第37話 王の思い 


 俺とルルは、訓練討伐が終わって二日後から、ギルドの依頼をこなしていた。


 国王の開戦宣言はあったが、まだ本格的な戦闘が始まっていないからか、庶民の生活にあまり変化はない。

 討伐中は、ナルとメルに構ってやれなかったので、安全な森に採集依頼をこなしに行き、ついでに皆でランチを食べて帰る。

 そういう毎日を送っている。


 何を集めるか実物を見せてやると、娘たち二人は、あっという間にそれをいっぱい抱えて帰ってくる。調べてみると、ほとんどが目的の草だ。

 さすがドラゴン、ここでも能力を見せつける。これでは、どっちが連れてきてもらったのか分からない。


「ナル、こんなに集めるなんて本当にすごいぞ」


 頭を撫でながら褒めてやると、ナルがこちらの手に頭を擦りつけてくる。

 横ではメルがルルに頭を差しだし、撫でてもらおうとおねだりしている。


「メルも上手ね」


 ルルが撫でると、メルがもの凄く幸せそうな笑顔を見せる。

 初めの頃に比べると、二人はずい分笑顔が増えた。ルルのお陰はもちろんだが、キツネたちの影響も大きい。何より、同年代に見える子供たちとの触れあいが良かったようだ。

 最近は、家の庭を大勢で走りまわっている姿をよく目にする。


 誰から習ったのか、最近二人は俺のことを「パーパ」、ルルのことを「マンマ」と呼ぶようになった。

 そう呼ばれると、ルルはすごく嬉しそうな顔をする。俺は、なんだかまだ気恥ずかしいんだけどね。


 三人を家に送ってからギルドに向かう。草は厚手の布で巻き、脇に抱えている。

 ギルドのカウンターで依頼達成の手続きを終えると、今日も鉄ランクの採集依頼をチェックする。

 お、あるな。いよいよ来たか。


採集依頼

白雪草   十本

報酬    銅貨二十枚 

依頼発生地 ダートン


 ギルドへの依頼は、身近なギルドに頼むのが普通だ。しかし、その地域で採れにくい素材だと、遠方のギルドに依頼を出すこともある。

 白雪草はダートン周辺ではほとんど採れないから、この町のギルドへ依頼が来てもおかしくはない。

 依頼伝達には、ギルド間専用の魔道具を使う。魔力を込めると、短時間だが一方通行で声が届くというものだ。

 俺は、念のため依頼書を剥がしておいた。


 何かのついでに依頼をこなしてもいいし、たとえ達成できなくても、ペナルティーが惜しくない俺にはなんの問題もない。

 しかし、一か月は掛かると思ったが、まさか一週間で決断するとはな。

 本当に戦争を何とかしたいなら、早ければ早いほどいいのだが。


 家に帰り、依頼が来たことをルルに話す。

 今回は、俺だけでダートンに向かうことになっている。

 ルルには、家で娘たちを守ってもらう。


 開戦宣言が出たからには、いつ何があってもおかしくないからね。


 ◇


 翌朝早く、俺はダートンに向け発った。

 俺が家を発とうとしていると、娘たちが眠い目をこすりながら裾をひっぱる。


「パーパ、早く帰ってきて」


 これは甘えん坊のナル。


「パーパ、美味しいおみやげ」


 これは食いしん坊のメル。

 二人を抱きしめてやる。

 微笑みを浮かべ、ルルがそれを見ている。


「ルル、何かあれば、点ちゃんで連絡してくれ」


「分かりました。

 お気をつけて」


 最後にルルも抱きしめる。体がジンと熱くなる。いつまでもこうしていたいのだが、その思いを断ちきって離れる。


「二人を頼むよ」


 自分たちの家を一度振りかえり、ため息をついた俺は、ダートンに向け歩きだした。


 ◇


 時は、数日さかのぼる。


 ミツを通し勇者の意向が伝えられると、ヒトツはすぐに早馬を仕立て、マスケドニアへ急いだ。

 国境が封鎖されている今、彼の一族が代々受け継いできた裏道を急ぐ。軍師ショーカの屋敷にたどり着くまでに、三頭も馬を乗りつぶした。


 ヒトツの話を聞くと、すぐにショーカは王宮へ向かった。こういう時のため、彼の館は王宮のすぐ脇にある。

 王の執務室で、余人を交えず、国王に事と次第を報告する。


「でかしたぞ!

 もしかすると、これで戦争を回避できるやもしれぬ」


「しかし、陛下、相手の条件が厳しすぎるように思いますが」


「直接、相手と会うことか?

  向こうも命懸けなのだ。

 こちらだけそれを避けてどうする。

 今回の事が成るか成らぬかは、ひとえにお互いに信頼できるかどうかにかかっておる」


 ショーカは王の意見に賛成なのだが、自分の立場として言うべきことは言っておく。


「もし、敵の罠であるとしたらどうなさいます?」


「ショーカよ。

 分かっていて聞いておるな。

 では、お主から先に答えよ。

 相手がアリスト国だけと限定して、今回のいくさで、どれほどの死者が出る?」


「騎士、戦士だけで、少なくとも五千人以上。

 一般の国民がどれほど死ぬか、計算もできません」


「我は王ぞ。

 玉座に座り、威張っておられるのは国を守る責があるからだろう。

 国とはすなわち、国民であり、騎士、兵士よ。

 民には、国のために命を投げだせと言うておいて、己が命大事に逃げだすか。

 そうなれば、もう王とは呼べぬの」


「ははっ、恐れいりました。

 浅はかなことを申しあげました」


「よい。

 それより、急ぎ、場所と日時の選定をせよ」


「はっ」


「しかし、今回の働き、そちの部下の殊勲よな。

 停戦のあかつきには、ほうびを取らせたいが……。

 取らせられぬ立場の者か?」


「はっ、恐れながら」


「まあ、よい。

 こちらで何か考えておく」


「有難く存じます」


 マスケドニア王は、執務用の椅子から立ちあがると、窓から広がる王都の景色を眺めた。


『皆よ、今この時。

 安らかに生活を送ってほしい』


 当代随一の名君は、そう願うのだった。

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