第3部 スレッジ世界にて
第10話 奴隷と闘士(1)
獣人世界グレイルの隠しポータルを潜った俺と加藤が現れたのは、小さな石室の中だった。
湿っぽいその場所は、狭く、カビ臭かった。
俺が手にする水晶灯が無ければ、まっ暗だったろう。
壁に開いた、扉が無い低い戸口を潜ると、上へと続く石の階段があった。
そこを昇ると石板にさえぎられる。
勇者加藤が分厚い石板を軽々と持ちあげ、外に出る。
そこは、森の中にある古びた遺跡だった。夜が明けて間もないようだ。
俺は、点ちゃん1号を出すと、加藤、白猫ブランを乗せ、空に昇る。
この世界は、地峡で繋がった大きな二つの大陸と、たくさんの島々があり、俺たちが出てきたポータルは、西側の大陸中央付近にあった。
「でかい大陸だな」
加藤が、興味深そうに見下ろしている。
「ああ、今まで見てきた中でも大きい方だな」
高度をやや下げると、緑が多い大陸だと分かるが、ところどころ、ぽっかり緑が無い場所がある。
さらに高度を下げ、街らしきものが見えてきたところで方向を決める。
森の中の遺跡から最も近い街は、北東方向にあった。
透明化を施した点ちゃん1号を、その街近くの街道脇に降ろす。
馬車のようなものが道を行き来していたので、それが途絶えるのを待ち、機体から外に出る。
白猫を肩に乗せた俺が加藤と肩を並べ道を歩いていると、馬車が追いこしていく。その馬車の荷台には、檻のようなものが載せてあり、中に人影が見えた。
「おい、あれって……」
加藤が眉をひそめる。
「ああ、どうやら奴隷制度がある世界に来たらしいな」
予想していた通り、ここはスレッジという世界で間違いないだろう。
点ちゃん、さらわれた人たちについてブランはどう言ってるの?
『(・ω・) この道を進行方向に進んだみたいですよ』
とりあえず、街に行けということだな。
俺と加藤は、街に向け土埃が舞う街道を歩きだした。
◇
街の城壁は、石造りの立派なものだった。
街への入り口には、大小二つの門があり、役人のような者に何か見せた旅人が、小さい方の門から街へ入って行く。
俺と加藤は、並んだ人々の後ろに立った。
並んでみて分かったが、人々はかなり小柄で、その身長が俺の胸辺りまでしかない。
アリストの鉱山都市で、出会ったドワーフを思いだした。
この世界の住民は、ドワーフのようだ。
前に並んだ小柄な男性二人の言葉に耳を澄ませてみる。
「そんなにいたのか?」
「ああ、そいつの話では、二十人以上いたらしい」
「男は何人だ?」
「四、五人くらいは、いたって言ってたな」
「そりゃ、取りあいになるな」
「久しぶりに来た竜闘士だからな、そうなるだろう」
彼らの話は、役人らしき者に話しかけられたことで中断した。
俺たちに、もう一人の役人が話かけてきた。
「ああ、人族か。
通行証は、持っているか?」
「いや、俺たち二人は、ランダムポータルで来たから、持っていない」
「おっ、
こっちへ来い」
男は興奮した様子で、俺たちの先を歩いた。
門を潜ると、石造りの町が姿を現す。
家屋は二階建てが多く、道は石畳となっている。
俺と加藤は、門からそれほど遠くない、周囲より少し大きな建物に連れていかれた。
入り口には机があり、門の役人と同じような服装をした男が座っていた。
「おい、稀人が来たぞ」
案内した役人が言うと、机に着いていた若いドワーフが、がたっと立ちあがった。
「すぐに知らせてきます!」
そう言いのこすと、若い男は建物の奥に走りこんだ。
それほどかからず、初老のドワーフが小走りでやってきた。
「お前が稀人か?」
彼は俺に声を掛けてきた。
「所長、二人とも稀人です」
門から案内した男が、言葉をはさむ。
「おお、二人ともか!
じゃ、お前ら、ついてこい」
俺たちは、所長と呼ばれた男に、殺風景な部屋に案内された。
木のテーブルが一つと丸椅子が二つだけある。
俺たちが、やけに低い二つの丸椅子に座ると、入り口にいた若い男が、もう一つ椅子を持ってきた。所長はそちらに座る。若い男は、その後ろに立ったまま控えた。
「この世界には、稀人に関する決まりがあってな」
「決まり?」
「お前たちには、二つの選択がある。
奴隷になるか、闘士になるかだ」
「闘士とは何だ?」
「その辺の細かいことは、このネリルから聞いてくれ」
そう言いのこすと、所長は席を立ち、部屋を出ていった。
さっきまで後ろで控えていた若者が、俺たちの前に座る。
「まず、名前を聞いてもいいかな?」
男は俺たちの名前や出身世界を尋ねた。
加藤と念話で打ちあわせ、アリストがあるパンゲア世界からやってきたことにする。
「奴隷と闘士、どちらを選ぶ?」
「だから、その闘士ってのは何だ?」
加藤は、いらついている。まあ、こいつは奴隷などという制度がある、この世界自体が気にくわないだろうからね。
「武闘場で戦う者の事をそう言うんだ」
「なんで、戦わなくちゃならない?」
加藤の疑問は、当然のものだ。
「それが闘士の仕事だからだ」
ネリルという若者は、それでこちらが分かるだろうと思ったのだろうが、それでは答えになっていない。
「だから、闘士はなんで戦うんだ?」
俺が加藤の質問を繰りかえす。
「相手の闘士と戦い、勝つためだ」
どうも、このネリルという若者は、こちらが稀人だという事を忘れているらしい。
「それでは、説明になっていない。
俺たちが、闘士として戦う理由は何だ?」
切れそうになっている加藤を横目で見ながら、俺は質問を重ねた。
「ああ、そうか。
お前たちは、この世界の事が分かっていなかったな。
スレッジでは、貴族と平民以外、闘士として戦うか、奴隷になるしかない」
ネリルは、やっと少しまともに答えた。
まあ、それでもまだ半分も俺の質問に答えたとは言えないが。
「闘士は、貴族や平民を楽しませるため、そして、争いごとの決着をつけるため戦うんだ」
「争いごとの決着?」
「貴族同士や平民の間で、何かもめ事が起きた時、代理で闘士を戦わせ、勝った方の言い分が認められる」
なるほど、そういうことか。
「こんな世界、ぶち壊してやる!」
加藤が切れたので、俺は念話でヤツをなだめておく。
『加藤、まずはリニアやエンデの救出が先だ』
『すまん、つい熱くなった』
加藤が口にした言葉にぎょっとしたネリルだが、彼が黙ったので、ホッとしたようだ。
「じゃ、俺たち二人は、闘士になる」
こうして、俺と加藤は、スレッジという世界で闘士となった。
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