第29話 トラップ


 畑山が組長を務める組織の構成員、黒服遠藤から『財田コーポレーション』に勤める『特徴がない男』へ連絡があった。


 それによると、『初めの四人』である加藤、坊野、畑山、渡辺に加え畑山翔太が、河原でキャンプするというのである。

 調べてみると、その河原は暗くなれば人通りがない場所にある。

 彼らの任務には絶好のチャンスである。人知れず全員を一度に拘束できる。


 男が室内メールで室長にそのことを知らせると、思った通り、『初めの四人』身柄確保の指令が出た。


 当日、目的地の河原近くに停められた大型のバンに乗りこんだ男は驚いた。

 彼らの任務は、原則個別行動である。

 同じ部屋で働く者とでもチームを組むことはほとんどない。

 それなのに、バンには同僚六人全員の姿があった。

 その上、現場には室長までいた。


 男を含め、赤外線ゴーグルを突けた六人がバンを出て、河原に向かったのは深夜二時だった。


 陽があるうちに、テントの中に標的の五人が入っていくのが確認されている。


 今日は、曇っている上に新月だ。

 彼らの黒い服装は、誰かが目と鼻の先に来ても気づかれなかっただろう。


 彼らは途中、誰にも会わず、目的の河原に到着し、テントを取りかこむことに成功した。

 用心のため、テントと川の間にも二名が配置されている。


 テントに明りは無いが、赤外線ゴーグルには、五つの熱源が映っていた。


 男は、バンに残った室長からの突入命令を待った。


 ◇


 首相官邸では、地下に設けられた、情報管理室に持田首相をはじめ、主だった閣僚が集まっていた。


 このような個別の案件に、首相や閣僚が直接かかわることは普通ならあり得ない。

 しかし、今回は別だ。


 なぜなら、『初めの四人』と呼ばれている少年少女が、異世界との関係がある疑いが非常に濃いという調査結果が出ているからだ。

 それが本当なら、歴史始まって以来の出来事だ。

 そして、彼らが持つ能力は、地球の軍事バランスを塗りかえる可能性があった。


 このプロジェクトが始まったきっかけは、世間で騒がれた「ジャンプ映像」ではなく、『初めの四人』の関係者がある大学へ持ちこんだ、名刺大のカードだった。

 それは、地球上のどの物質とも異なっており、温度変化や酸、レーザーやダイヤモンドカッターでも傷つけることができなかった。

 調べた学者たちは、それが「ダークマター」であると結論づけた。


 それがきっかけで、本格的な『初めの四人』に関するプロジェクトが始動した。

 このプロジェクトに関することは、トップシークレット扱いで、情報は官邸と大臣本人のみに限定された。

 首相たちが今いる部屋は、大規模な地震や核攻撃があったとき、シェルターの働きもする特別室だ。


 小型の映画館に似た室内は、前の壁に大きな液晶画面があり、そこに実行部隊からの映像が映っていた。観客席にあたる座席には、中央に首相、その左右に副首相、官房長官が座り、後ろに閣僚が控えていた。


「始めたまえ」


 首相のその声で、実行部隊に指令が届く。

 閣僚達は、画面に映った赤外線映像を食いいるように見つめていた。

 画面からは、小さなカチャカチャいう音と、河原の石を踏む音が聞こえてくる。


 テントの中に、五つの赤い熱源があるのが確認できた。

 一つやや小さいものは、関係者の少年だろう。


 実行部隊の一人が、テントに手を掛けた。


 ◇


 実行部隊の一人が、テントを手でめくった瞬間、誰も予想していなかったことが起きた。


 テントの中には丸めた布団のようなものだけがいくつかあり、人の姿が無い。それに驚かされる間さえなく、予想外の事が追いうちをかける。


 テントが消えたのだ。

 いや、視界が白く染まっており、周囲が見えない。


 実行部隊のリーダーである室長が、暗視ゴーグルを外す。

 そこは、見慣れない室内だった。

 小型の映画館のように見える。

 かなり広い部屋の壁面には大型の画面があり、そこには何も映っていない、それに対する位置に三列ほど座席が並んでいる。


 その中央付近に十人ほど、仕立ての良い服を着た男女が並んでいた。

 彼らはそれぞれ中年から老人で、若い者はいなかった。

 その全員の顔に、疑問符が浮かんでいる。


「君っ! 

 なぜここに?」


 声を発したのは、室長がよく知る中年の人物だった。

 首相秘書官の一人で、彼に命令を下す、唯一の上司でもある。

 彼の疑問は当然だろう、つい今しがた、何百キロも離れた場所にいたはずの部下がこの場にいるのだから。

 

 その時、背後から声がした。


「こんにちは」


 振りかえると、頭に茶色い布を巻いた茫洋とした顔つきの少年が立っている。

 今回のターゲットの一人だ。彼の後ろには「加藤」という名の少年と、二人の少女が立っており、その横には、白い子猫を抱えた小学生くらいの少年がいた。

 黒い戦闘服を着た実行部隊の一人が、腰に下げた銃器を少年たちに向けた。


「どうも、最初から話をする気はなさそうですね」


 先ほどの少年の声がしたが、それは驚くほど落ちついたものだった。

 室長が、低い声を発する。


「やれ!」


 銃器を構えた男が、引き金を引く。

 しかし、銃は沈黙したままだった。

 銃器の故障を疑い、カチャカチャとそれを操作していた男が突然消える。


 キュンッ 


 そう聞こえる音がした。


 消えた男の隣に立っている者が、やはり銃器を構えようとした。


 キュンッ 


 その男もかき消えた。


「まだ、やりますか?」


 少年の声に答えるように、戦闘服姿の二人が同時に銃器を構える


 キュキュンッ


 今度は二人同時に消えた。


「あなた方、全員消えたいんですか?」


 なんの抑揚もないその声を聞き、室長は背筋が凍った。この少年は危険だ。


「全員、待て」


 彼はそう言おうとしたが、残った部下二人は既に銃を抜いていた。


 キュンッ 


 二人の内、一人が消える。

 なぜかもう一人は、姿が消えなかった。

 ただ、彼の右手は、だらりと垂れている。そして、銃器だけが消えていた。


「室長、あなたはどうしますか?」


 室長は、少年のその声で抵抗を諦めた。

 なぜ、この少年は、自分が室長だと知っているのか。

 その呼び方で自分を呼ぶのは、実行部隊の六人だけだ。


 室長は腰の銃器を床に落とし、手を挙げた。


「ああ、そうそう。

 この男は、俺の関係者を脅したのでもらっていきますよ」


 次の瞬間、最後に残った部下が消える。

 ただ、今回は、あの音がしなかった。


 少年は、すでに何も映していない大型ディスプレイの前に、どこからともなく五つの椅子を出した。

 少年と少女がそれに座る。

 椅子は部屋の後ろを向いているから、首相および閣僚と少年たちが、向きあって座ったことになる。


「あわわわわ」


 一人の閣僚が、慌てて椅子を立ち、部屋の外へ向け走った。

 しかし、その男は急に宙に浮くと、さっきまで座っていた席にドサリと落ちた。


「では、話を始めましょうか」


 少年は、髪が長い少女と目を合わせた。

 少女が口を開く。


「私たちのことをずい分調べたようですね。

 今までの調査は、許しましょう。

 けれども、今後の調査は一切許しません」


 少女の傲慢ともとれる発言に、首相を含め、居並ぶ閣僚は言葉を発するどころか、身動きもできなかった。

 それは、少女に本物の威厳があったからだ。


「我々『初めの四人』の意思を伝えます。

 我々並びにその家族、関係者への調査、攻撃が行われた場合、あなた方を消去します。

 何かするなら、その覚悟でなさい。

 政府関係者以外の者が、そういう行動を取っても同様です」


 少女は、なぜか同じことを英語でも言った。

 この部屋の情報が、アメリカに筒抜けであると知っていたからだ。


「今伝えたことは、他国の政府に対しても同様です。

 あなた方が、責任をもって他国に知らせなさい」


「し、しかし、我々にそんなことはとても――」


 これが、彼らの前で首相が発した最初の言葉だった。


「言い訳など聞くつもりはありません。

 私は、そうしなさいと言ったのです。

 分かりましたか?」


 本物の女王である美少女の発言は、首相と閣僚全てを震えあがらせた。


「お姉ちゃんは、約束を必ず守るから、気をつけた方がいいよ」


 白猫を抱いた少年の声がやけに大きく部屋に響いた。


「あなたたち、聞いてるなら返事をなさい!」


 少女が女王の威厳で閣僚を鞭打った。


「「「はひっ!」」」


「聞いてるならよろしい。

 以降、私たちにコンタクトが取りたければ、『異世界通信社』を通すこと。

 ああ、『異世界通信社』の社員、並びに、弟の『騎士』に何かしても先ほどの取りきめに触れることになるから注意なさい」


「「「はひっ!」」」


「じゃ、帰りましょうか」


 黒髪の美少女が、茶色の布を頭に巻いた少年に頷く。

 次の瞬間、椅子ごと彼ら五人と一匹の姿が消えた。


 同日、東京霞が関にある『財田コーポレーション』という会社の備品全てと、首相官邸地下にあるデータバンクの一部が突然消えうせた。

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