第5話 秘書の思惑
カフェ『ホワイトローズ』は、瀬戸内海に臨む地方都市の一つにある。
ツタが絡まる情緒ある建物は、表向きは異世界関係者が利用することで有名なカフェだが、点魔法で拡張されたその地下には、二つの会社が入っている。
『異世界通信社』
これは、異世界の文化を地球世界に伝えるための情報発信基地だ。
優秀なジャーナリストである、柳井さん、後藤さん、そして、縁の下の力持ちである遠藤君が働いている。
『ポンポコ商会地球支店』
ここは異世界に住むリーダーが、彼の経営する会社の支店として作ったものだ。
この会社は、地球世界にあるギルド支部も兼ねている。
社長は、私の宝物であるプリンス翔太様。
副社長は、カフェのオーナーでもある白騎士。彼はギルドの地球支部長でもある。
渉外担当は、女子高生でもある緑騎士、黄騎士の二人。
情報担当は、伝説のハッカーでもあり、年齢不詳の魔法少女、桃騎士。
そして、社長秘書がこの私だ。
ウチの社員には、もちろん各自に名前があるのだが、最初知り合ったのが翔太社長が開いたネット上のサイトだったこともあり、今でもハンドルネームで呼びあっている。
会社では、私も本名の「黒木」を使う事はない。ここでの私は「黒騎士」で通っている。
皆には話していないが、警察、しかもその中でもエリートと言われる部署にいた私は、この会社に転職する際、周囲とかなり揉めた。
心に決めたら貫きとおす私の性格をよく知っている両親は、三日三晩説得を試みた後、あっさり諦めた。
しつこかったのは、むしろ会社の上司や同僚で、なぜ安定した公務員の身分を捨ててまで明日も分からぬ会社に入ろうとするのか理解できない、などと言って、退職後も長いこと電話やメールが途絶えなかった。
しかし、転職について私に迷いは無かった。愛してやまない翔太様が社長であるということはもちろんだが、人類初となる異世界と関係ある仕事が私の心を惹きつけたからだ。
そして、事実上会社の経営者であるリーダーの存在も大きかった。
当時まだ二十歳前だった彼は、どこかのんびりした表情の、それこそどこにでもいそうな青年だった。
しかし、彼の発するオーラは、私が打ちこんでいる合気道の高段者が持つそれに通じるものがあった。
彼の年齢からすると、普通ならそれはあり得ないのだ。
異世界で彼がどんな苦難を乗りこえてきたか、それは私の想像を超えるものに違いない。
彼の下で働けるのは、どこか安心できるものだった。
会社に入った私は、翔太様が異世界へ留学したことで、正直、再び気持ちが揺れうごいた時期もあった。
できるなら、専属秘書として、彼と共に異世界へ行きたかった。
そんな時期に降ってわいたのが、異世界旅行の話だった。
リーダーから誘われた旅行は『ポンポコ商会』の社員五人で、異世界へ行くというもので、普通なら断るだろう私たち五人は、全員が即座に申し出を受けいれた。
旅行で訪れる世界が翔太様がいる世界、しかも現地滞在先がまさに彼の住むお城だとなれば、私たち『プリンスの騎士』に異論があろうはずがない。
私たちが訪れた異世界『パンゲア』は、中世ヨーロッパ風の風景が広がる世界で、魔術と魔獣という、地球世界では物語の中でしか出てこないものが普通に存在していた。
アリスト城で受けた儀式で、『魔銃士』に覚醒した私は、魔力で作りだす弾丸を特別な銃で撃てる力を手にいれた。その銃は、我が社のリーダーが作ってくれたものだ。
翔太様が私たちのために企画してくれた、冒険者体験は、刺激的という以上のものだった。
ゴブリンというモンスターの群れに襲われ、危ない目にもあったが、その時、翔太様、リーダー、凄腕の冒険者の三人が颯爽と現れ、窮地を救ってくれた。
自分がファンタジー映画の登場人物にでもなったような体験だった。
異世界を体験したことで、私はその虜になった。
かつて戦国武将フィギアを並べていた私の部屋には、今では異世界の写真や資料が飾ってある。ただし、プリンス翔太様の写真は以前のままだ。
私が向こうへ行った際に買ってきたシンプルな素焼きの品もいくつか飾ってある。目についた現地の店で購入したのだが、たまたま店主がリーダーの知人とかで、店に置いてあった品の全てを格安で譲ってもらった。飾っているのは、特にお気にいりの数点だ。
地球世界にもありそうな、しかし、どこか違う焼き物の質感は、それに触れるたび、翔太様と異世界旅行を思いおこさせる。これらには、丸の上に三角二つのマークが、銀色の文字で描かれている。
それこそ、知る人ぞ知る、我が『ポンポコ商会』のトレードマークだ。
そういえば、素焼きの品のいくつかは、世界的なオークションで高値がついた。
最も安いもので二千万円以上という、ちょっと信じられないような金額だった。
そんな私の所に、思わぬ連絡が入った。
◇
「黒騎士、シローちゃんから話があるらしいよ」
ある朝、カフェのパントリーに設けられた地下への階段を降り、職場である広く快適なオフィスに入ると、社長室から出てきた白騎士に声を掛けられた。
長身で綺麗に整えられた口ひげを撫でている白騎士は、副社長という立場を利用し、翔太様が留守の間、社長室を使っている。
まったくムカつく男、いや、女だ。
「何?」
「なんか、異世界を巡る旅行がどうのこうのって言ってたわよ」
「旅行?」
「ええ、昼前には彼がこっちに来るから、昼食を一緒にどうかって言ってたわ」
「他の騎士は?」
「黄緑ちゃんは学校があるから無理だけど、私と桃騎士は行くわよ」
「了解」
「じゃあ、あんたも行くってことでいいわね?」
口数が少ない私にとって、短い言葉でこちらの言いたいことを把握してくれる仲間は貴重な存在だ。
社長室だけは使わないでほしいものだが。
◇
待ちあわせ場所である、一階のカフェでリーダーを待つ。
白騎士がお店からお客を追いだし、「close」の看板を掛けてからほどなくして、突然、カウンターの横に、頭に茶色の布を巻き、カーキ色の長そで長ズボンを身に着けた青年が現われた。彼の左肩には、白い子猫が乗っている。
「シローちゃん、おかえりー!」
白騎士に抱きつかれたリーダーが、迷惑そうな顔でこちらにウインクした。
「白騎士さん、黒騎士さん、お久しぶりです。
会社の業務、ご苦労様」
「リーダーの仕事大量」
そんな私の一言に、青年が肩を落とす。
「やれやれ……。
黒騎士さん、なんとか俺の仕事が減らせるようにできませんか?」
「工夫済み」
「ぐっ、しょうがない。
とにかく処理しましょう」
私に子猫を手渡したリーダーは、カウンターに詰みあげておいた、高さが五十センチはありそうな書類の山三つに手をつけはじめた。
一番右の山にある書類を手に取ると、そのまま右横に置き、積みあげていく。
彼は一瞬で書類を全部読み、内容を理解し、最適な対処をはじきだしているのだ。
最初これを見た時は、本当に驚いたものだ。
最初の山を三分の一ほど処理した時点で、彼は泣き言をもらした。
「点ちゃん、頼むよ」
「点ちゃん」というのは、彼の中にいる魔法的な存在だと聞いている。
次の瞬間、さらに驚くべきことが起きた。
リーダーが触れてもいないのに、書類がさらさらと右側に流れ、そこに新しい山を作っていくのだ。
みるみる内に、三つあった山は用紙の幅だけ右へ移った。
「ふう、やっぱり点ちゃんは頼りになるよ」
「リーダー、今のは?」
私の質問に答えたのは、頭の中に聞こえてきた声だった。
『(・ω・)ノ 点ちゃんですよー』
「ああ、俺の友人、点ちゃんが書類を処理してくれたんだよ」
話に聞いていた魔法的な存在ね。
「こ、こんにちは?」
『(・ω・)ノ こんにちはー、黒騎士さん』
「えっ!?」
どうして私の事を知ってるのかしら?
それに、どうして頭の中で声がするの?
「ああ、点ちゃんは魔法キャラクターとでもいうべき存在で、ずっと俺の中にいたんだよ。
みんなと話せるようになったのが、最近っていうだけで」
「なるほど」
さすがリーダー……というか、さすが異世界だ。
魔法(?)とおしゃべりなんて、私の想像をはるかに超えている。
「ところで、桃騎士さんは?」
「もう来ると思うわよ」
白騎士の声と同時に、カランと入り口の土鈴が鳴る。
入ってきたのは、白いレースの縁取りがあるピンクのローブを着た小柄な女性だ。
この人が、ウチの会社で情報処理を担当している桃騎士さんだ。
一瞬、彼女の顔に影が見えたと思ったが、次の瞬間、いつもの元気さでこう言った。
「呼ばれて飛びだす魔法少女、くるくるり~ん♪」
くるくるり~んの所で、ローブの中から先端にハートがついたオモチャの魔法杖を出し、それをくるくる回す。
「こ、こんにちは、桃騎士さん」
リーダーが、ちょっと引いている。
「久しぶりのリーダーには、魔法の注入、ちゅーっ!」
桃騎士さんは、魔法杖を注射に見立て、その先をリーダーの腕に当てる。
心底困っているリーダーの顔が面白く、笑いをこらえようとして顔の筋肉がひくつく。
「ところでシローちゃん、ご馳走してくれるって言ってたけど、どこのお店なの?」
白騎士の言葉で、笑いをもらさずにすんだ。
「パリですよ」
「ふ~ん、オシャレな名前のお店ね」
「じゃあ、三人とも、手を繋いでください」
私たちは、リーダーを含め、四人で手を繋ぎ輪になった。
なんのために手を繋ぐのか尋ねる前に、彼は言った。
「じゃ、行きます」
リーダーの声で、周囲の景色が変わる。
やけに豪華な内装の部屋で、窓からは夜景が見える。
「きゃっ!」
白騎士が両手を胸の前で握り、顔に似合わない、かわいい悲鳴を上げる。
「な、なにが起きたの?」
「ああ、瞬間移動したんですよ」
そういえば、リーダーは瞬間移動が使えるって、『異世界通信社』の後藤さんが言ってたわ。
「ここは、どこなの?」
桃騎士さんも驚いたのだろう。普通の言い方になっている。
「さっき言いましたが、パリですよ」
「パリって、Paris?」
念を押してみる。海外留学の経験がある私は、日常生活に不自由ないくらいには英語が使える。
「そうですよ。
ここは、ウチが年間契約しているスイートルームです」
「「「ええっ!?」」」
一体、どういうこと?
「まあ、お金はウチじゃなくてフランス政府が出してるんですけど」
「「「ええっ!?」」」
リーダーの言ってることが、うまく頭の中に入ってこない。
「このホテル、年中いつでも使えるから、会社で自由に利用してください。
社員旅行で使ってもいいですよ」
「「「ええっ!?」」」
「そうそう、来るときはエールフランセ航空を使ってください。
ファーストクラスが無料で使えます」
「「「ええっ!?」」」
私たち、「ええっ」しか言ってないわ。
「ここ、パリの〇〇〇ホテルですから」
リーダーは、超一流ホテルの名前を告げた。
「「「ええっ!?」」」
もう、どうにでもしてって感じね。
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