第2シーズン 獣人世界グレイル編

第1部 獣人の世界

第1話 訪れた少年

 新章開始です。ポータルに関する説明、ここまでのあらすじを飛ばしたい方は、二つ目の「◇」からどうぞ。


――――――――――――――――――――――――



『ポータルズ』


 そう呼ばれる世界群。


 ここでは、各世界がポータルと呼ばれる門で繋がっている。ゲートとも呼ばれるこの門は、通過したものを異世界へと運ぶ。

 この門には、様々な種類がある。


 最も多いのが、特定の世界をつなぐもの。

 このタイプは、向こうに行った後、こちらに帰ってこられる利便性から、商業活動や外交をはじめ、一般の市民の行き来にも使われる。国は通行料を徴収することで、門の管理に充てている。


 また、数は少ないが、一方通行のポータルも存在する。

 このタイプは、前述のものより利便性が劣る。僻地や山奥に存在し、きちんと管理されていない門も多い。非合法活動する者たち、例えば、盗賊や無許可奴隷商人の移動手段ともなっている。


 また、稀に存在するのが、ランダムポータルと呼ばれる門だ。

 ある日、突然町の広場に現れることもあるし、人っ子一人いない森の奥に現れることもある。そして、長くとも一週間の後には、跡形もなく消えてしまう。

 そして、この門が通じている場所は、まさに神のみぞ知る。なぜなら、ほとんどの場合、ランダムポータルは、行く先が決まっていないだけでなく、一方通行だからだ。

 子供たちが興味半分にポータルに入ることもあるが、その場合、まず帰って来ることはない。

 多くの世界で、このケースは神隠しとして扱われる。


 ◇


 今、ある少年が別の世界に降りたった。

 少年の名は、坊野史郎ぼうのしろうという。日本の片田舎に住んでいた彼は、ランダムポータルにより、異世界へとやってきた。

 そこには、中世ヨーロッパを思わせる社会があった。

 違うのは、魔術と魔獣が存在していたことだ。


 ランダムポータルによる特別な転移を経験した者には、並外れた力が宿る。現地では、それを覚醒と呼んでいた。転移した四人のうち他の三人は、それぞれ勇者、聖騎士、聖女というレア職に覚醒した。

 しかし、史郎だけは、魔術師という一般的な職についた。


 魔術師としてのレベルも1だったが、彼には使えるスキルが『点魔法』しかなかった。この魔法は、視界に小さな点が一つ見えるだけというもの。役に立たないスキルしか持たない彼は、城にいられなくなってしまう。


 その後、個性的な人々との出会い、命がけの経験、そういったものを通し、史郎は少しずつ成長していった。

 点魔法も、その「人格」ともいえる『点ちゃん』と出会うことで、少しずつその使い方が分かってきた。

 役に立たないと思っていた点魔法は、無限の可能性を秘めていた。

 少年はこの魔法を使い、己の欲望のまま国を戦争に追いやろうとした国王一味を壊滅させた。


 安心したのも束の間、幼馴染でもある聖女が、一味の生き残りにさらわれ、ポータルに落とされてしまう。

 彼は、その後を追いかけ獣人の世界へとやって来た。


 これは、そこから始まる物語だ。


 ◇


 エレベーターで降下する時のような浮遊感の後、足が地面に着くと、そこは狭い部屋の中だった。


 床は板敷で、壁は土のような素材が使われている。殺風景なその部屋には、テーブルが一つだけあり、一人の男が座っていた。

 頭の上に犬のような垂れ耳があり、少し突きだした口から、牙が見えている者を男と呼べるのなら。

 彼は立ちあがると、小さく頷いて言った。


「ようこそ、グレイルへ」


 転移前の異世界で、ある国の王から渡された指輪は、獣人と言葉を交わすことさえ可能にする。


「こんにちは、 シローといいます。

 パンゲア世界のアリストから来ました」


「おお、アリストからのお客さんは、久しぶりだな。

 手続きは、私、ワンズが行います」


 男は、そう言うと机の上を指さした。

 史郎は、友人から教えられていた通り、国王の許可証とギルド章を出した。


「はい、国の許可、確認。

 銀のギルド章で、身元の確認もOKと」


 ワンズが、手元の書類にさらさらと書きこんでいく。その手は少し毛深いが、人族のものと、そう違いはないように見える。


「失礼ですが、貴族様で?」


「いえ、ただの平民ですよ」


「許可証が、上級貴族向けのものだったので」


 なるほど、畑山さんが配慮してくれたんだな。

 俺は、今朝、別れたばかりの友人の顔を思い出し、なぜか懐かしくなった。


 ワンズが続ける。


「では、こちらの証明書をどうぞ。

 ギルド章も証明書として使えますが、場所によります。

 この証明書を、絶えず身に着けるようにしてください」


「分かりました。

 ありがとう」


「では、良い滞在を」


 後ろを振りかえると、壁に空いた穴の中に、潜りぬけてきたポータルが見える。必ずまた、ここから帰る。俺は、そう決意すると、外へ続くドアを開けた。

 部屋から出ると、ワンズと同じ種族らしい獣人が二人、ドアの両側に立っていた。不審者が入らないように、警備しているのだろう。

 二人とも、りっぱな尻尾しっぽがある。


 階段を上がると、建物の外に出た。目の前には、西部劇で見た、アメリカ中西部の町を思わせる光景が広がっている。

 さっきのポータルは、地下にあったことになる。山の上にあるポータルから入り、地下のポータルへ出る。

 ポータルの不思議さには驚かされてしまう。


 ◇


 空気は乾いており、微風に砂ぼこりが舞っている。強い日差しが、頭上から照りつけていた。

 平屋の木造家屋が目立つ通りは、舗装もされていない。

 窓や戸口から顔をのぞかせた人々が、うかがうような目でこちらを見ている。

 それは、そうだろう。

 目にする人は、みな頭の上に垂れ耳がついている。お尻からは、尻尾が生えている。

 一方、自分は頭に茶色い布を巻いているとはいえ、耳が突きだしていないことは明らかだ。何より、尻尾が無い。

 小さな子供たちは、俺を見ると駆けまわるのをやめ、驚いた顔をしている。


 点ちゃん、いるかい?


 少し時間をおいて、頭の中に点ちゃんの「声」が聞こえた。


『(*’▽') いますよー。

 どうしました、ご主人様?』


 いや、ちょっと話ししたくなっただけ。


『p(≧▽≦)q もっと、おしゃべりしたいなー』


 うん、そのうちにね。


 ポータルを越えても、点魔法が使えることを確認した。

 点ちゃんと話すと、不安な気持ちが消えていくから不思議だ。


『(*´∀`*) えへへへ』


 あ、心を読まれているんだった。気をつけよう。


 こわごわ近づいてきた獣人の子供にこちらから笑いかけ、ギルドの場所を尋ねる。

 木造二階建てのギルドは、歩いて五分くらいのところにあった。これは近いというより、町の規模が小さいせいだろう。


 ギコギコ音を立てる両開きの扉から中へ入る。アリストのギルドに比べ、半分くらいの規模だろうか。

 食事をする丸テーブルが二つ置いてある。

 カウンターの窓口は一つだけで、そこに四五人の獣人が並んでいる。全員が、うさんくさそうな目でこちらを見ている。

 列の後ろに並ぶと、前に立つ若い獣人男性が話しかけてくる。


「なんか、人間臭えな」


 もちろん、こちらは返事をしない。


「おい、聞こえねえのか」


 獣人の突きでた口が、顔のすぐ前まで来る。


「なんか、獣臭いな」


 本当に、そう思ったから言ってやる。


「何だとっ!」


 男が腰の剣に手をやる。

 すでに観戦するつもりなのか、他の冒険者は二人を取りかこむように円を作っている。


「やめといた方がいいぞ」


 一応は忠告しておく。


「うるせえ! 

 覚悟しな」


 とうとう男が剣を抜いた。

 やれやれ、新しい世界に来るなりこれか。

 まあ、今回は売り言葉に買い言葉ってところもあるけどね。


 男は剣を振ろうとしたが、足元が狂い、ステーンと転んでしまった。

 点魔法で彼の膝に点をくっつけ、それを上に引っぱった結果なんだけどね。


 余りに見事な転び方に、冒険者たちから笑い声が起こる。

 それを聞いた男が猛然と立ちあがった。生えている毛を通しても分かるほど、顔が赤くなっている。ブルブル震えているのは、怒りと恥ずかしさからだろう。


「死ねーっ!」


 叫ぶと、剣を突く格好で突進してきた。


 ステーン


 さらに見事に転ぶ。

 さすがに今度は、周囲が爆笑に包まれた。


 後頭部を打ち、意識が飛びかけた男は、しばらくフルフルと顔と尻尾を振っていたが、意識がはっきりしたのか、再びかかってこようとした。


「何の騒ぎだ?」


 カウンター横のドアが開き、がっしりした大柄な獣人が出てくる。やはり、頭上には垂れ耳がある。尻尾も心なしか、他の獣人より太い。


「ギ、ギルマス……」


 若い獣人が、怯えたような表情を見せる。


「キャンピー、また、お前か?」


「い、いえ、この人族が俺を馬鹿にしてきたから……」


「おい、お前さん。

 本当かい?」


「人間臭いって言われたから、獣臭いって返しときました」


 事実を簡潔に述べる。


「キャンピー、本当か?」


「あ、う、その……」


 パーン


 次の瞬間、風船が割れるような音がしたと思ったら、キャンピーの体が消えていた。

 外を見ると、大の字になった獣人が道に横たわっている。キャンピーだ。よく見ると尻尾があるので大の字というより、「太」の字になっている。

 通行人が、ざわついている。

 張り手を放った姿勢を解き、ギルマスは何事もなかったかのように話しかけてくる。


「この世界、グレイルへようこそ。

 あんたが、今日着くって聞いてた冒険者だな」


「はい。

 ついさっき、この世界へ来たばかりです。

 ギルド登録をする必要がありますか?」


「ああ。

 とにかくギルド章を見せてくれるか」


 ギルド章は、ランクによって下から鉄、銅、銀、金、黒鉄となっている。

 俺のランクは銀だ。


 ギルド章と、向こうのギルマスから預かっていた紙袋を手渡す。ギルドマスターは、紙袋の中を覗きこんでいたが、試すような目でこちらを見た。


「なるほどな……。

 おい、みんな、よく聞け。

 今日から、ここのギルド所属になった……えっと、名前は?」


「シローです」


「新しいギルドメンバーのシローだ。

 ランクはきんだぜ。

 いろいろ、頼りにしろや」


「え? 

 金?」


「古い方のギルド章はもらっとくぜ」


 キャロめ、ニコニコ笑って紙袋を渡してきたと思ったら、こんな仕掛けになってたのか。

 心の中で、向こうの世界にいる小さなギルマスに文句を言っておく。


「おう、兄ちゃん。

 その若さで金なんて凄えな。

 俺はジノってんだ、よろしくな」

「お前、抜けがけすんなよ。

 俺はダズル。

 魔術もちょいと使えるんだぜ。

 よろしくな」


 冒険者が、われ先に自己紹介を始める。

 ギルドってところは、良かれ悪しかれ、実力主義のところがある。金ランクとお近づきになろうってのは、本能みたいなものだね。


 ウオォーーンン


 ギルマスが見事な遠吠えを放つと、部屋はすぐに静かになった。


「とにかく、こっちで登録を済ませてくれ」


 俺は、別室で書類に書きこみを済ませた。ギルマス宛てに用意しておいた、アリスト女王からの封書も渡す。

 これは、人目に触れない方がいいからね。

 彼は、きちんと蜜蝋みつろうで封がしてあるのを見ると、それを懐に仕舞った。後で読む事にしたのだろう。


 俺の獣人世界での初日は、こんな風に過ぎていった。


 

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