第52話 案内人


 孤児院に泊まった翌日、寝ていたところを朝早くから子供たちに起こされ、遊びにつき合わされた。

 最初は置いてあった積み木で遊んでいたのだが、思いついて、点ちゃんに大きめの「積み木」を作ってもらう。赤青黄色と、様々な色のブロックが部屋に積みあがる。


「「「うわーっ!」」」


 子供たちから歓声が上がった。

「積み木」は、小さな子でも持てるよう軽くしてある。

 子供たちはすぐに積み木で家やお城を作りはじめた。

 

「できたーっ!」


 ロキと男の子二人が作ったのは、子供なら立って入れるほどの大きな家だった。


「ロキ兄ちゃん、すごいね!」

「入ってもいい?」

「おうちー!」


 小さな子が家の中に入って満足げな顔をしている。


「兄ちゃん、俺の家すげえだろ?」


 腕を組み、それを見ているロキは鼻高々だ。

 

「まあ、すごいものつくちゃったね。

 そろそろご飯だよ」


 部屋に入ってきたリーシャおばあさんが、声を掛ける。


「あんた、本当にいいのかい?」


「ええ、任せてください」


 おばあさんが言ってるのは、朝食のことだ。

 昨日、朝食の用意を申しでておいた。 


「そうだね、せっかくだから、あの方が来てから一緒に食べようかい。

 じゃあ、あんたに紹介する方が来たら朝食の用意を頼むよ」

  

「分かりました」


 ◇


「こんにちは。

 遅くなりました」


 待ち人は、昼近くになって現れた。

 上質な白いローブが似合う小柄な人物だった。

 繊細な美しい顔で、最初見た時は女性かと思った。

 

「シューにいちゃんが遅いからお腹減ったー!」


 ロキのその言葉で、男性だと分かった人物は、言葉遣い振舞いともに上品だった。


「遅くなって悪かったね。

 リーシャさん、待たなくても良かったに」


「ほほほ、日頃世話になってるんだ。

 少し待つくらいどうってことないよ。

 今日の朝食、もう昼食かね、それはお客が作ってくれることになっててね」


「ああ、こちらの方ですね」


 青年の澄んだ目は、俺の内側を見透かすようだった。


「初めまして、シローです」


「こちらこそ、初めまして。

 私はシューと言います。

 シローさんはもしかして、『迷い人』ですか?」


「……」


「間違っていたら失礼します。

 何人かそういう方を知っていまして。

 雰囲気が似ているなあと思いました」


「俺は掛けだしの冒険者ですよ」


「ははは、余計な事を聞いてしまいました。

 朝食の用意をされるとか?」


「ええ」


「来ていきなりですが、ご馳走になりますね」


「どうぞ」


 子供たちは、すでに腹ペコで泣きそうな顔になっている。

 俺は腰のポーチに手をやり、お皿に乗せた焼きたてクッキーを取りだした。


「「「うわーっ!」」」


 目を輝かせた子供たちが歓声を上げる。

 さっそくロキがクッキーに手を伸ばそうとする。


「ロキ、ちょっと待って」


「兄ちゃん、早く食べたい!」


 ロキは足をバタバタさせて抗議する。

 俺が黄金色のビンを取りだすとその足がピタリと止まった。


「こ、これ、なに?」


「これはね、蜂蜜っていうんだ。

 これをね、こうやってクッキーに掛けるんだよ」


 蜂蜜がとろりとクッキーの上に落ちると、子供たちがたらりとよだれを垂らした。


「さあ、どうぞ」


「「「いただきまーっす!!」」」


 子供たちの手が一斉にクッキーに伸びる。


「「「……」」」


 それを口に入れたとたん、みんなの動きが停まった。


「「「おいしーっ!」」」


 再び子供たちが動きだしたが、食べいそいで目を白黒させている子もいる。


「ゆっくりたべな。

 その方がおいしいよ」


 リーシャさんに言われ、子供たちは、やっと普通に食べはじめた。


「なんでこんなに美味しいの?」

「あまい~!」

「おいちーの!」


 エルファリアのアップルサイダーに似た飲み物もつけてやる。

 

「「「しゅわーっ!」」」 


 みんな発泡サイダーが気に入ったみたいだ。


「シローさん、このハチミツやジュースは?」


 シューが形のいい目を丸くして尋ねてくる。


「俺が旅してきた場所で手に入れたものです」


「うーん、こんな美味しいもの、今まで食べたことないなあ」


「な、シュー兄ちゃん、言った通りすげえだろう?

 オコノー焼きってのもあるんだぞ!」


 オコノー? ああ、お好み焼きか。


「ロキの言うとおりでした。

 これは本当に凄いですよ」


 リーシャおばあさんが、シューの隣で頷いている。


「ホントにねえ、こんなうまいもん食べたら寿命が延びるよ」 


 子供たちが一心不乱にクッキーを食べるのを見て、彼女の目には涙がにじんでいた。

 俺は、孤児院のみんなが喜んでくれて心から嬉しかった。


 ◇


「兄ちゃん、もう行っちゃうのか?」


 シューが待たせていた、立派な馬車に乗りこもうとすると、服の裾をロキに引っぱられる。


「ロキ、案内ありがとう。

 お小遣いは、リーシャおばあさんに渡しておいたよ。

 積み木は置いていくから、小さな子を遊ばせてやってくれ」


 涙を必死にこらえている彼に、地球で買ったベースボールキャップをかぶせてやる。


「また来るからね」


「……絶対、絶対だぞ、兄ちゃん!」


「ああ、『ワンワン団』の世話を頼むぞ」


「うん、分かった!」


「じゃあね」


「「「さようならー!」」」


 俺とシューが乗る馬車が街角を曲がり、見えなくなるまで、子供たちは手を振っていた。


「シローさんはお子さんが?」


 俺と向かい合って座っているシューが尋ねてくる。


「ええ、娘が二人」


「道理で、お若いのに子供たちとのつきあい方が上手いなあと思いました」


 彼の言葉で、また家族の事を思いだしてしまう。

 なんとかしてポータルの情報を手に入れないと。


「ところで冒険者の私が、貴族しか使えない図書館に入れますか?」


「そこは任せておいてください」


 シューは自分の薄い胸を叩いたが、そのしぐさは彼に似合っていなかった。

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