第80話 イネちゃんと科学捜査もどき
「ムツキの奴は演習訓練が入ったから代わりに来たが……そういう案件なら誰も代わりできないな……」
と連絡を入れた翌日馬に乗って来たのはボブお父さんだった。
「一応そっち系の捜査器具も持ってきたが、既に2、3日経っちまった状態だと専門知識がなくても無理だと思うが、どうする」
「とりあえずやってみるよ、ムツキお父さんから役に立つんじゃないかって一応教えてもらったし」
まさか本当に役に立ってしまう状況が訪れるとは思っていなかったけど、こういう時の為に色々習得しておく乗って無駄じゃないんだなぁと思い知らされちゃうね。
ボブお父さんからブルーライト灯などを受け取ってギルドから出て、少し離れた場所にある規制線の場所まで行く。
これが本当、ギルドの目と鼻の先だから痕跡とかは絶望的と思わせるに十二分なのに、更にマッドスライムが溶けた箇所に残った溶解液を洗い流しで水をドバーっと行ったらしくもう足跡なんて残ってないんじゃないだろうかって感じ。
あ、ちなみに足跡に関してはウルシィさんは裸足だったし、ミルノちゃんはお屋敷のほうに全く同じ靴のスペアがあったから確認が取れれば整合性は取れる。
裸足の平民は結構いるみたいだけれど、ヴェルニアには人狼族は珍しいらしいので特定自体は楽ってキャリーさんは言ってたけれど……足跡捜査の基礎を説明しただけですぐに理解するキャリーさんは凄いよねぇ。
「と、その人がイネ嬢ちゃんのお父さんかい?」
先に現場に来て調べていたムーンラビットさんがイネちゃんたちに気づいて聞いてきた、特に見つかるものもなかっただろうし、規制線の展開と興味本位で子供が入ってこないように見張っていたっぽいから、雑談から入るのも仕方ないかな。
「うん、お父さんたちのひとりでボブお父さん」
「……妻子持ちか、残念」
一体何が残念だったのか後で詳しく。
「で、その青い光で何を見るん?」
「ブルーライトで陰影がはっきりするから、足跡とか落ちている小さい物とかを見つけやすくなる……っていう非常に原始的な考えだよ、でもまぁこの青い光を作るのってかなり凄い技術らしいから最近までなかった……ってムツキお父さんからの受け売りだけど」
説明しながらも、地面をブルーライトで照らすけれど……。
「うへぇ……」
予想通りに現場の場所的に致し方ないのだけれども、大量の足跡が浮かび上がってくる。
これは流石にわからないね、専用の道具と技術、その上で大量の時間があれば1個づつ判別していくことができるらしいけれど、残念ながら道具はないしイネちゃんにその技術もない、更に言えば時間が一番足りない。
「おー、浮かび上がるもんなんやねぇ」
「うん、でもこれは流石に多すぎかな……技術も道具も時間も足りない」
「ま、予想はしてたしそれは別にええんよー。むしろ技術と道具と時間があればここから特定できる異世界の技術すげぇって印象のほうが強いんよー」
うん、この流れでその感想は凄い大物だなって思うかな、実際大物なんだけれど。
「ともあれ他に持ってきてもらった物って何があるん?」
ムーンラビットさんはボブお父さんを見ながら聞く。
いつもの妖艶さとかが無いあたり分別があるらしいことにちょっと驚いてるよ、割と見境ない動きしてた気もするから。
「録音機とカメラ、後はデータをまとめて分析できるようにPCだが、どれも電力で動くからこっちの世界で無制限に使うことはできないぞ」
あ、ボブお父さんムーンラビットさんのこと子供だと思ってるなこれ、口調と言葉のトーンがそれっぽい。
「そうなんだー、ざんねーん」
ムーンラビットさんもムーンラビットさんで、ボブお父さんが自分のことを子供と勘違いしていることを楽しみだしたな!
いやまぁ、ムーンラビットさんならひどいことにならないだろうし、そっとしておこう。
そう思って地面のほうにまた視線を移すと、明らかに自然物ではない金属片を発見する。
「あ、これってなんだろう」
あまり必要はないけれど、一応指紋がつかないようにハンカチを使って持ち上げると、装飾の一部と思われるような金属片であることがわかった。
とは言えお料理で言うところのひとつまみ感覚で全体が隠れちゃうくらいの小さいもので、装飾の一部っぽいというのもいくつかの波のようなおうとつが確認できたからに過ぎない。
「……流石にこれは小さすぎてわからんねぇ、でも残留魔力がないか確認してみようか、金属にはあまり魔力が宿らないけど強ければ強いほど残る場合があるしねぇ」
「それって、基本的に残っていないってことなんじゃ」
「イネ嬢ちゃんがしっかりこなそうとして発見したそれっぽい物品だからねぇ、転送魔法はかなり上位の魔法だから可能性は0じゃないんよ」
んー魔法の知識がまるで無いからしっくりこないけれど、やっぱりアレはかなり難しい魔法なんだね、地面に術式を彫って起動する大掛かりな魔法だからなんとなく難しいんだろうなーとは思っていたけれど、実際に魔法という分野において最上位なんじゃないかと思えるムーンラビットさんの言葉で実感が湧いてくる。
「ところで録音機とかは何に使うんだ、俺が到着してからすぐ今の状況でよくわからないんだが」
「あぁ先日ヴェルニアを包囲していた軍の指揮官に尋問するとき使いたいんよ、教会の方でもそういう証拠記録があったほうが後々楽になるし、使わしてもらえるのなら使いたいんよー」
「……なんだかさっきから嬢ちゃん、教会の関係者なのはわかるが獣人でも年寄りだったりするのか。話し方に癖を感じるんだが」
お、ボブお父さんがようやくムーンラビットさんのあれこれに疑問を持ったね。
さて、ムーンラビットさんはどういう反応をするのか……一応他に何かないか調べながら聞き耳をたてておこう。
「はっはっは、じゃあお兄さんは私をどう見るんよー」
「……そうだな、獣人の兎耳族の修道士か神官見習い。もしくは、俺をからかっているヌーリエ教会の幹部とかじゃないのか」
お、最後のが正解。
「うふふ、さーどうでしょうねー」
……しかしムーンラビットさんは子供の仕草が凄く上手いのはなんだろう。
からかうのが趣味っぽいのはわかるけれど、趣味にそこまでするかなぁ、もしかしたら淫魔として何かあるのかもね、リリアもどことなく子供っぽいところあるし。
「なる程、からかわれているパターンか……以前ササヤさんにやられたからな」
「な、あいつ……私の楽しみを……」
「え、あ、あいつ!?」
「あ、やべ……」
「あのササヤさんをあいつなんてこ、殺され……殺され……」
いやササヤさんどれだけお父さんたちにトラウマ仕込んでるの。
あ、そんなボブお父さんを見てムーンラビットさんがちょっと邪悪な笑顔に。
「そーなんです!だから……私がそう言ってたってことは内緒にしていてください、ね?」
「いやまぁ冗談に付き合うのはこの辺までとして、イネ。他に何かあったか?」
あれ、急にボブお父さんの様子が……。
「ううん、特には。足跡と小石、後は頭髪がいくつかあったけれど……それよりボブお父さん、冗談に付き合うのはってどういうこと?」
「いやそれよりって……こっちに来る前にササヤさんに聞いていたからな、青髪のうさみみつけた小さい子がいたら注意しろ、それは私の母親だってな」
「さ、ササヤァァァァァ!」
ムーンラビットさんはそれを聞いて叫んだ。
まぁ娘に謀られた感じだし、そんなものなのかな。
「私の……私のいっぱいある楽しみの1つを潰すなんて……もう、この悔しさは誘拐犯を食ってもいいっていうことに解釈しておくんよ!ほら、イネ嬢ちゃん、その頭髪全部私に渡すんよ!」
「いや、頭髪って言っても青いのも混ざってたりするけれど……」
「私の髪の毛も一緒でええんよ!ほら、早く!」
「まぁ、いいけど……本当結構な量だよ」
ピンセットで髪の毛を拾いながら、そういうけれど、ムーンラビットさんは頬をぷぅと膨らませているのが見える、やだ、見た目が小さいのも手伝って可愛い。年齢はイネちゃんよりも何桁も違うってレベルなのに。
「はい、流石に全部取るとなると時間がかかるからまずはこれで」
透明な真空パッチのついた小さい袋に拾った髪の毛を入れて渡すと。
「……いやこの袋は一体なんなん。完全とは言えないまでも透明な袋って高いんじゃないん?」
「ビニールのこと?」
「俺たちの世界ではむしろ安価で大量生産可能なものだな。ただ原材料的に土に還りにくく燃やすと生物に有害な物質が出るから最近また見直されて来てはいるが……」
「うへぇ、土に還らないとか最悪物質か。でも処分とかはできるんよね?」
「あぁ、再利用や完全に分解させたり、まぁ処分方法は確立済みなものだから安心してくれ」
そっか、こっちの世界だとビニールとかの化学製品が無いし、農業中心な環境だから余計にその辺りは駄目だよね、ポイ捨てダメ、絶対。
「じゃあ必要なくなったらイネ嬢ちゃんに返すんよ」
「うん、じゃあそういうことで」
現場の調査を切り上げてイネちゃんが立ち上がると、お屋敷のほうからミミルさんが走ってくるのが見える。
なんだかミミルさんが走ってくると何か事件が起きる気がしてくるのはなんでだろう、誘拐事件の知らせもミミルさんだったからかな。
「た、大変!オーサの街が……オーサのお城が……陥落したって!」
「ちょっち事態の流れが凄いねぇ、こりゃ教会も本腰入れる必要が出てきそうやな……はぁ、のんびり暮らしたいのにままならんねぇ」
そんな落胆しているようなことを言いつつも、ムーンラビットさんの歩く速度はいつもよりも明らかに速かった。
本当、イネちゃんがこっちの世界で冒険者さんになってから事件が起きすぎじゃないかな。
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