第58話 密談


 その日の夕方、お好み焼きのお返しということで、国王陛下の家族同席で豪華な、しかし、冷めた料理を振舞われた俺は、書斎風の薄暗い部屋に通された。

 部屋には、陛下、シュテイン、俺だけが座っている。

 

「シュテイン、シロー殿に報酬として禁書庫の閲覧を許すことに関し、何か言いたいことがあるようじゃな?」


「はい、父上。

 シローが探しているのは、『ポータル』と呼ばれるものの情報です」


「うむ、『ポータル』か……確かそれは異世界と繋がる扉のようなものではないか?」


「はい、その通りです」


「しかし、あれは伝説のたぐいであろうが、なぜそのようなことを気にするのじゃ?」


「陛下、それは俺からお話しします」


 話が長くなりそうだから、俺が二人の会話に割りこむ。

 俺は、ポータルが実在する事、この世界が属する世界群が、『ポータルズ世界群』から分かれただろうことを話した。


「俺はポータル間を転移中にこちらの世界群に住む、ある人物により召喚されてしまったのです」


 本当はセルフポータルで転移しようとしてたんだけど、それは話せない。セルフポータルの能力は秘密にしなきゃならないからね。


「その人物とは、このボナンザリア世界にいるのじゃな?」


 この世界は『ボナンザリア』と言うのか。


「いいえ、陛下。

 彼女は別の世界にいます」


「どういうことじゃ?

 お主はこの世界に召喚されたのではないのか?」


「いえ、私は別の世界から、ポータルを二つ潜ってこの世界まで来ました」


「な、なんじゃと!」


 世界群という概念が、やっと頭に入ってきたのだろう。陛下が大声を上げた。


「シロー、あなたは、かつて切りはなされた、もう一つの世界群に帰るためにポータルの情報が欲しいのですね?」


 シュテインが要点をまとめてくれる。


「その通りです」


「なるほど。

 シュテインが慎重になるのも当然じゃな。

 しかし、これは大変なことじゃぞ」


「お二人のご心配は分かります。

 実際に向こうの世界群でこういうことがありましたからね」 


 俺は陛下とシュテインに、『神樹戦役』に関する事をできるだけ詳しく話した。

 二人は、スレッジ世界にある二つの国が引きおこした戦乱の話を、食いいるように聞いていた。

 最後に気に掛かっていることをつけ加える。

 

「俺が心配しているのは、こちらの世界群に神聖神樹様の気配がないことです。

 それに、俺がこれまで訪れた二つの世界には、神樹様もいらっしゃいませんでした」


「それが何か問題となるんですか?」


 俺が『神樹戦役』の話をした後なので、シュテインはかなり不安そうだ。


「落ちついて、冷静に聞いてください。

 各世界にある神樹様には、世界群を維持するという働きがあります。

 それをとりまとめるのが、神聖神樹、つまり聖樹様です。 

 ところが、その神樹様で繋がるネットワークが無いという事は――」


「この世界に、厄災が振りかかるといういことか……」


 シュテインが俺の言葉に続ける。


「はい、恐れながら」


「……シローよ、その厄災とはどのようなものじゃ?」


 陛下が絞りだすような声で尋ねる。


「予想でよろしければ、お伝えできますが」


「それでよい。

 話してみよ」 


「この世界、そしてそれに繋がる世界群の消滅です」


「「……」」


 陛下とシュテインの顔色が青くなっていく。

 その顔色がほとんど紫色になったとき、やっと陛下が口を開いた。


「世界の消滅……」


 先ほどまでの覇気を失ったしわがれ声は、まるで老人のものだった。

 

「先ほどお話した『神樹戦役』も、『ポータルズ世界群』を消滅から守るための戦いだったのです。

 恐らくこちらの世界群は、微妙なバランスの上にかろうじて存在していると思われます」


「な、なんということだ……」


 シュテインがやっと聞こえるような、低く暗い声でそうつぶやいた。


「シロー、先ほど聞いた戦役に関する話によると、『ポータルズ世界群』とやらは消滅を免れたそうではないか?」


「はい、その通りです」


「この世界を救う方法、お主には考えがあるのではないか?」


「ええ、一つあります。

 確実な方法とはいえませんが」


「それを聞いてもいいか?」


 陛下のその言葉に、俺はその情報を禁書庫への入室と引きかえにすることも考えたが、ここはそれを教えることに決めた。


「……いいでしょう。

 この世界を救うための方法というのは、こちらの世界群と『ポータルズ世界群』を再び繋ぐことです」


「えっ?

 だけど、そんなことって可能なの?」


 気が急くのか、シュテインは砕けた口調になっている。

 彼の質問に対する答えは、すでに用意してあった。


「これも可能性の問題になりますが、こちらの世界群に神樹の種を植えるのが唯一の方法でしょう」


「そ、そんな……」


 シュテインが、がっくり肩を落とす。


「神樹の種と言ったな。

 そのようなもの、どうやって手に入れればよいのじゃ?」


 頭を抱えた陛下が、絶望に染まった声でうめくように言った。


「神樹の種なら、俺がいくつか持ってますよ」


「「えええっ!?」」


「この世界に来る前に立ちよった二つの世界には、すでに世界樹の種を植えてあります」


「えっ!?

 こうなることが、予め分かってたの?」


 シュテインが、形のいい目を大きく開いて俺を見つめる。


「いや、分かっていなかったよ。

 さっき言った危険に気づいたのは、この世界に来てからだ」


「では、どうしてその……なんと言ったか」


 陛下が、もどかしそうに手で小さな丸を作っている。

 ちょっとカワイイ。


「神樹の種ですか?」


「そうじゃ。

 その神樹の種とやらを植えたのはなぜじゃ?」


「神樹には、お互いに感応する能力があります。

 もしかすると、それによって『ポータルズ世界群』とこちらの世界が繋がるかと思い、試してみたのです」


「なるほど、そうじゃったか」


『( ̄▽ ̄)つ 本当は適当に植えてただけだよー』


 点ちゃん、いらないこと言わなくてよろしい。

 陛下に聞こえるように言ってないよね、それ。


「シローよ、考えをまとめたいから、少し時間をくれぬか?」


「陛下、承りました」


「ははは、すでに余とお主は友人じゃ。

 シュテインと同じように話してくれればよい」 


「はっ、あ、いえ、分かりました」


「で、夕食のことじゃが……」


「分かっております。

 私の方で用意いたします」


「おお、そうかっ!

 また、熱いのを頼むぞ!」


「はい、任せてください」 


 ◇


 密談が終わると、俺は再び陛下の家族にお好み焼きをご馳走することになった。

 本当は別の料理を出したかったのだが、すでに『オコ焼き令』まで出されている今、国王一家の希望に沿うようにしたのだ。 


「シロー、あなたを『オコ焼き騎士』に任命します」


 ルナーリア姫の舌足らずな宣言で食事は始まった。


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