第7部 地球の神樹

第32話 エミリー研究所(上)


 異世界科の授業に参加した後、翔太、エミリー、ハーディ卿、ブランを連れ、アフリカに建てた『エミリー研究所』を訪れた。


 当初、ハーディ卿の助力に感謝してつけた研究所の名前だったが、今となってはこれほどふさわしい名前はあるまい。


 今、俺たちは、研究所のカフェで、先に送りこんでおいたジョイ、ステファンとテーブルを囲んでいる。


「ジョイ、ステファン、研究の調子はどうだい」


「シローさん、それはもう刺激的ですよ!

 この世界の科学は魔法が無い前提で進歩してますから、私たちの科学とかなり違います。

 学園都市と較べると、一見遅れているようにも見えますが、各分野で面白い研究が山ほどあります」


 興奮した様子のステファンが、一息で報告する。 


「ジョイ、君の方はどうだい?」


「はい、すでに『枯れクズ』からエネルギーを取りだす装置の大まかな構想はできています」


「本当かい! 

 凄いじゃないか」


 ハーディ卿が興奮した声を上げる。


「シローさんと会うきっかけになった、神樹様の探索装置がありましたよね」


「そう、あれで君を引きぬこうと決めたんだよ」


「あの装置を改造すれば、エネルギーを取りだせそうなんです」


「いいね。

 試作機はいつごろできそう?」


「そうですね。

 いくつか技術的なハードルはありますけれど、ここには優秀な人材が揃っていますから、一か月は掛からないと思います」


 アメリカから、ノーベル賞受賞者、候補者が大勢来ているからね。


「分かりました。

 完成次第、『異世界通信社』に報告を入れてください」


 二人から話を聞いた後、俺たちは『エミリー研究所』を見てまわった。

 スタッフの中には、ハーディ卿の知りあいも多いから、皆は気楽に建物内を散歩している。

 初期から較べると、研究所は三倍以上の人数に膨れあがっていた。

 黒人が目立つのは、『枯れ枝』がアフリカを救う可能性があるからだろう。


 一つの建物を訪れた時、数人の研究者を引きつれた高齢の白人が、俺たちに近よってきた。

 老人は髪がとさかのように立っており、俺はベートーベンの肖像画を思いだした。


「あんたがシローかね」


 当然、俺は返事もしない。

 ジョイと先ほどの装置の話を続けている。


「おい、聞こえんのか!」


 俺は全く耳を貸さない。

 横で翔太がクスクス笑っている。


「君、ノーベル賞受賞者のノーティス博士に失礼だぞ!」


 取りまきの若い研究者が俺に詰めよる。


「なるほど、その点がクリアされたら小型化もできるね。

 ジョイ、他世界の研究所にもそれを知らせたいから、発表の用意をしてもらえるかな。

 録画して各研究所に配るよ」


「分かりました」


「おい! 

 博士の言葉を聞かんか!」


 取りまきの若い研究者がわめいている。

 聞く必要はないのだが、とりあえず意識を向けてやる。


「あんた、誰?」


「馬鹿者! 

 こちらのお方は、量子力学分野でノーベル賞を取られたノーティス博士だ!」


「何の話?」


「私たちは、教授こそがこの研究所の所長に相応しいと考える有志一同だ。

 博士を所長にするのに異存はないな?」


「で、その博士とやらは、『枯れクズ』の研究で、どんな成果を挙げたか聞かせてもらえるかな?」


「う、そ、それは……」


 取りまきを押しのけ、博士が前に出てくる。


「そんなガラスの欠片かけらなぞに何の価値がある? 

 これまでの実績こそ全てだ!」


 俺は先ほど話していた若い研究者に尋ねた。


「ところで、その有志一同とは?」


 若い研究者が何人かの名前を挙げたので、俺はそれを点ちゃんノートに記録した。

 最後にノーティス博士の名前を書きくわえる。


「ただ今をもって、ここに名前がある全員を当研究所の職員から外す」


 俺はいつもの口調で、そう話した。


「「「えっ!!」」」


 教授の取りまきが、ギョッとした顔をする。


「まあ、当然の判断ですな」


 そう言ったハーディ卿が、俺の横で口髭くちひげを撫でている。


「お、おいっ! 

 ノーティス博士だぞ! 

 そんなことが許されるのか!」


「許されるも許されないも、もう決まったことだ。

 即刻、この施設を立ちされ」


 要所に待機している警備員の一人を呼びよせる。

 文字を可視化した、点ちゃんノートを彼に渡す。


「ここに名前がある者は、すでに当施設の職員ではない。

 一時間以内に叩きだせ」


「はっ、了解です!」


 俺たちに詰めよろうとする研究者を、警備員が引きはなす。


「貴様、覚えておけ! 

 ただじゃ済まさんぞ。

 ワシは我が〇〇国の首相とも友人だ。

 断固として国から抗議してやる」


 博士が口からツバを飛ばし、叫んでいる。

 俺は懐から特別製のスマートフォンを取りだす。

 ある番号を押した。


「ハインツさん?」


『これはこれは、シローさん。

 初めて直接お話しします。

 地球に帰られているのでしたね』

 

 俺が電話を掛けたのは、〇〇国の首相だ。

 〇〇国はヨーロッパの強国で、首相は女性だ。


「いま、目の前にノーティスという人物がいるのですが、たった今、研究所をクビにしたところです」


『なっ! 

 一体、彼がなにを?』


「お山の大将をしたかったようです。

 この研究所には不要の人物ですね」


『し、失礼しました!

 何とか我が国との関係だけは切らないでいただきたい!』


「そんなことは考えていません。

 ただ、研究者を派遣するときは、きちんと人物をチェックしてください」


『も、もちろんです! 

 彼はそこにいますか?』


「ええ」


『電話口に出してもらえますか?』


 俺はオープン回線にしたスマートフォンをノーティス教授に手渡した。

 彼が怪訝な顔で、それを耳に当てる。


『ノーティス! 

 あなた、やってくれたわねっ!』


「しゅ、首相、な、なんで……」


『あんた、自分が何をしたか分かってるのっ!』


「な、なにをと言われましても……」


『彼を怒らせてごらんなさい。

 わが国だけ『枯れクズ』を売ってもらえないことになりかねないのよっ!』


「そ、それがどういう……」


『あんた、馬鹿なの!? 

 世界中で我が国だけ『枯れクズ』を売ってもらえないとなると、世界で最も貧しい国に転落するのよ』


「な、なぜ……」


『さすがの友人でも、今回のミスばかりは、かばいきれないわ。

 あなた、帰ってきてもまともな大学が相手にしないわよ。

 いえ、それどころか世界中の大学で、あなたを雇うところは一つも無いはずよ』


「ど、どうして、そんな……」


『自分が招いたことだわ。

 自分で責任を取りなさい。

 我が国の公共機関には、一切接触しないで。

 我が国とあなたに、まだ関係があると思われると困るから』


 首相は別れの挨拶もせず、電話を切った。

 俺は、ノーティス博士の震える手から、特別製スマートフォンを摘まみあげ、懐にしまった。

 このスマートフォンは、ポータルズ条約加盟国首脳と俺だけのホットラインだ。


 へなへなと床に座りこんだ博士と、呆然と立ちつくすその取りまきを放っておき、俺たちは、さらに施設をまわった。

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