第49話 聖女救出に向けて


 コウモリ男は、街外れの、使われなくなった礼拝堂の地下にいた。

 薬を使い、聖女は隣の部屋で眠らせてある。


「ど、どうして何から何までうまくいかないんだ!」


 男は、目の前のテーブルに拳を叩きつける。手に血がにじんでも、その痛みにすら気づけないほど、彼は絶望にとらわれていた。

 あれをやってもダメ、これをやってもダメ。

 アリスト王に投げかけられた、侮蔑の言葉が脳裏に反復される。


『お前は、どこまで無能なんだ!』


 彼の心は、壊れかけていた。あとわずかでも、この状態が続けば、確実に壊れていただろう。しかし、今回だけは、運命のいたずらが彼を救った。

 狂気一歩手前で、信じられないほど鋭敏になった彼の耳が、小さな音をとらえたのだ。

 普通なら聞きとることのできないその音は、彼の耳から入り脳内で言葉となった。


 ◇


 この部屋に閉じこめられたとき、舞子は無理やり水を飲まされていた。それは、昨夜、王城で聖女付きの女官が用意してくれた水と同じ、甘い匂いがした。

 男が部屋を出ると、彼女は自分の体に治癒魔術を掛けてみた。睡眠をうながす薬に、治癒魔術が効くかどうか分からない。しかし、ただじっと待っていることはできなかった。


 幸いなことに、眠気は襲ってこなかった。

 彼女は、史郎に向かい念話を始めた。


『史郎君、今どこ?』


『舞子か?

 さっき、お城に着いたよ』


『わ、私、誘拐されちゃったみたい』


『なんだってっ!』


『誘拐されてすぐ連絡を取ればよかったんだけど、たった今、念話のことを思いついたの』


『気にするな!

 舞子、無事か!?』


「『うん、大丈夫。

  眠り薬が効かなかったみたい』」


『今、どんなところにいる?』


「『どこかの地下みたい』」


『地下とさえ分かれば、場所はこちらで探せるから、安心して待っていてくれ』


「『うん、分かった』」


『何かあれば、すぐに念話してくれ』


「『うん、待ってる』」


 史郎と話せた嬉しさで、舞子は念話の途中から自分が小さな声を出しているのに気づけなかった。


 ◇


 俺は、加藤や畑山と一緒に行動するかどうか悩んだ。

 事態は、一刻を争う。舞子は、まだ暴力を振るわれていないようだが、いつ相手の気が変わるかもしれない。加藤たちを待つ時間のロスを考えると、すぐに救出へ向かったほうがいい。

 城門を走りぬけつつ、畑山さんと加藤に念話を繋いだ。


『加藤、畑山さん、聞こえるか?』


『ふわ~、今ので目が覚めた。

 朝っぱらから何だ』

『聞いてるわよ。

 加藤、あんたいつまで寝てんのよ!』


『よく聞いてくれ。

 舞子が誘拐された』


『おい、朝から悪い冗談だぜ』

『ホ、ホントなの?』


『ああ、本当だ。

 さっき舞子から念話があった』


『何てこった!』

『どうすればいい?』


 さすがに、畑山さんは冷静だ。


『一刻を争うから、とにかく俺は舞子のところに向かう』


『場所は、分かってるの?』


『点ちゃんが、教えてくれる』


『そう……少しだけ安心したわ。

 こちらが、すべきことはない?』


『その場所に着いたら教えるから、レダさんにも声を掛けといてくれ』


『分かった』


『じゃ、先を急ぐぞ!』


 念話を切ると、俺は点ちゃんの指示に従い、細い路地に駆けこんだ。


 ◇


 史郎と念話できたことで、舞子は落ちつきをとり戻していた。

 幼い頃、野犬から助けられて以来、ずっと彼は舞子のヒーローだった。これで何があっても、大丈夫だと思っていた。

 突然ドアが開き、コウモリ男が入ってくる。彼は、不気味な笑顔を浮かべていた。


「で、聖女さん。

 いったい誰と話してたんだ? 

 勇者かな?」


 舞子は、慌てて自分の口を押さえた。

 なぜ、ばれたのだろう? もしかして、声を出してしまったのかしら。


『史郎君、来ちゃダメっ!』


 舞子がそう念話しようとするより先に、コウモリ男の右手に持つ杖から流れでた光が、彼女の意識を奪いさった。


「ふふふ、今度こそ、こちらの手番ばんですね」


 ニヤリと笑った男は、聖女の左手からゆっくり指輪を抜きとるのだった。

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