第46話 魔道具の値段


 私たちの前に、いつものぼうっとした表情を浮かべたシロー君が現れた。

 彼は最初からこの場にいたのだが、透明化の魔術とかで姿を隠していたのだ。


「鈴木だっけ?

 あんた、座りなよ。

 それと、他人の家でテーブルをバンバン叩くってどういう神経してるの?

 小さな子供じゃないんだからさ」


 なにか言いたいことがあるのだろう、鈴木は口をパクパク動かしているが声にならない。


「あんた、『異世界通信社』の記事が嘘っぱちじゃないことを、この場で証明しろって言ったよね。

 ちょうどよかったよ。

 今から始まるところなんだ」


「は、始まる?

 ナニが?」


 鈴木は、荒い息の間に、しわがれ声でやっとそれだけを言った。

 シロー君が指を鳴らすと、部屋の白い壁に映像が現れた。

 映像には、たくさんの人が椅子に座っている、どこかの会場が映っている。

 演台の後ろに立った初老の白人がマイクを持ち、英語でしゃべっている。

 この映像、遠藤の仕業じゃないから、シロー君と点ちゃんの魔術ね、きっと。


「さあ、次は最後の品です。

 お知らせしてあったように、本日のトリを飾るのは、異世界の魔道具一点。

 水を生みだす、魔法の道具です。

 金額は、一万ドルから」


 会場の人々が、次々に札を上げる。

 どうやら、あそこは海外のオークション会場らしい。

 入札金額は、まさにロケットのように上がっていった。


「五十万ドル。

 六十万ドル。

 七十万ドル。

 百万ドル!

 百万ドルが出ました」


 だが、それはまだ戦いの序章に過ぎなかった。

 さすがに札を上げる人は減ってきたが、残った数人は激しく競りあいはじめた。


「二百万!

 三百五十万!

 五百万!

 もういないか?

 はい、六百万!

 六百五十万!」


 会場の熱気が伝わってくるようだ。

 入札金額が日本円で七億円を超えたが、最後に残った二人は、一歩も引こうとはしなかった。

 

「七百万!

 七百二十万!

 七百三十万!」


 そのとき、後ろの席に座っていた別の代理人が受話器を置き、右手の札を挙げた。


「一千万!

 一千万!

 もういないか……二十六番の方、一千万ドルでの落札となります」


 会場の熱気は最高潮に達した。

 みながスタンディングオベーションで、競りあった人々を讃えている。

 やがて、オークションを執りしきっていた人物の背後、壁いっぱいに白い幕が降りてくる。

 そこには椅子に座り、白い子猫を撫でているシロー君が映っていた。

 どこにあるのか見えないが、彼を写しているカメラはこの部屋、私たちの目の前、テーブルの上辺りにあるのだろう。

 目の前で見ているシロー君の姿が、遠く離れた場所でも映されている。こんな体験、なかなかできるものではない。


「ええと、みなさんこんにちは。

 イギリスのオークションなのに、こちらが無理を言って米ドルでの入札にしてもらい申し訳ない。

 お買いあげくださった26番の方、ありがとうございました。

 その魔道具の燃料ともいえる魔石は、俺が責任をもってお渡しします。

 万一、魔道具が壊れた場合、修理はお任せください。

 では、今からその魔道具の使い方をお見せしましょう」


 私たちの目の前でシロー君が懐から筒状の魔道具を出すと、遠く離れたオークション会場の画面に映るシロー君も同じ動きをした。

 彼は魔道具のお尻をひねり、魔道具を二つにすると、中になにも入っていないことを見せてから、片方の筒に透明な青い石を入れた。

 二つの筒を合わせ、再び魔道具を一つにすると、先端についている金属製のリングをひねった。

 いつのまに現れたのか、テーブルの上にはデキャンターに似た大きなガラスの容器が置いてあり、魔道具から出てきた水がその中へ注がれる。

 やがて水はガラス容器の口ぎりぎりまで注がれた。

 シロー君がリングを逆方向に回すと、水はピタリと止まった。


 魔道具にくらべ、ガラス容器の方が十倍以上大きいから、水が目の前で生成されたことは明らかだった。

 オークション会場からは一度音が消えたが、誰かが「ブラボー!」と叫ぶと、大騒ぎとなった。

 シロー君が指を鳴らすと、この部屋の壁に映っていた映像オークション会場の映像が、ぱっと消えた。


「記事に書かれていたことが捏造ねつぞうじゃないって、この場で証明してみたけど?」 


 シロー君から、からかうような声をかけられた鈴木は、青い顔でぶるぶる震えていたが、突然叫び声をあげると、部屋から飛びだしていった。

 彼、ボイスレコーダーも、カバンも置いてっちゃったわね。

 そういえば、以前にもこんなことなかったっけ?

 

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