第8話 天竜族への頼み事


 みんなに会えて安心したのか、コケットの上で俺が目覚めたのは二日後だった。


 目を開くと、枕元でナルとメルが俺を覗きこんでいた。

 胸の上では、白猫ブランが丸まって寝ている。

 ブランが起きないようそっと抱きあげ、コケットに降ろした。


 「パーパ、お早う」

 「パーパが起きたー」


 元ゆりかご部屋には、みんなの姿はなく、部屋の隅で寝ていた子竜もいなかった。

 部屋から大広間に出ると、まん中辺りに竜王様の姿があり、その前に子竜たちがいた。

 竜王様が前足を動かすと、それに合わせ子竜たちが体を動かしている。

 ラジオ体操的なものだろうか。


「さあ、ナルとメルも一緒にやっといで」


「「うん!」」


 二人は子竜たちの中まで駆けていくと、そこで竜の姿になった。

 ルルたちは踊りを見守っていたが、彼女たちと一緒にいたヒロ姉がパタリと倒れた。


 どうやら、二人が竜の姿になるのを初めて目撃したらしい。

 そのとき、「宝の湯」の扉が開くとコルナと翔太が出てきた。

 彼女は、翔太の髪を拭いてやっている。

 彼の表情を見ると、特に緊張しているようには見えない。

 すぐ環境に馴染めるのは、子どもの特権かもね。


 コルナが倒れているヒロ姉のところに行き、治癒魔術を掛けてやっている。

 俺もヒロ姉の隣に腰を下ろした。ヒロ姉が目を覚ましたので声を掛ける。


「ヒロ姉、大丈夫?」


「あれ? 

 私、なんで気を失ってたのかしら」


 気を失う前の記憶を失っているらしい。


「ときどき、そんなこともあるかもしれないね」


「はあ、ここは、ホントとんでもないところね」


「慣れると居心地がいいよ」


「昨日から何度も気を失ってる私に、そんなこと言われてもねえ」


 翔太が俺の所に駆けてくる。


「ボーさん、子竜ちゃんたち、すっごくかわいいんだよ!

 あれ? 

 なんか数が増えてる……」


「ああ、翔太、それは気にしないように」


「シロー、そろそろ昼食の時間です。

 みんなで食べましょう。

 ぜひ、『ニホン』の話をしてください」


 ルルは冒険者の格好をしており、肩に黒猫を乗せていた。


「お早う。

 じゃ、『ゆりかごの部屋』で集まろうか」


 みんなに地球の話をするのが楽しみだよ。


 ◇


 俺の家族とパーティ・ポンポコリン、ヒロ姉、翔太は、『ゆりかごの部屋』で車座になって座った。

 座っているのは、俺が故郷で購入した、ま新しい畳だ。


「パーパ、これ涼しい匂いがするね」


 メルにとって、畳の香りは「涼しい」ものらしい。


「そうね、メル。とっても気持ちいいね」


 コリーダが、メルの頭を撫でている。

 森に出ていた、リーヴァスさん、ミミ、ポルも帰ってきて畳に座っている。


「シローさん、この小さなマットは何?」


「ポル、それは、『座布団』って言ってね、この『畳』に座るとき使うマットだよ」


「へえ、なんか異世界の雰囲気がありますね」


 足を延ばして座っていたポルは、俺にならって胡坐あぐらを組んだ。

 全員が車座になったので、地球であったことをかいつまんで話した。


「そうでしたね。

 ニホンでは、異世界の事は知られていないのでした」


 世界中が大騒ぎになった場面で、ルルが合いの手を入れる。


「翔太君、すごいね。

『騎士』が五人も仕えているなんて」


 コルナに言われ、翔太は顔を赤くしている。


「シロー、でも、世界を渡る能力は秘密にした方がいいですね」


 さすがにコリーダは、そこに気がついたようだ。


「そうですな。

 そんな魔法があると知られたら、それこそポータルズ中の権力者から狙われますぞ」


「はい、リーヴァスさん。

 気をつけます」


「ところで、この後はどうしますかな」


「そうですね。

 真竜の卵があれだけの数あるわけですから、全部が生まれるまでここにいるわけにもいきません。

 そろそろおいとましましょうか」


「立ちさるべき時が来ましたな」


「俺は『枯れクズ』除去の現場を見まわってから、天竜と会ってきます。

 みんなは、ここをたちさる準備を始めてください」


「どのくらいで出発するおつもりかな?」


「そうですね。

 三日後ということにしましょうか」


「分かりました。

 それに合わせて準備しましょう」


「よろしくお願いします」


 子竜たちの母親役をしていた、ルル、コルナ、コリーダは、さすがに寂しそうな顔をしている。


「ルル、コルナ、コリーダ。

 それまで、しっかり子竜たちの面倒を見てやってね」


「はい、シロー」

「うん、お兄ちゃん」

「もちろんよ」


 三日後にたちさることを竜王に告げた俺は、翔太、ヒロ姉を連れ、天竜の洞窟に瞬間移動した。


 ◇


 以前天竜国に来た時、歓迎の宴をしてもらった部屋に、翔太とヒロ姉を連れて現れた。


 俺の姿に気づいた天竜が人化すると、慌てておさを呼びにいった。

 前もって長に念話を入れといたんだけどね。


 ヒロ姉は、周囲に沢山いる竜に震えながらも、何かブツブツ言っている。


「もう気絶しない、絶対気絶しない」


 よく聞くと、それを呪文のように繰りかえしていた。

 翔太が隣でクスクス笑っている。

 普段は傍若無人なヒロ姉の今の姿がおかしいのだろう。


 天竜の長が、白い髭を生やした老人の姿に人化して広間へ駆けこんでくる。


「おおっ、シロー殿! 

 まこと久しぶりですなあ。

 長らくいらっしゃらなかったので、心配しておりましたぞ」


「お久しぶりです。

 聖樹様のお導きで、少し用事をしていたのですよ」


「おお! 

 さすがは竜王様が友と認められたお方」


「長、『枯れクズ』の除去は、その後どうです?」


「いたって順調です。

 竜人たちが、それはもう頑張っとりますぞ。 

 すでに幾度か、我々が彼らを乗せて竜人国との間を往復しております」


 竜人の働き手は、ローテーションすることになってるからね。


「今日は、これからそちらも見てまわります。

 その前に、折りいってお願いがあります。

 この二人に加護を授けてはもらえないでしょうか」


「このお二方は?」


「こちらがアリスト国女王陛下の弟、こちらが勇者の姉です」


「シロー殿とは、どのようなご関係で?」


「まあ、姉弟っていうのに近いかな」


「承りました。

 すぐにとり行いましょう」


 彼はそう言うと、若い天竜たちに命じて、あっという間に部屋を整えさせた。

 長が祈ると、敷物の上に座っている翔太君とヒロ姉がうっすらと青く光る。


 無事、「物理防御(弱)」の加護がもらえたようだ。

 翔太に加護を付けるというのが、今回彼を異世界に連れてきた、大きな目的だからね。


「長、ありがとうございました。

 では、『光の森』へ行きますね」


「なんのなんの。

 こちらこそ、『枯れクズ』の事、お頼みしましたぞ」


 俺たち三人は、洞窟近くにある竜人のベースキャンプまで瞬間移動した。

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