第3話 おばちゃんのお好み焼き


 地球世界で俺たちが現われたのは、俺が故郷に建てた『地球の家』の中庭だ。

「ロ」の字型をした二階建てに囲まれた中庭には、その中央に俺の二倍ほどの背丈に育った『光る神樹』が立っている。


 その横に俺たちが現れてすぐ、念話が聞こえてきた。


『シロー、この前はありがとう』 

 

 あ、神樹様、お話しできるようになったのですね。前に来た時は、まだ神樹様が幼なくてお話することができなかったんだよね。


『いいえ、どういたしまして、神樹様』


『あなた、私に名前をつけてくれる?』


『『『待ったーっ!』』』


 あれ? なんでルル、コルナ、コリーダの念話が?

 コルナしか神樹様と念話できないはずなのに……。

 あっ、さては点ちゃんだな!


『神樹様、お名前は私たちが考えます』


『まあ、嬉しい!

 あなたは巫女ね?』


『はい、コルナと申します』


『では、お願いします。

 よい名前を待っていますよ』


「あー、危なかった!

 お兄ちゃんが名前つけちゃうところだったよ」


 以前地球世界へ来た時に買った、オレンジ色のドレスに身を包んだコルナが、俺の左手を取り、ぐいと引っぱった。


「いや、俺、そこまで名前つけるの下手かな?」


 ルル、コルナ、コリーダが、揃って深く頷く。

 うわー、傷つくな~。


「ちなみに、さっきつけようとしていた名前は?」


 コリーダ、そこ突っこむの?

 でも、俺はこの名前に自信がある!


「驚くなよ?

 俺がつけようとしていた名前は『太郎』だよ。

 いい名前だろう?」 


「「「……」」」

『(u ω u) ……』


 どうして三人とも、無言なの?

 そして、点ちゃんまで、なんで?!


「シロー、この神樹様は女性ですよ」


 えっ!? そ、そういえばそうかな?

 でも、あえて女性に男性の名前つけるのってカッコよくない?


『(; ・`д・´)つ そんなの、つけるかーっ!』

 

 ◇


 俺はナルとメルを連れ、大阪にある贔屓ひいきのお好み焼き屋を訪れた。

 にぎやかな大通りから一本裏通りに入った所にある小さな店は、店の名が読めなくなった古びた暖簾だけが、入り口に掛かっている。

 それを手で払い、店の引き戸を開ける。


 ガラリ


「おばちゃん、また来たよー」


「あー、あんちゃん、久しぶりやねえ」 


「「こんにちはーっ!」」


「おうおう、ナルちゃんとメルちゃんやったかね。

 よう来てくれたねえ」


 髪を手ぬぐいでまとめ、おたふくの絵が描かれたエプロンを着けた、大柄で丸顔のおばちゃんが、恵比寿様のような笑顔をほころばせる。

 この人は、おばさんというより、やっぱり「おばちゃん」だな。


「「おこーっ!」」


 ナルとメルは、鉄板を前に待ちきれないようだ。


「「お好み焼き好きかい?」」


「「好きー!」」


「ほうかい、ほうかい!

 じゃ、頑張って焼くかいな」


「「わーい」」


 大阪の下町にある、このお好み焼き屋『おこじゅー』は知る人ぞ知る名店だ。

 おばちゃんが一人でやっているから、取材や予約はお断り。

 団体の来店も、受けていない。

 そして、この店にはメニューが無い。ただ、豚玉のお好み焼き、それだけがある。


 ジューッ


「「じゅーっ!」」


 口真似をしながら、ナルとメルは目を輝かせ、おばちゃんが焼くお好み焼きを見つめている。


「ほいっ!」


「「ほいっ!」」


 おばちゃんが、くるりと鮮やかにお好み焼きを裏返す。

 惚れ惚れするような手つきだ。きっとお好み焼きを焼くことが大好きなのだろう。

 素早い手つきだが、生地を大事に扱う優しさが感じられた。


「はい、お食べ!

 青のりは抜いてあるからね」


「「わーい!」」


 ナルとメルが焼きたてのお好み焼き攻略に取りかかる。


「で、今回は、前みたいに無茶な注文はしないんだろうね?」


 手を止めず、俺の分を焼きながら、おばさんが鋭い目でこちらを見る。


「それが、どうしてもって人がいまして。

 三日に分けていいですから、前回と同じだけ焼いていただけますか?」


「あんた、またかい!

 いい加減にしとくれよ。

 おばちゃん、働きすぎで死んじまうよ!」


「ま、まあ、これ見てください。

 前に軽くて丈夫なのが欲しいとおっしゃってたでしょ?」


 俺は腰のポーチから出すふりをして、点収納から金属製のヘラを二本取りだした。


「おや、綺麗だね!」


 ドワーフの名工に頼み作ってもらった、銀色に輝くヘラは、道具の様式美を越えて美しかった。


「ちょっと、借りるよ」


 おばちゃんは、ヘラを一つずつ両手に持つと、それで俺のお好み焼きを裏返した。


 ジューッ

 

「なんだい、やけに軽いねえ!

 これ、すぐ壊れるんじゃないかい?」


「ははは、これ、どんな金属より丈夫ですよ」


 このヘラ、ミスリル製ですから。一本で、小さな家が買えますから。


「あはは、そりゃ言いすぎだろうけど、これなら手が疲れないねえ」


「それ、差しあげます」


「ふう、あんたにゃ敵わないねえ。

 しょうがない、また百枚焼いてやるよ。

 そうだね、明日から毎朝十時においで。

 開店前に、三十枚ずつ焼くからね」


「「おばちゃん、ありがとうー!」」


 ナルとメルは満面の笑顔だ。


「いいんだよ。

 あたしゃ、この子たちの笑顔のために焼くんだから。

 あんた、そこ間違えるんじゃないよ」


「ええ、分かっています」


 おばちゃん、自分が焼いたお好み焼きのために、異世界のある国で法令ができたなんて知ったら驚くだろうな。

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