第27話 マスケドニア国取材(上)

   

 今日は午前中にマスケドニアの街を取材して、夕方から王宮で王様と謁見する予定だ。

 後藤と加藤は、部屋に運ばれてきた朝食をとりながら、何を取材するか声高に話しあっている。

 

「やっぱり、市場いちばは外せませんよね。

 なにからなにまで地球世界では見られないものでしょうから」


「それもいいけど、一般的な家庭も取材したいね」


「後藤さん、だけど、この国に知りあいなんていませんよ」


「そこは腕の見せどころさ。

 誰かと仲良くなれば、その人の家に招待してもらえるだろう?」  


 私は自分が行きたいと決めていた場所の話をすることにした。


「二人とも、マスケドニアが何で有名か知ってる?」


「ええと、なんでしたっけ?」


 遠藤が首をひねっている。


「魔道具よ。

 アリストは魔術、マスケドニアは魔道具、国によって発達しているものが違うの」


「じゃ、社長が行きたいところって――」


 後藤が身を乗りだす。


「そう、魔道具屋と魔道具製作の工房ね」


「へえ、どこか心当たりがあるんですか?」


「いいえ、全くないわ」


「後藤さんも、社長も、なんか行き当たりばったりですねえ」


 遠藤が、あきれ顔で天井を見ている。

 

「とにかく、市場に行っていろんな人に取材しよう。

 そうすれば、家に招待してもらえるかもしれないし、魔道具屋も見つかるかもしれないから」


「はあ、だからそれが行き当たりばったりだと――」


「いいですね!

 おい、遠藤君、機材を用意して!」


「やれやれ、本当にこんなことでいいんですかね」


 一人だけノリの悪い遠藤を追いたてるようにして、私たちは宿から街へくりだした。


 ◇


 マスケドニア最大の市場は、とても大きなものだった。

 目抜き通りが大通りと交差するところにかなり広い円形の広場があり、人々はその周囲にめぐらされた道を通る。そして、広場の道沿いには数えきれないほどの屋台が出ていた。

 

「にぎやかですねえ!」


 周囲の喧騒に負けないよう、後藤が大声で話かけてくる。

 

「そうねえ。

 アリストは落ちついた感じだったけど、この街はすごく活気があるわね」


 道行く人の多くが上半身は着物に似たゆったりした服、下は男性が幅広のズボン、女性はくるぶしまでのスカートをはいている。

 暖色を基調にして、さまざまな色が使われていて目に鮮やかだった。服の意匠は草花が多かった。

 

「旅のお人、一つ買っていかんかね」


 呼びとめられた屋台は、果物が売っているようだった。

 お爺さんが、レモンのような形の黄色い果物を手に載せ、こちらに突きだしてくる。

 思わずそれを手に取る。

 お爺さんが、しきりに頷くのでそれを口にしてみる。

 薄皮の下には、スモモのような食感の果肉があった。


「甘い!」


 果物は驚くほど甘かった。わずかな酸味がアクセントになって、とても美味しい。

 

「ははは、初めて食べると、みんな驚くのさ。

 メリリの実って言うんだが、ソマリンド王国って、南の国で採れたもんだよ」


「これ、いくらです?」

 

「一つ銅貨五枚だね。

 十個買ってくれるなら、一つおまけするよ」


「買います!」

  

「社長、仕事のこと忘れないでくださいよ」


「後藤、言われなくても分かってるわよ。

 ほら、あんたも一つ食べてごらん」


「え、まあいいですけど……甘っ!」


「どう?

 美味しいでしょ」


「だけど、この袋を持つのって――」


「あなたに決まってるでしょ」


「……ええ、分かっていましたよ」


「なに落ちこんでるのよ!

 取材は始まったばかりよ!

 さあ、次いこう、次!」


 なにからなにまで珍しい市場に、私は時間を忘れてしまった。

 取材のことも、ちょくちょく忘れていたのは秘密にしておこう。


「社長、もう勘弁してください」

「もう、手がふさがって撮影ができないですよ!」


 後藤と遠藤は、カゴや箱、布袋を両手いっぱいに持っている。

 これは、一度宿に戻った方がいいようだ。

 

「じゃあ、宿に戻って昼ご飯食べたら、魔道具屋の取材ね」


「ひー!」

「鬼だ!」


 荷物持ちと化した二人を連れ、宿にしている『白猫亭』へと戻った。


 ◇


 宿で昼食をとった私たち三人は、午後になると再び街へ出た。


「確か、この通りのはずですが……」


「後藤、少しゆっくり歩いてくれる?

 お腹がちょっと……」


「社長、ご飯の後に、あの果物三つも食べるからですよ」


「遠藤、食後のデザートは別腹なの」


「いや、別腹じゃないからそうなってるんじゃないですか」


「……」


「あ、やっぱりこの通りだ。

 ほら、あれが魔道具屋の看板ですよ」


 目抜き通りから一本外れているから、道幅は日本の二車線道路くらいだ。

 その両側に二階建ての家屋が並んでいる。 

 褐色の屋根と乳白色の壁が、通りに統一感を与えていた。


「炎の下に丸いものが書いてあるわね」


「あれ、魔法陣じゃないでしょうか」


「遠藤は、なんでそんなこと知ってるの?」


「……いや、なんとなくそう思っただけですけど」


「とにかく、お店に入ってみませんか?」


「そうね。

 魔道具屋、楽しみだわ!」 

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