第44話 帰還と報道(中)

  

『異世界新聞社による初の現地取材』

『異世界転移を当社記者が体験』

『アリスト王国女王陛下を現地取材』

『地球世界出身者が異世界で王妃に』

『異世界グルメレポート』

『異世界発ファッション事情』


 そんな見出しが躍った『異世界新聞社』の最新ページには、ものすごい数のアクセスが殺到した。

 有料会員以外でも閲覧できる無料のページというのもあるのだろうが、地球世界全体で異世界への関心が高まっているのが分かった。

 それというのも、このページを閲覧するには、メールアドレスを登録する必要があり、そのデータをもとに、桃騎士が居住国別に読者の数をはじき出したのだ。


 すでに一億人を越えていた有料会員も、ここで一気に増え、一億五千万人に迫ろうかという勢いだ。

 アクセスの急増で、一時ページへ繋がりにくくなるというトラブルもあったが、三日目にはその問題も解消した。

 シロー君からのアドバイスで、過去の記事を有料で販売するコーナーを立ちあげたが、こちらも好調な売りあげを示している。

 従来の購読料は日本円で千円程度だが、新しくプレミアムページを設け、こちらは月額で、個人登録一万円、法人登録十万円とした。これもシロー君のアイデアだが、大学など異世界関係の研究機関はもちろんのこと、大手商社や各分野の団体が法人会員として多数登録することとなった。


 ウチの異世界取材については、各メディアでも大きく取りあげられ、それに関する特集を組んだテレビ局、新聞社も少なくなかった。

 だが、加熱気味の報道は、問題も引きおこす。

 私たちは、それに対応するため、緊急会議を開いているところだ。


「それから、〇〇新聞社が、ウチのクレジット名前をつけずに記事を載せた件については、そこへの情報提供をストップしました。

 △△ネットニュースが、ウチの報道がでっちあげだと報じた件に関しては、すでに訴訟手続きを始めています」


 後藤は、各事案に対する対応をゆっくり読みあげていった。


「しかし、一番の問題は、やはり『報道共同団体』ですね。

 参加しろという趣旨のメールが連日届いています。

 これは今日届いた手紙です」


 テーブルの上に、不愛想な封筒が置かれる。

 すでに封が切られた封筒から中身を出すと、愛想のない文面でA4の用紙に次のようなことが印刷されていた。


・『異世界通信社』は、至急『報道共同団体』へ参加すること。

・報道に携わる会社は、すべからくこの団体へ参加するべきである。

・参加しない場合、様々な不都合が起こる可能性がある。


 完全に上から目線の内容だった。


「やっぱり、こういうものが来たか」


 私がそう言ったのは、この団体のことをあらかじめ知っていたからだ。

 この手紙を送ってきた『報道共同団体』というのは、日本にしかない制度で、主要報道機関が集まり、様々な協定のもと政府の記者会見場をある意味「独占」している。

 これに参加させてもらいえないネット系の小さな会社などは、会見場でいくら手を挙げても質問さえさせてすらもらえない。

 海外の報道関係者の間では、以前から悪名高い制度だ。

 なぜこの事が問題にならないかというと、それを取りあげニュースにすべき報道機関自体が当事者だからだ。本当にやっかいな問題だといえる。

    

「社長、どうします?」


「報道にたずさわる会社は参加しなきゃならないみたいに書いてあるけど、これ強制じゃないよね?」


「ええ、そうです。

 ただ、ご存じでしょうが、各種記者会見に参加する場合、いろいろ制限が出てきます」


「それって日本国内だけでしょ?」


「ええ、そうです。

 海外、他の先進国には、こんな前時代的なものありませんから」


「ウチって、そういった記者会見に出てないよね?」


「ええ、今のところは人手が足りなくて、そこまで手が回りませんから。

 ですが将来のことを考えると、きちんとしておかないといけない問題です」


「後藤はどう思う?」


「会社としての損得を考えると、参加した方がいいでしょう」


「あなた個人の考えは?」


「社長も、日本の報道機関が海外でどう評価されているか知ってるでしょう。

 先進国の中では最低の評価ですよ。

 原因の一つがこの団体です。

 個人的には、そんなものへの参加なんて賛成できないですよ」


「まあ、そうね。

 報道関係の友人から話は聞いてたから、その団体のことについてはある程度知ってるんだけど……。

 政府からの情報は取りにくくなるけど、だからといって、参加すれば報道するとき一々この団体の顔色をうかがうことになるじゃない。 

 そうなると、きちんとした報道はできなくなるでしょ?」


「その通りです。

 本来ジャーナリズムが担うべき使命である、権力に対する批判はやりにくくなるでしょうね」


「ちょっといいですか?」


 テーブルの端に座り、お茶を飲みながら私たちの話を聞いていたシロー君が口をはさんだ。

 彼は、めったに私たちの仕事に加わることはないが、もしそんな場合でも、口出ししたことは今まで一度もない。

 その彼が発言を求めたのだから、私たち三人は背筋を伸ばした。


「みなさんの会社が『通信社』と名乗るかぎり、ジャーナリズムを大切にしてほしいですね。

 権力批判を忘れた報道機関は、すでにその名に値しませんから。

 もし、どこかから圧力がかかるようなら俺に相談してください」


 後藤、遠藤そして私は、顔を見あわせ頷きあった。  

 こうして、私たちの会社は、『報道共同団体』に参加しないことが決まった。 

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