第34話 白竜族の若者(下)


 薄茶色で内装を統一した、上品な部屋だ。


 ほぼ正方形をした十畳ほどの部屋に、床を掘った部分があり、そこにテーブルが置かれていた。

 俺は、地球の掘り炬燵ごたつを連想した。ジェラードにならい、床に腰を降ろし、足は彫りぬいた部分に入れる。

 掘りごたつとの違いは、足が床に着かないことだ。どのくらい深く掘ってあるか分からないので、少し落ちつかない。

 テーブルのまん中には、囲炉裏いろりのようなものがはめ込まれていた。窓が開いているので、外からの風が気持ちいい。

 葦簀よしずのようなものが、窓から少し離れた所に立っていて、外からの視線を遮っていた。


「とにかく、まず食事をしよう」


 ジェラードがそう言うのを待っていたかのように、料理が運びこまれる。


 焼けた炭を囲炉裏の中心に置き、その上に網載せと網を置く。

 俺たちの前には空の大皿と、陶器製の水差しが置かれる。


 人族の女性が、かごの中から、貝のようなものを出して焼きはじめる。光沢がある平らな殻に、貝柱のようなものがくっついている。食欲をそそる、いい香りが立ちはじめる。

 ジェラードは、焼けた食材を大皿の上に置くと、水差しから液体を少し掛けてから食べはじめた。俺と加藤も、それを真似る。


 旨い。


 しこしこした食感で、噛めば噛むほど味が出る。水差しの液体は、香草やお酒が入っているようだ。


「こりゃ、うまいな」


 加藤も、気に入ったようだ。

 面白いのは、食べた後の殻を、足元の穴に投げこむことだ。穴の中って、どうなってるんだろう。


「これは、海の浅いところに生息するメードという生き物です。

 逃げ足が早いので、捕まえるのが凄く難しいんですよ」


 女性が食材について説明してくれる。

 俺は、気になっていたことを尋ねてみる。


「あなたも、迷い人ですか?」


「ええ、もう、この世界に来て十年になります」


「十年!

 長いですね」


 外に出る手段が無い世界に、捉えられてしまったということか。


「はい。

 でも、今は、ここの生活が気に入ってるんですよ」


「素敵なお店と、素敵なお庭ですね」


「そう言ってもらえると、とても嬉しいです」


 女性は、満面の笑みを浮かべる。


「どの世界から来たんですか?」


 加藤の質問で、女性の笑みが急に消えた。


「そ、それは……」


「ははは。

 オリンドさん、答えなくていいんですよ」


 ジェラードがすかさず、フォローする。


 オリンドと呼ばれた女性は、小さく頷くと、メードを焼くのに専念しだした。俺たちは、美味いものを、お腹いっぱいになるまで食べ、満足だった。

 食事が終わり、お茶が出る。

 ジェラードが、オリンドさんに、耳打ちしている。きっと、人払いしてくれるよう頼んだのだろう。

 オリンドさんは頷くと、部屋を出ていった。


「さて、今日話がしたかったのは、他でもありません。

 竜闘のことです」


 やはり、そうだったか。


「君たちは、まさか、先日四竜社で受けた竜闘の話を、真(ま)に受けたりはしてないだろうね」


「ええ、ある程度の事は、聞いています」


 ラズローの名前は、出さないでおく。


「竜闘では、命を失うこともよくある。

 だから、勝つためには、みんな手段を選ばない」


 ジェラードは抑揚がない声でいった。


「例えば、剣に毒を塗るとか?」


 俺が言うと、彼は鋭い目でこちらを見た。


「ああ、そういうことだ。

 戦闘前に武器のチェックはあるが、それさえ潜りぬけられるのなら、毒でも何でもありだ」


 なるほどねえ。そうなると、権力者に圧倒的に有利だな。だって、武器のチェックをするのは権力者側だからね。


「竜闘の意味が、少し分かってきましたよ」


 俺が言うと、彼は苦笑いした。


「飛び道具は使えないんだよね?」


 加藤が尋ねる。


「魔術は使えるけど、飛び道具はダメだね」


 俺が、確認したかったことを尋ねてみる。


「どうして、魔術が使えるのに、みんな使わないんです?」


「ああ、それは、開始線があるからだね。

 試合開始直後は、開始線に触れなければならないというルールがあってね。

 開始線は、そこからあそこくらいまでしかないから、呪文を詠唱する時間が無いんだよ」


 ジェラードは、通路側の壁と窓を指さした。


 なるほど、五メートルも離れていないわけか。竜刀の長さを考えると、開始時に、すでに一投足の間合いにあることになる。お互いが、せんを取ろうとすれば、勝負は一瞬で決まるだろう。


 竜闘は、何から何まで、慣れていない方にとり、不利にできている。俺は、むしろ、よく考えられたルールに感心すらしていた。


「先日、あの場では出なかったが、竜闘には勝者の権利があるんだ」


「権利? 

 どんな?」


「勝者は、敗者になんでも一つ、要求することが出来る」


「何でもですか?」


「一応、命は要求出来ないことになっているが、それ以外なら可能なもの全てた」


「例えば、ある行動を取らせることは?」


「当然できる。

 ただ、その結果が相手の命を奪うようなことはできない」


 なるほどね。万一、権力者側が負けても、セーフティネットが仕掛けてあるわけか。

 物なら、奪いかえす方法が、いくらでもあるからね。


「俺は、竜闘では、君たちに勝ってほしい。

 そして、勝った権利で、あることを要求してもらいたいんだ」


 なるほどね。ちょっと虫がいい発言だが、聞くだけは聞いておこう。


「一体、何を要求すればいいんです?」


「それは……君たちが勝った時に教えるよ」


 まあ、そうだろうね。俺は、言葉を飾らず、伝えることにした。


「命を懸けるのは俺たちで、要求だけは、あなたのものをですか。

 どう考えても、割に合わないですね。

 しかも、勝つまでは、その要求すら教えてもらえないとはね」


 俺の言葉を聞き、加藤が驚く。


「えっ? 

 そんな話なのか? 

 それじゃ、無茶苦茶じゃないか」


 彼もやっと、ジェラードの発言が何を意味するか、気づいたようだ。


「まあ、そうだな。

 じゃ、ジェラードさん、お話がそれだけなら、俺たちは、これで失礼しますよ」


「ふう。

 若いからと、侮っていたか……」


 ジェラードは、ため息をついた。


「申し訳ない。

 もう一度、話をさせてくれたまえ。

 君たちが、勝った時に要求して欲しいのは、ポータルの解放だ」


「ポータルの解放っていっても、この世界にあるポータルは、一方通行なんだろ」


 加藤の発言が、ざっくばらんになってる。さっきのやりとりで、彼はジェラートへの信頼を無くしたようだ。


「確かに、追放用のポータルは、一方通行だよ。

 しかし、四竜社の頭と各部族長だけに知らされている、別のポータルがあってね」


 なるほど、ビギにつけた点から入ってきた情報にも、隠しポータルのことがあったな。やはり、存在しているのか。


「代々、四竜社は、隠しポータルを、竜人社会全体の為に使ってきたんだよ」


 ジェラードの美しい眉が寄せられる。


「しかし、ビギがかしらになってからは、彼個人の利益目的にだけ使いだしたんだ。

 正確に言えば、彼自身と彼の取り巻きの為にだがね」


 なるほど、自分の言うことを聞くものには、隠しポータルから上がる利権を分け与えるわけか。上手いやり方だな。自分の事しか考えていない者は、そのエサに簡単に食いつくだろう。そして、そのエサに食いつかない者は、竜闘で黙らせる訳だな。


 ジェラードの話は続いていた。


「君たちにとっても、悪い話ではないはずだ。

 元の世界に帰るチャンスなのだから」


「そのポータルは、どの世界と繋がってるんだ」


 加藤が尋ねる。


「グレイルとスレッジだ」


「二つの世界とつながっているのか?」


「そうだ。

 隠しポータルは、二つあるんだ」


「もしかして、それほど離れていないところにか?」


「ああ、そうだが、なぜ分かった」


 俺は、学園都市世界の群島で、すぐ近くに二つのポータルがあったのを思いだしていた。脳裏に、ぼんやりした仮説が浮かび上がっていた。


 もしかすると……


 しかし、今は、他に訊くべきことがある。


「グレイルが獣人世界だということは知ってるが、それの何処と繋がる?」


「そちらのポータルは、あまり使われないから、はっきりしないが、『時の島』だと聞いている」


 おいおい、『時の島』っていえば、犬人族や狐人族が住んでる、俺がよく知る大陸だぞ。しかし、竜人世界へのポータルなど聞いたこともない。


「もしかして、ポータルの出口は、『時の島』南部ではないのか?」


「そう聞いているが、どうして、そう思った?」


 さきほど浮かび上がりかけた仮説が、さらに検証されたわけだ。


「まあ、それは置いといて、スレッジについて聞かせてくれ」


 アリストの禁書庫で、読んだ覚えがある名だが、どんな世界かは、忘れてしまっていた。


「スレッジは、『奴隷世界』とも呼ばれている。

 人族とドワーフが、領土を二分しており、双方が多くの奴隷を使役している」


「竜人の奴隷もいるということだな」


「ああ、そうだ」


 リニアの話とも整合性が取れる。

 俺は、せっかくの美味しい食事の余韻が、台無しになる気がした。

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