第45話 救い



 沖縄で思いっきり楽しんだ家族と、俺が合流したのは、みんなが『地球の家』に帰って一週間後だった。


 家族と仲間たちは、余りに楽しいから滞在を一日伸ばしたそうだ。

 ヴィラは予約してあったからいいんだけどね。俺だけ沖縄を楽しめなかったじゃない。

 ルルの水着が……。


『(^▽^)/ ご主人様といっぱい遊べて楽しかったよー』


 点ちゃんがそう言ってくれるなら、まあいいか。


 ところで、俺の帰宅が遅くなったのは、理由があったんだ。

 その話をしておこうかな。


 ◇


 俺は、地球温暖化について国連会議が開かれている会場に姿を現した。


 そこで、俺と俺の家族を狙ったグループがいたことを公表した。

 もちろん、この部分はオフレコだ。

 犯行に加わった十人の名前と国籍を口頭で伝える。


 自国の関係者だと分かった出席者は、まっ青になっている。

 それはそうだよね。

 このことで自国の首脳部が全員消されちゃうかもしれないんだから。

 ある国の女性代表なんか、失禁しちゃった。


 関係国の首脳を消さない代わりに、俺は二つの条件をつけた。

 一つは、彼らの国に対し、十年間『枯れクズ』の値段を三倍にすること。

 もう一つは、国内で武器商人を厳しく取りしまること。


 関係国の出席者は、厳しい条件にも関わらず、涙を流し喜んでいた。

 最後に俺は低い声で、次のように言った。


「武器商人の取りしまりに関しては、本気であるかどうか、こちらには調べる手段がある。

 いい加減な事をすると、こんどこそ首脳部を消す。

 消去に関しては、あくまで一時停止であることを忘れるな」


 これで、関係国から来たほとんどの者が失禁した。俺の家族には内緒だ。


 ◇


 ユーラシア大陸北方に位置する、ある国の病院を訪れた。

 そこは難病にかかった子供専用の医療施設で、入院しているのはほとんどが裕福な家庭の子供だ。


 ある病棟を訪れた俺は、受付で自分の身分と誰のお見舞いに来たかを告げる。

 呆然としている看護師が多い中、ベテランの女性がてきぱきと動いてくれた。

 院長が慌てて駆けつける。


「お噂はかねがねうかがっております。

 今日は、このようなところへ何のご用で?」


「この病院に、イリーナと言う少女が入院しているはずですが」


 俺は、『赤いサソリ』のファミリーネームを告げた。

 ベテランの看護師が、すぐに答えてくれる。


「はい、三〇五号室です」


「ありがとう。

 案内してもらえるかな?」


「はい、すぐに」


 中年の女性はそう言うと、先に立って歩きだした。その後を俺が、そしてなぜかその後ろに院長が続く。


「ここです」


 ノックをした後、看護師はドアを開けた。

 個室のベッドには、黒っぽい顔色をした少女が横たわっていた。

 おそらく十五歳くらいだろう。


「彼女の関係者は、父親以外にいますか?」


「いえ、書類に父親以外誰の名前は書かれていませんし、お見舞いに来るのも父親だけでした」


「二人とも、ちょっと外に出ていてもらえますか?」


「は、はい。

 おい君」


 院長は、看護師を連れ外へ出た。


「イリーナ、聞こえるかい」


 俺は、そっと話しかけた。

 彼女は閉じていた目を薄く開け、光のない目で俺を見た。

 その目は、最初に会った時のコリーダを思いださせた。


「あなた、誰?」


「俺はシロー。

 君のお父さんの友人だよ」


「パパ……パパは死んじゃった。

 私も死んで、パパに会いにいくの」


「パパからの伝言を預かっているんだけど、聞きたいかい?」


「ほ、本当っ!」


「ああ、本当だとも」


「聞かせてっ!」


 暗かった彼女の目に、一筋の光が浮かんだ。


「じゃ、話すよ」


『イリーナ、元気になっておくれ。

 そして、幸せになっておくれ。

 それがパパから最後のお願いだ』


 イリーナの目が大きく見ひらかれると、真珠のような涙がぽろぽろとこぼれた。


「パパ……パパッ!」


 彼女は俺の胸にすがりつくと、大きな声で泣きだした。

 恐らく、今の今まで悲しみをこらえていたのだろう。


 点ちゃん、どうだい?


『(Pω・) 体の特定の場所に小さな石のようなものが溜まる病気みたい。

 それを定期的に取りのぞけば大丈夫だよ』


 なるほど、根本的な治療は舞子じゃないと無理か。

 じゃ、点ちゃん、とりあえず石を取りのぞいてあげて。


『(^▽^)/ 分かったー』


 俺の手から、光る点がイリーナの体に入っていく。

 彼女の背中の辺りが二か所、治癒魔術の光に包まれる。


「なんだろう。

 なんだか、あったかくって気持ちいい」


 泣きやんだイリーナが、俺の胸でつぶやく。

 光が消えると、イリーナの顔色は見ちがえるほど良くなっていた。

 俺は部屋の外にいる院長と看護師に声を掛けた。


「入ってきてください」


 二人は入ってくると、イリーナの様子に驚いた。


「イリーナちゃん、すごく顔色がいいわね」


「ターニャおばさん、あったかくって、すごく気持ちがいいの」


 看護師さんが、まだ涙で濡れているイリーナの顔をハンカチで拭いている。


「院長、イリーナを俺に任せてもらえませんか。

 治療は、俺が行います」


「そ、そうはいっても……」


「何なら大統領から連絡してもらいますが」


「えっ! 

 い、いえ、それには及びません。

 退院の手続きはこちらでしておきます。

 支払われた金額との差額は、イリーナさんにお渡しします」


「ありがとうございます。

 あと、ターニャさん、ご家族は?」


「私ですか? 

 もう家を出て自立した息子と娘が一人ずついます。

 気楽な一人暮らしです」


「できれば、あなたにもイリーナについてきて欲しいんです」


「し、しかし、それは……」


 さすがに、院長が口を挟む。


「院長、許可して頂けるなら、異世界の医療技術を優先してこちらに教えてさしあげますが……」


「ぜひぜひ、お願いします! 

 ターニャ、イリーナさんを頼むぞ」


 分かりやすい院長だな。


『(・ル・) お髭のマウシーさんみたい』


 いや、点ちゃん、まさにそのとおり。


「ターニャさん、給料の方は心配される必要はありませんよ。

 あと、定期的にお国に帰られるように、こちらで手配しましょう」


「ほ、本当にそんな条件でいいんですか?」


「ええ、任せてください。

 詳しいお話は、後ほどしましょう」


 イリーナが元気になるまでは、ターニャさんが側にいた方がいいだろう。

 それにターニャさんのような人材は、お金に代えられないからね。


『( ̄ー ̄) ご主人様は、悪いですね~』


 いや、彼女のような人材の価値が分からない院長がダメでしょ。


 ◇


 二日後、旅行用の荷物を持った、ターニャさんとイリーナが病室で待っていた。

 俺は二人の手を取ると、荷物ごと『地球の家』の中庭に瞬間移動した。

 二人は何が起きたか分からず、呆然としている。

 中庭に面したドアが開いて、ルルが出てくる。


「ようこそ、わが家へ」


 彼女はそう言うと、にっこり笑った。

 イリーナとターニャさんはルルの笑顔を見て安心したようで、彼女と手を繋いで家の中に入っていった。


 こうして、俺は、自分と家族を殺そうとした男の娘を預かることになった。

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