第21話 少年薬師の困惑

  

 薬師ルエランは、『神薬』に関する会議に出席するため、アリストにあるシロー邸を訪れていた。

 会議は離れである『やすらぎの家』の屋上で明日から行われる予定だが、彼はそれに備えて一昨日から二階の客間に滞在していた。 

 窓際に置かれた瀟洒な机で、穏やかな朝日を浴び会議用の資料に目を通していると、ノックの音がしてシローが顔を出した。


「ルエラン、朝早くからお疲れさま。

 例の『すべすべちゃん』だけど、改良が成功したそうだね?」


「お早うございます、リーダー。

 ええ、改良と言うか、『すべすべちゃん』は乳液でしたが、新しいものは塗り薬タイプです。

 そちらの方が持ちはこびやすいですし、『すべすべちゃん』と組みあわせて使用すれば、効果が長もちします」


「そりゃいいね。

 薬の名前は、そうだね、『つるつるちゃん』にしようか」


「……会議の前に決めてしまっていいのでしょうか?」


「いいの、いいの。

 だって、その名前だと薬の効能が分かりやすいでしょ」


「コルナさんから、薬に名前をつけるときは慎重に、と言われているのですが……」


 本当はシローに薬の名前をつけさせないよう言われていたのだが、小心者のルエランには、それを口にする勇気がなかった。


「そうだ、これを渡しておかなくちゃ」


 シローは、資料が山積みになった机の端に分厚い封書の束をドンと置いた。

 

「全部、君宛ての手紙だよ。

 君の居場所は明かされてないからね。

 みんな、『ポンポコ商会うち』に送るしかなかったんだろう」


「これ、なんでしょう?」


「とにかく開けてごらん」


 シローは、木のトレーに置いてあった銀色のペーパーナイフを手に取ると、それをルエランに渡した。

 ルエランは、封書の束から一通を抜きだし、手に取った。

 

「手紙ですか?

 差出人は………書かれていませんね」


「蜜蝋で封がしてあるね。

 この紋章はマスケドニア国王のだね」


「国王!?」


「ああ、ここアリストの女王様や貴族たちからも、君を招待してくれって要請があったよ」


「招待ですか?」


「うん、そうだよ。

 君に直接会って話がしたいらしい。

 爵位やほうびを用意しているそうだよ」


「ええっ!?

 なんでそんなことに!?」


「裕福な女性や男性にとって、美容液や育毛剤は、なによりも価値があるんだ。

 例の『すべすべちゃん』と『のびのびくん』は、入手が難しくなっていてね。

 あれを確保するため、君と直接関係を結びたいんだろう」


 シローは、呪文も唱えず指先に火を灯すと、それをマスケドニア国からの封書に近づけた。

 蜜蝋が柔らかくなったのを見はからい、その封を開けルエランに手渡した。


「蜜蝋で封がしてあるものは、ペーパーナイフで開けないように」


 封書の中身を読んだルエランは、シローの言葉を聞くどころではなかった。

 そこには、彼を男爵に叙すると書いてあった。


「えっ、だ、男爵!?

 なんでボクが?」


「へえ、名誉爵位ではなくて領地つきの男爵か。

 マスケドニア王は、どうしても君が欲しいみたいだね」


 名誉爵位なら男爵位はルエラン一代だけだが、領地つきの正式な爵位だと、それは子孫まで受けつがれることになる。


「ボ、ボクが男爵……」


「君が望むなら、この話、受けるといいよ。

 現地には代理人を置けばいいんだから」


「そ、そんなことができるんですか?」


「ああ、珍しい事だけど、コルナも『エルファリア世界』に領地があるよ。

 リーヴァスさんなんか、数か国で爵位と領地を持ってる」


「す、凄い!」


「もらえるものはもらっておけばいいよ。

 ただし、その領地に住まなきゃならないって条件があるなら断った方がいいね」


「わ、分かりました」


「おや、この手紙は『獣人世界』の豹人族からだな。

 あそこは確か――」


『(*'▽') 『神薬』の噂が広まった場所ですね』

 

「ああ、そうだった。

 点ちゃん、情報ありがとう。

 ルエラン、この手紙は破棄するといいよ」


「そういえば、『神薬』の噂が広まった場所では、『すべすべちゃん』と『のびのびくん』を売らない方針でしたね」


「そうなんだ。

 お陰で『神薬』のことはデマってことで、なんとか落ちついてきてる」   


「そうなんですか。

 最初うかがった時は、そんなことで噂を消す効果があるのかと思いましたが……」


「噂を広めたのは、虎人族らしいんだけど、そいつら今ごろ困ったことになってると思うよ」


「困ったこと?」


「ああ、君が知らなくていいことだ。

 今は、新しい薬『つやつやちゃん』だっけ? 

 それに専念してくれ」


「了解しました」


 あれ? 薬の名前は「つるつるちゃん」じゃなかったっけ。ルエラン少年はそう思いはしたが黙っていた。


「それ、なんなら、不要なものは俺と点ちゃんで処理しておくけど」


 机に置かれた分厚い封書の束をシローが指さす。


「お願いします」

 

 その後、世界群の各国で爵位と領地を手に入れたルエランは、各世界で『ルエラン薬草候』として名をはせることになるのだった。

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