私だってそんなに無いと思うのだけれど……」
ちなみに少ないと自称するリリアの料理レパートリーは結構多いんだけどね、地球のネットで検索して印刷したりして本にしたり、日本に滞在していたときにレシピ本買い漁ってたの、イネちゃん知ってるからね。
というか節水料理のいくつか、その時のレシピ本に載っていたの、イネちゃんリリアが集中して見ていたときに後ろから除いて確認したからね、うん。
少なくともリリアはレシピどおりにお料理を作れるし、更に現状に合わせてアレンジできるだけの技量もあるわけで……。
「そういえばここでのご飯って結構高スパンでローテーションしてたね」
ヨシュアさん、そんなに英語混ぜてバレても知らないよ?
まぁ夢魔の人達にはとっくの昔にバレてる……というかササヤさんと初対面のときにも既にバレてたし、実力のある人たちからしてみればヨシュアさんの存在って特異な存在だってバレてるんだろうね。
ともあれ食材が少なく水も少ないという今の開拓地の状況で、まともにお料理できる人となるとかなり限られてくる上、作る必要のある量がとんでもないからなぁ……イネちゃんたちの分だけじゃなくって兵士さんの分に難民さんの分も作らないといけないから普通に作れるってだけだと辛いんだよね。
そういう事情があるから、教会で炊き出しをすることもあるからって試験ついでにリリアがノリノリで作っていたわけだけど、今日は治水工事のほうで体力を大幅に奪われたから動けなくなっている……。
「なんというか……ムーンラビットさんが何かしら解決してくれればいいんじゃないかな、元はと言えばムーンラビットさんが一気に作業するのを提案してきたのが原因だし……」
「それはダメです!本当にダメです!」
イネちゃんの弱々しい提案に対してスーさんが全力で拒否をしてきた。
「ふむ、何がダメか直接言ってみ?怒らんから」
「あ……」
なんというか、スーさんの態度でなんとなく察したから大丈夫だけれど、ムーンラビットさんの料理の腕はなんというかなんとも言えないものなんだろうか。
「ま、それは後でいいや。それじゃあ提案やけど……いっそ帝国とヌーリエ教会で共同事業しないかね、特に食の面で」
ふむ……確かにムーンラビットさんが作らないといけないとは誰も言ってないからね、イネちゃんは何かしら解決と言ったわけでやる方までは断定してなかったわけだし。
スーさんが完全に自爆したって感じになってるけれど、まぁそれはそれとして突然提案された側になったアーティルさんは反応に困ってる感じで。
「え、えぇ……それは大変ありがたいと思うのですが、よろしいのですか?」
「いいもなにもこっちから提案してるわけでな、こっちの食文化が豊かになってくれれば、うちらも食材の輸出って感じで有利なわけなんよ」
「え、でもばあちゃ……」
リリアが顔を上げてツッコミを入れようとしたところにムーンラビットさんは容赦なくリリアの頭の上に座って止めた。
まぁ……イネちゃんが思うにただ単にアーティルさんが受け入れやすくするための方便なんだろうなというのが大変よくわかるからこのまま見ているだけにするけれど、突然のことだし身内にもなんでって思う人は出てくるよね、今のリリアみたいに。
「その食材の金額次第ですね。共同事業と仰るのならば相応に安価であると信じたいところですが……私たちアルスター帝国は現状戦争中なため新たに事業を起こし、維持するだけの余力は絞ってもなかなか出てきませんので」
「そこは大丈夫、人手を出してもらえれば後は何とかするんで。んで戦後そちらに経営権を譲渡するってんでどうかね。こちらはそっちが戦争中の運営を初期投資と見てもらえればそれでええんやけど」
一番お金のかかる時に維持費で一番重い人を使わせて貰うって結構な提案だけど、戦時なら人手も難しいんじゃないかね、まぁ難民の人達というか、不安な民間人を中心に採用するつもり満々なんだろうけど。
「そちらが丸損するような気がしますが……やはり譲渡された後の食品の価格が怖いですね。それに我々には人手を出すのが難しいわけで」
「人手は難民。今、あんたらが抱えることができない民間人でええんよ。それなら問題にならんやろ……まぁこちらとしても難民をいつまでも抱えておくだけの余裕はあまり無いってことで、共同事業ということにして近くの水源付近を食の都として発展させないかという提案なんよ」
うーんリリアがもごもごもがいてる。
難民を抱える余裕は出来てきているし、水の問題も解決したばかりで特に問題になりそうなところがなかったからね、リリアがもがく理由は大変よく分かるよ、うん。
そしてムーンラビットさんの提案も大変よくわかるんだよね、何よりそこまでの大事業にして戦争中はヌーリエ教会の管轄にすることができれば、民間人への被害を最小限に抑えることができるようになるわけだしね、ヌーリエ教会の方針に沿った流れだし、絶対譲渡後の食品の供給ってタダ同然にするつもりなんだろうしなぁ、復興だのなんだの理由つけてやるだろうからね。
「……わかりました、ではその人手というのは今こちらの開拓地で預かってもらっている方々ということで問題ないのですか?」
「まぁそうやね、抱えっぱなしではなく動いてもらう形になるだけってことよ」
そうやって話しがまとまりつつあるところで、イネちゃんは一言、割り込んだ。
「話しがまとまってるところ悪いのだけれど、そろそろリリア、解放してあげて?」
「おっとスマンかった」
その後ムーンラビットさんは孫に散々文句を言われながら泣かれるという家族らしい体験をすることになるのだが、それはまた別のお話。
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