第三章 異世界開拓編

第250話 イネちゃんと降り立った場所

「ここをキャンプ地とする!」

「リリア、それ無駄に気に入ってたよね、ルースお父さんの持ってたので何度も見てたし」

 イネちゃんたちはシックに新しく作られた転送陣を使って異世界ムータリアスに降り立っていた。

「うーん、転送される前に聞いてたけど、転送陣はやっぱり片道だったのかぁ」

「まぁ、準備のために色々やってこの近くにある施設がまた片道で大陸に行ける場所らしいし……こことそこを繋ぐ形で開拓していくのがいいと思うよ」

 どちらも片道というのがなんともというところだけれど、それを解決しようとして準備に時間がかかっていたらしいし片道でもいいからさっさとイネちゃんたちが着て開拓を始めたほうが安定しそうってのが一番速そうなのがのがね。

「でも……事前説明にあったとおりに森どころか木の1本すらないなんて……」

「土壌が悪いみたいだね、塩でも撒いたのかってくらい塩分濃度が高いのに、水がほぼないみたい。地下水も感じられないし」

「水も無いって……開拓地に向いてないにも程があるんじゃないかな……」

「そこも含めて試練ってことだと思うけれど、一応イネちゃんの勇者の力である程度土壌改善できるし、何より……」

 イネちゃんが言葉を続けようとして瞬間。

「ぬぅぅぅぅ」

 ずっと一緒に居たヌーカベが鳴き声を上げた。

「ヌーカベがいれば土壌回りに関しては気にしないでも問題はないと思う。問題になるのは水だよね、一朝一夕で改善できるものじゃないし」

 本当なら土壌も同じだけど、そこは大陸が保有してる技術で解決可能な上にヌーカベなら走るだけで土壌が肥沃な大地に早変わりするから問題にもなりはしない。

「水は……そうだなぁ、ヌーカベで土壌を改良して森を……ってそれも最初に水が必要だよねぇ、どうしようか。父さんなら魔法で水が無い場所でも森林を形成できるからそこを基点にして開拓していけるんだけど私はそんな魔法は使えないし……」

 うーんとイネちゃんとリリアが唸っていると、ムータリアスの世界なら威張れそうという理由でついてきていたキュミラさんが。

「水なら普通にあるじゃないッスか、ほら、空気中に」

「いやハルピーの人たちがそれで水分補給できるのは知ってるけど流石に農業をするには……」

 あ、そうか、その手があった。

「狭い空間を作ってちょっとやってみたいことがあるけど、やっちゃっていいかな?」

 確か昔そんな映画を見たことがあるんだよねぇ、まぁ結構厳密なものが必要だと思うけれど、そこはヌーリエ様に教えてもらいながらできると思うし……万が一のためにヨシュアさんにも手伝ってもらおうかな。

「いいけど……何をするの?」

「昔見た映画にね、金属繊維で水素を反応させて水を作るってのを見たことがあるから、それをやってみようかなって」

「すい……そ?」

「水の素体で水素。ちょっと危険が伴うからイネちゃんだけか、後1人くらいのほうがいいんだけど」

「イネ?危険が伴うってどういうこと?」

 あー怖い顔になった……まぁ今回はちゃんと説明する予定だったしいいんだけどさ。

「水素は引火性の気体でね、水を作るのに火を使うんだよ。そういう意味での危険。着火しないように考慮してやる必要があるんだけれど……」

「ちょっと待って?それって大気中の酸素が多いと無理だったんじゃないっけ」

 ここで割り込んできたのはヨシュアさん。

 実のところここも想定済みだったりする。

 ヨシュアさんに手伝ってもらうなら自発的のほうがいいしね、水の確保は最優先事項だしできるだけ単独行動できるヨシュアさんが手伝ってもらえるなら確保するのも楽ができそうだしね。

「そうだったっけ?」

「少なくとも、僕の知ってる水素と同じものをイネが考えているのならそうだと思う。水の確保なら僕も手伝おうか、一応こっちの世界に一時的だけど滞在していたことがあるし」

「うん、それならそうしてもらえると嬉しいかな……他の皆はここで簡単でいいから拠点にできるスペースを用意しておいて」

「いやちょっと待つッス。イネさん以外にこんな荒野に建物建てられる人がいないッスよ」

 ……キュミラさんなんだかムータリアスに来てから鋭さが得てないかな。

「逆に言えば石材は大量にあるってことだし、そこをお願いしたいんだけど……」

「私の仕事がすごく増えるじゃないッスか!」

 サボるつもりだったのか。

「役割分担としては、確実性を求められる水の確保に最大戦力を投入して、次に食糧確保。これはリリアとウルシィさん、ミミルさんにお願いしたいからね。となると寝床の確保はキュミラさんとティラーさん、それにカカラさんと……」

「スーです……私ですよね?」

 リリアについてきていた夢魔の人が名乗ってくれた。

「うん、それで残りはロロさんだけど最初は休んでてもらっていいかな、いきなり起きる可能性は低いとは思うけれど野生動物が襲撃してくるとも限らないからその時に動いて欲しいんだ。ロロさんの装備だと運搬とかは難しいけれど、初手で守るのに向いてるからさ」

 流石にフルプレートダブルシールドっていう特殊な装備だからね、何が起きてもいいようにってなると手空きになっててもらったほうが何かと都合がいいんだよねぇ。

「……ん、わかった」

「少なくともロロさんはこの中でも上位の強さだからね、装備の関係でそういう役割になってもらうだけだから大丈夫だからね」

「うん、わかってる。ロロの装備は、守るのは得意……だし」

 ウルシィさんとミミルさん……それにヨシュアさんは今の流れに懐疑的だけど、ずっとロロさんと旅をしていた面々はその今のイネちゃんの言った編成に納得してる感じなのがはっきりと分かれてるね。

「イネより小さいけど……本当に大丈夫なの?」

 ミミルさんがそう言うとロロさんが頬を膨らませる。言葉にはしないけど。

「ロロさん、ギルドのランキング上位なんだよ。実力に関してもゴブリアント数匹ならずっと耐え続けられるし、その間にダメージを当て続けることもできる実力持ってるからね」

 本当?って顔をミミルさんとウルシィさんが向けてくる。

「そこはまぁ、イネちゃんを信じてもらうしかない……というか実際に有事が起きたらロロさんがタンクでウルシィさんとミミルさんがアタッカーになるからね、不安なら1度手合わせして貰っててもいいからさ、寝床が整わなかった場合はイネちゃんが急造で何とかするし」

「むー……イネがそこまで言うなら、わかった」

 ウルシィさんがちょっとだけ楽しそうになりつつ納得してくれた。

 これは……ちょっとドンパチする気だなぁ、まぁロロさんもそのへんも大丈夫だろうし問題無いかな。

「それじゃあイネちゃんはヨシュアさんと一緒に水の確保してくるから……あまり派手にやらないようにね?」

「わかった……行ってらっしゃい。ヨシュアも気をつけて」

 おや?

「うん、行ってくるよミミル、ウルシィ」

 おやおや?

 ヨシュアさんが呼び捨てなのは前からだけど、ミミルさんとウルシィさんは様だのなんだのつけてた気がする。

 まぁ今ここでそれを聞くと時間だけ消費することになりそうだし、ヨシュアさんと2人きりになる機会だからちょっと聞いてみようかな、元々別れた後の出来事やムータリアスのことを聞くつもりだったしそのついでで。

 皆の見送りを受けてイネちゃんはヨシュアさんの先導を受けて水探しに出発したのだけれど……。

「見渡すばかりの荒野、こういうのってマカロニウエスタンっていうんだっけか」

「それは違うと思うな……」

「まぁそれはそれとして……ヨシュアさん、ミミルさんとウルシィさんが呼び捨てになったのっていつ頃からなの?」

「ヴェルニアの復興をしている最中だね、ようやく打ち解けたと思って嬉しくかったところでムータリアスに飛ばされてね。そういえば錬金術師ってどうなったんだい?」

「そういえば……何度か倒したけどその度に復活してたなぁ、最後に見たのはトナだったっけかカカラちゃんが同胞とか言ってたけれど……」

 あれは多分同じ世界出身ってことだろうし、あまり気にしてなかったけれどもっと違う意味があった可能性は否定できない……まぁカカラちゃんが錬金術師の仲間だって言う証拠もないし、それなら信じたほうがいいよねっていう。

 ……いや証拠ならあるか、トナで保護した後ずっとシックに居たんだから何かしら怪しかったらムーンラビットさんがなにもしていないのはおかしいし。

 頭の中筒抜けになる場所で生活していたのなら、当然ながら咎められるわけで……まぁあの人はえっちぃこととかは割とスルーするというか、むしろ私を使えみたいに押すだろうけど、他人を害そうとすれば流石に止めるしね。

「イネの言うことが本当なら危ないんじゃ……」

「あぁうん、錬金術師がそう言っただけで、その後カカラちゃんはしばらくシックで暮らしていたから大丈夫だよ。何かあるのならムーンラビットさんが放置するほうがおかしいし」

「なるほど……あの人とずっと一緒だったの?」

「んー流石にどこまで一緒にいたのかはわからないけれど、少なくともロロさんの故郷にムーンラビットさんが顔を出してたし、それこそ信頼できる部下の人に任せたんじゃないかな。優先順位的に怒って本気だしたリリアをなだめにきた感じだったし」

「え、あのリリアさんが……?」

 嘘でしょ?って顔をするヨシュアさんの気持ちは大変よくわかるよ、イネちゃんだって実際にそれを目の当たりにして体験してなければ同じ反応したと思うし。

「うん、正直ちょっと……いやかなりえげつなかった。ムーンラビットさんが本気だしたのもあの時に始めて見たし」

 あぁヨシュアさんの口がふさがらなくなった。

「潜在能力を含めたらリリアが一番夢魔としては強いらしいから……イネちゃんもあの力を体験してなかったらヨシュアさんと同じ反応した自信あるから大変気持ちはよくわかるけれど、本当に起きたことだからね」

 勇者ぱぅわぁでも無力化できないほどだったからなぁ、あれは本当すごかった……集会場の中の人たちは夢魔の人がすごく頑張って影響を最小限に押さえ込んだらしいけれど……それでもちょっと影響があったらしいって後から聞いたんだよね、リリアにもあまり力を解放しないようにってことでムーンラビットさんから言われてた時に一緒に聞いたんだよねぇ。

「はは……ははは……ま、まぁあと少しで修道会の人たちが確保した転送陣、世界間転送装置『タラリア』につくよ。そこに簡易的だけど浄水施設もあるから、今日はそこでもらって行こう」

 ヨシュアさんの乾いた笑いを聞きながら見た視線の先には、荒野に似つかわしくない白亜の建物が確認できた。

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