最終章 辰巳輝大 6

 全身スキーウェアに身を包みスノボ片手に部屋を出る。未だロビーで混乱を期している教諭達だ、ちょっと抜け出すくらい容易いのだ。誰にも気づかれず裏口に回り扉を開けた瞬間、とんでもない吹雪が俺達を出迎える。暗闇の中、ヒュウゥウウゥウウという真っ白い雪が渦を巻きながら吹き込んできたのだ。怖い。まるでブラックホールみたいだ。体も心もガチガチに凍ってしまうくらい、寒い。思わず逃げ腰になる俺に、ライトが言う。

「テル……これ……」

 続くであろう言葉はわかる。「やめた方がいいんじゃないのか」俺は左右に首を振る。駄目だ。今ここで俺がやめたら、一体誰が行くというんだ。

 胸を張りスノボ用の靴を履く俺に、藤崎と小原と桑原が口々に言う。

「気をつけろよ」

「帰って来いよ」

「絶対だからな」

 わかってる。俺は必ず帰ってくるのだ。いつだって何度だってそうしてきた。今までも、これからも。

 熊みたいに襲い掛かってくる恐怖心を振り払いながらスノボを装着する。ゴーグル越しの外は暗くてそのくせ白くて、まるで大蛇が渦を巻いているかのようだ。一歩外に出てしまえばもう右も左もわからないだろう。なにせ、一メートル先も見えないのだから。

 俺は一度息を飲み、それからすぅっと深呼吸する。大丈夫、大丈夫、大丈夫。自分で自分にそう言い聞かせて、言う。

「ライト」

「何」

「ココアは右と左、どっちの方向にいると思う」

 俺の問いかけに、ライトが不思議そうな顔をする。

「そ、そんなの俺にわかるわけ……」

「いいから。右か左かどっちか選べよ」

 わかってる。ライトじゃなくても、誰にもそんなことわかるはずがない。

 でも俺は知っている。ライトはきっと『わかる』のだ。あのときの、花野の誘拐事件の時のように。

『彼は勘が鋭いね。なんとなく、で選べるんだよ。例えば道が二手に分かれていて、右と左どっちだと思う? という問いかけに対して、右だと思う、ってすぐに答えるんだ』

『運命のRing of fate』を訪れたあの日、一人だけ気分が悪くなったライト。『なんとなく』で俺の居場所を当てたライト。俺は、そのライトの勘を信じている。

 ライトは不思議そうな顔をしたまま暗闇の中右と左を見渡して、すっ、と左を指した。

「こっちかな」

「なんでそう思う?」

 俺の質問に、ライトはまた不思議そうな顔をして、それからこう答えた。

「加藤さ、左が好きなんだ。いや、好きっつーか……前に言ってたことがあって」

「なんて言ってたんだよ」

 ライトはぽりぽりと頬をかき、

「映画見に行った時。テルがトイレに行って、俺と二人で話してて。『ライト君はテル君の右腕なんだね、じゃあ私は左だね』って。それから何か選ぶとき、左選ぶようにしてるって……」

 そうなのか。二人でそんな話をしてたのか。つーか、左を選ぶようにしてるって気が付かなかった。

 俺は気合を入れる。

「行ってくる」

 スノボに跨り颯爽と滑り出す。後ろから皆の声が聞こえてくる。

「頑張れよ辰巳!」

「気をつけろよ!」

「必ず帰って来いよ!」

「テル! 絶対だからな!」

 わかってる。

 俺は必ず帰ってくるのだ。


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