第5部 会見と動物園

第22話 地球にて


 俺たちが転移したのは、故郷の町郊外に作った『地球の家』の中庭だった。


 上から見ると「ロ」の字型の建物なので、転移した俺たちの姿は、外から見えない。


 アリストは昼前だったが、地球は夜だった。

 月明かりがあったので、そのまま建物の中に入る。

 とりあえず皆にくつろいでもらおうと、大きな応接室に通す。


 皆にお茶を出してから、邸内の要所要所に『枯れクズ』を置いていく。

 この邸内の明りは全て『枯れクズ』でまかなう。


「おじさん、おばさん、せっかくですから、温泉風呂に入ってください」


「温泉風呂?

 史郎君、そんないいものがあるのかい?」


 加藤のおばさんが、まんまるな顔を輝かせる。


「ええ、加藤君や舞子さんも好きですよ。

 ぜひ、入ってくださいね」


「じゃ、お言葉に甘えようかな」


 渡辺のおじさんも、興味を持ったようだ。


「お風呂から出たら、俺が送っていきますから」


「悪いわね、史郎君」


 ヒロ姉が、珍しく殊勝な事を言う。


 加藤のおばさん、渡辺のおばさん、ヒロ姉が先に入浴する。

 旅行の話で盛りあがる帰還組には、お茶のおかわりやお菓子を出す。


「リーダー、こちらの世界にも、月があるんだね」


 ミミが話しかけてくる。

 透明なシールドをはめ込んだ窓からは、満月が見えている。


「ああ、一つだけだけどね。

 グレイルやパンゲアに比べると、大きい月だろ」


「そうね。

 だけど、あの月についてる模様って何?」


 さすがミミは、獣人らしい目の良さで、月に刻まれたポンポコマークに気づいたようだ。


「あー、あれね。

 俺が点ちゃんと実験してて、つけちゃったんだよね」


「えっ! 

 あれって、ボーさんがやったの?」


 翔太が驚いている。


「ああ、残念ながらね」


「いつもポンポコマークが見えるから、いい宣伝になりますね」


 ポルは、暢気のんきなものだ。


「はー、お兄ちゃんは、どこにいても、なんか凄いことやってるね」


 コルナが呆れている。


 俺は、加藤夫妻、ヒロ姉、渡辺夫妻をそれぞれの家に送ると、入浴してからぐっすり寝た。


 ◇


 地球へ転移した翌日、俺は翔太とエミリーを連れ、瀬戸内海に面した港湾都市に来ていた。


 畑山家を訪れるためだ。

 その間、『地球の家』では、『異世界通信社』の柳井さんが、みんなに地球の常識を教えているはずだ。

 本当はヒロ姉に頼みたかったんだけど、彼女だと常識を教えそうだからね。

 柳井さんは、エルフや獣人に少し驚いたが、すでに話には聞いていたから、すんなりみんなと打ちとけていた。


 畑山邸には、庭からではなく、正面玄関からお邪魔する。

 そういえば、畑山家に玄関から入るのって、今日が初めてだ。


 メイドさんの案内で、いつもの大広間に通される。床の間には、相変わらず、かつて俺がその上を歩いたテーブルが飾ってあった。


「お久しぶりです」


「シローの兄貴も、お久しぶりで」


 畑山のおやじさんが、太い声で挨拶する。

 翔太は、さっそく父親の膝に座っている。


「翔太が、ずい分世話になりやした」


「いえ、そんなことはありませんよ」


 俺は、横に控えていた黒服の面々に、別室に下がってもらう。


 エミリー、翔太、俺、おやじさんの四人になったところで、畑山さんからの動画メッセージを流す。

 畑山さんは、城内にある噴水の横に立っており、横にはウサ子がいる。


『父さん、母さん、お元気ですか。

 アリスト国は、平穏無事です』


 本当は、危うく隣国が攻めこむところだったんだけどね。

 畑山さんの声が続く。


『今回、エミリーと翔太がこちらに来た時に、大変なお役目に覚醒したの。

 詳しくは、ボーから聞いてちょうだい。

 軽々しく外部に漏らせることではないから、くれぐれも気をつけてね』


 そこから、家族内の話をして動画は切れた。


「兄貴、大変なお役目ってえと?」


 俺は、畑山のおやじさんにエミリーと翔太の役割を話した。

 エミリーが世界群を救うかもしれない存在であること、翔太がその『守り手』であること。

 そして、翔太が魔術を暴走させないためにも、彼を魔術学校に通わせるべきであること。


 おやじさんは、しばらくの間、腕を組み目を閉じて考えていた。


「世界群の危機ってえ話ですが、それにこの世界は含まれているんで?」


「ええ、まず、間違いなく含まれています」


「そうですか。

 翔太、おめえ、ボーさんについて行くか?」


「うん、行きたい!」


「そうか……おめえが、ボーさんに命を救ってもらったってのも、ご縁があったってことだろう。

 兄貴、こいつをよろしく頼みやす」


 おやじさんが、頭を下げる。


「頭を上げてください。

 彼の助けが無いと困るのは、こちらなんですから」


「翔太、この嬢ちゃんを守ってやれ」


「うん、ボクが守る!」


 翔太は、父親の膝から立ちあがると、きっぱりと言った。

 エミリーが、赤くなっている。

 彼女は多言語理解の指輪を着けたままだから、日本語通じちゃうんだよね。


 その後、おやじさんが昼食に誘ってくれたが、エミリーを送る都合で、今回は遠慮させてもらった。

 俺は、エミリーと翔太を連れ、ニューヨークのハーディ邸に瞬間移動した。


 ◇


 転移した所は、エミリーが草花を育てているサニールームだ。


 念話しておいたので、ハーディ卿がすでに待っていた。

 エミリーは、すぐに父親の胸に飛びこんだ。


「ああ! 

 エミリー、お前、見えるんだね!」


 エミリーは、父親に抱かれ声も無い。

 しばらく待ち、二人が落ちついたのを見計らってから説明を始める。


「今回は、向こうの世界で、彼女の目を治すことができました」


 舞子が治したことは秘密にすると、『初めの四人』で決めてある。

 エミリーにも、そう言いふくめてある。


 でっかいハーディ卿の手が、俺の手をがっしと握る。


「シローさん、本当に、本当に感謝する」


「それが、ハーディ卿、彼女は俺たちと、元々縁があったようです」


 俺は、聖樹様から聞いた話をした。


「エ、エミリーが、『聖樹の巫女』ということですね」


「そうです。

 そして、ポータルズ世界群を救える、おそらく唯一の存在です」


「な、なぜそんなことに……」


「俺にも、運命だとしか言いようがありません」


 しばらく、ハーディ卿は絶句してしまった。


「せっかく、目が治ったというのに……」


「お父様。

 私、『聖樹の巫女』のお役目が、ちっとも嫌じゃないの。

 むしろ、嬉しいくらい。

 神樹さんとも話せるし、弱ったお花や草も、助けられるし」


 彼女は、そう言うと、一つの植木鉢に近づいた。

 そこには、雑草だろう、しなびかけた草が植えてあった。


 エミリーがその草に触れると、手と草がぼんやり白く輝いた。

 輝きが消えた時、草は元気よくピンとと立っていた。

 ハーディ卿は、目を丸くしている。


「ね、こういうことなの。

 それに、私はこんな力が欲しかったんだ」


 俺は、翔太を前に出す。


「ハーディ卿、彼は翔太です。

 エミリーの『守り手』に選ばれました」


「えっ? 

 でも、こんな小さな子が……」


「翔太、ハーディ卿に、君の力を見せてあげてくれるかな?」

 

「うん、いいよ。

 でも、この部屋じゃ狭いから、外でやってもいい?」


「ああ、そうしよう」


 俺と翔太は、ドアを開け外へ出る。この部屋は二階にあるが、外階段で庭に降りられるからね。


 外に出ると、春先に来た時、寒かったニューヨークも、あたたかな春の気配が感じられるようになっていた。


 翔太が広い庭のまん中に立つ。背筋をピンと伸ばした姿勢から、彼の自信が伝わってくる。

 彼が呪文を詠唱すると、地面から槍のように土の塔が伸びた。

 アッという間に、ビル五階分くらいの高さになる。

 塔は、根元の太さが一軒家ほどもあった。


『(*'▽')人 プリンス、ぱねー!』


 いや、点ちゃんの言うとおり。これほど凄いとはね。

 ピエロッティが、魔術学園入学を勧めたのも頷ける。


 翔太が再び呪文を唱えると、塔はあっという間に縮んで消えた。


「翔太、本当に頑張ったんだね、偉いぞ」


 翔太は、照れくさそうな笑顔だ。

 気がつくと、ハーディ卿が俺たちの後ろにいた。


「ショータ、君、凄いな!」


「ありがとうございます]


「翔太の魔術、初めて見た!

 かっこいいね」


 エミリーに褒められ、翔太がまっ赤になっている。


「彼が娘を守ってくれるのは、頼もしいですね。

 でも、本当に娘がその役目を担う必要があるのでしょうか?」


 彼の疑問も当然だ。

 大体、『守り手』の存在そのものが、『聖樹の巫女』としての危険を意味しているからね。

 危険があるからこそ、守る必要があるわけだから。


「そのことについては、食事の席で。

 彼を待たせてもいけませんし」


 俺は、エミリーとハーディ卿が着替えるのを待ち、ニューヨークからワシントンの、ある建物に瞬間移動した。

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