第3話 アドバイス


 俺が瞬間移動した先は、自宅の広いリビングだった。


 目の前には、三人の少年少女がいる。

 ギルドでキャロから頼まれた、『星の卵』の三人だ。

 彼らは、何が起きたか分からないという顔で、キョロキョロ周囲を見まわしている。


「初めまして、俺はシローです」


 三人が、ギョッとした顔をしてこちらを見る。


「さあ、そこに座って」


 俺が大テーブルの片側を指さすと、彼らはノロノロとそこに座った。


「ボク、夢を見てるのかな」

「お前も同じ夢を見てるのか、リンド」

「お兄ちゃん、ここどこ?」


 彼らは、何が起こっているか、よく呑みこめていないようだ。


「ギルドは、人が沢山いたでしょ。

 あそこだと、ゆっくり話もできないから、俺が魔法でこっちに送ったんだ」


 俺の説明に、背が高い少年の目が輝きだす。


「凄いっ! 

 ということは、本物の転移魔術、本物のシローさんだ!」


「え? 

 スタン君、これ、夢じゃないの!?」


「ああ、リンド、テーブルにも、こうして触れるぞ」


「あっ、ホントだ! 

 ていうことは、本物のシローさん!?」


「うん、俺がシローだよ。

 君たちも、自己紹介してくれよ」


「は、はいっ! 

 ボク、リンド。十五歳です。

 少し前に、冒険者になりました」


「俺は、スタンです。

 パーティ『星の卵』のリーダーです。

 こっちが……」


「ま、待ってお兄ちゃん!

 自己紹介くらい、自分でできるわ。

 私は、スノーです。

 よろしくお願いします」


「スタン、リンド、スノーだね。

 よろしくね」


「あ、あのう、シローさん。

 ゴブリンキング倒したって本当ですか?」


 リンド君が、勢いこんで尋ねる。


「ああ、ブレットのパーティと一緒にだけどね」


「うわー! 

 やっぱり、本当だったんだ。

 凄いなあ」


「シローさん、最初の依頼が白雪草採集だったって本当ですか?」


 これは、スタン君からの質問だ。


「ああ、懐かしいね。 

 本当だよ。

 ルルっていう先輩に、連れていってもらったんだ」


「えっ!? 

 きんランクのルルさんですか?」


 これは、スノーちゃん。


「そうだよ」


「すごいなあー、金ランクと黒鉄くろがねランクで採集依頼なんて」


「ははは、その時は、まだルルが銀ランク、俺が鉄ランクだったよ」


「ひゃーっ!

 それって、いつの事です?」


「そうだね、一年と少し前かな」


「「「い、一年……」」」


 三人が絶句している。


「実は、俺は異世界人でね。

 覚醒したとき、凄い魔法が俺の所に来てくれたんだ」


 三人は目を輝かせ、俺の話を聞いている。


「その魔法やルル、ブレット、マックさん、他の冒険者に助けられてここまできたんだ」


 そこで一度、言葉を切った。


「冒険者として上に行くコツは、とにかく無理をしない事。

 いつも周囲をよく見て、慎重に行動することだね。

 死んでしまえば、上手くなろうにも、もう無理だろう?」


 三人が深く頷く。


「そのためには、ここがすごく大切なんだ」


 俺は自分の頭を指さした。


「冒険者をしてると、自分の命がとっさの判断力にかかってくることは、よくあるからね。

 君らが、本当に一流になりたいなら、それぞれ自分が興味ある分野の勉強をすることを勧めるよ」


「はいっ! 

 ボク、討伐に興味があります!」


 リンドが、元気に手を挙げる。


「リンド、討伐っていっても、近接なのか遠距離なのか、短剣なのか長剣なのか、その内容は様々だろう。 

 君は、そのどれに興味があるの?」


「そ、それは……」


「分かったかい。

 その中のどれを極めるか、どれが自分に向いているかって考えることも、判断力で決まるんだ。 

 自分に合わないものを選ぶと、命を落とすぞ」


 俺は、最後の所を少し声を落として言った。

 三人は、それだけで震えあがってしまった。


「特にスタンはパーティの運営もしないといけないから、最初はいろんなパーティの荷物持ちをして、よくリーダーを観察するといいよ」


「アドバイス、ありがとうございます!」


「スノーは、何か得意なものがあるかい?」


「わ、私、魔術が少し……」


「魔術のレベルは?」


「は、恥ずかしいけど、まだレベル2なんです」


「俺も、冒険者になったとき、レベル2だったよ」


「「「えええっ!」」」


「自分の魔術を大切にして、それを育てていけば、きっと君に応えてくれる。

 頑張ってごらん」


 スノーは、しっかり頷いた。


「ああ、それから、この机や椅子、この建物。

 なかなかいいだろう?」


「ええ、こんな素敵なおうち、初めて見ました!」


「これ全部、俺が土魔術で作ったんだよ」


「「「えーっ!」」」


「魔術って、すごいんだぞ。

 君も、自分が得意な魔術を鍛えてごらん」


 そこで、パントリーのドアが開き、チョイスが出てくる。

 足元では、猪っ子コリンが、チョロチョロしている。


「あっ、シローさん! 

 お帰りなさい!

 おーい、デロちゃん」


「なんだよ、騒がしいな。

 あっ、シローさん!」


「二人とも、元気だった?」


「ええ、元気でしたよ」


「シローさん、デロちゃんなんて、キンベラって国が攻めてくるって聞いて、腰抜かしたんですよ」


「ははは、俺でも腰抜かすかもね」


「また、ご冗談を」


「それより、この三人にご飯を食べさせてやってくれる?

 お風呂にも、入れてやってね。

 あ、そうか。

 風呂沸かすのは、俺がやっとくよ」


「はい、分かりました」


 チョイスは、さっと奥へ姿を消した。大方、湯船を洗いに行ったのだろう。


「デロリン、食事は俺たちとこの子たちのに加えて、もう一つ作ってもらえる?

 もうすぐマックさんが来るんだ」


「へい、あの人が来るなら、多めに作らねえと」


 そう言うと、彼はキビキビした動きでキッチンへ向かった。

 スタンが立ちあがると、俺の所まで来る。


「シローさん、さっきの耳が長い人って、もしかして――」


 チョイスの事だね。


「そう、エルフだよ」


「うわーっ、俺、エルフ見たの初めてです!

 おい、あの人、やっぱりエルフだって!」

「凄い!」

「初めてのエルフだわ!」


 この世界にもエルフはいるが、ほんの少数らしいからね。

 それから、マックがやってくるまで、三人に冒険の話をしてやった。

 派手な出来事は省き、地味なところだけだが。


「おう、来たぜ。

 さっそく面倒見てるな」


 部屋に入ってきたマックは、少し赤い顔をしていた。

 この人、さっそくお土産のブランデーに手をつけたな。


 スタンたち三人は、デロリンの料理が余りに美味しかったらしく、がっついてしまい、マックに叱られていた。

 食事が終わると、俺は風呂に備えつけてあった水の魔道具を、真竜廟で手に入れた温泉アーティファクトと交換し湯を入れた。


 マック、スタン、リンドにまとめて入ってもらう。ウチの風呂は広いからね。

 スノーは、三人が出てきてから一人で入った。


「おい、シローよ。

 あの風呂は、いってえなんだ。

 普通の湯じゃねえだろ」


「ああ、マックさん、あれは俺が天竜国で手に入れたアーティファクトで入れた温泉風呂ですよ」


「アーティファクトって、おめえ気軽に言ってるが、秘宝だろうが」


「ええ、まあそうですが。

 沢山あるから、ギルドの浴室にもつけておきますね」


「……まったく、お前さんにゃ呆れるぜ」


 スノーが風呂から出てきたので、三人には地球のお菓子を持たせて帰らせる。


「また、冒険の話を聞かせてください」

「今度来るときは、黒鉄のギルド章、ぜひ見せてください」

「私、魔術がんばります!」


 パーティ『星の卵』の三人は、振りむき振りむき去っていった。


 マックさんと俺だけになると、席をソファーの方に移した。

 俺がいれた香草茶を間に、向かいあって座る。


「では、竜人世界であった事を、大まかに話しますよ」


 俺は、竜人国、天竜国と続いた冒険をかいつまんで話した。地球帰還時の事は話していない。

 地球の事は、こちらでは原則話さないというのが、『初めの四人』で決めた約束事だからだ。


「じゃ、リーヴァスの兄貴は、まだその真竜廟って所にいるのか?」


「ええ、竜王様と一緒に、卵と生まれた子竜を守っています」


「で、お前はなんで、兄貴やルルを放っといて、こんなところにいるんだ?」


 マックが鋭い目つきで俺を見る。

 地球の事は話せないしなあ、どうしよう。


「実は、聖樹様から、極秘でお話がありまして」


「おい、早くそれを言わねえか。

 聖樹様の任務なら、仕方ねえな」


「明日、天竜国へみんなを迎えに行くつもりなんですが、一緒に行きますか?」


「うーん、そうだな……竜が相手となると、ワシじゃ力不足だ。

 今回は、遠慮するぜ。

 さっきの三人の面倒でも見てるよ」


「分かりました」


「それから、これは老婆心からの忠告だがな」


「何でしょう?」


「お前んところにゃ、これから国レベルの指名依頼が殺到するぜ。

 大体、さっきのアーティファクト一つとっても、それだけで国同士の争いが起きるようなしろもんだ。

 この前、キンベラって国が、アリストに攻めこみそうになったのも、お前たちを狙ったってのもあると思ってる。

 とにかく、これからはくれぐれも行動に注意を払えよ」


 マックは、俺が鉄ランクの頃から、いつも適切なアドバイスをしてくれる。


「ありがとうございます」


 俺は、深々と頭を下げた。


「まあ、その謙虚さがある限り心配ねえだろうがな、ガハハハ」


 その夜、俺は自宅で寝たが、家族がいないそこは、ことさらがらんとしており、余計に人寂しく感じられた。

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